パンチライン・オブ・ザ・イヤー2024（前編）千葉雄喜、BAD HOP、ACE COOLらについて

パンチラインとはジョークで言うオチの部分。ヒップホップでは聴き手の心をわしづかみにするリリックを指す。音楽ナタリーでは「昨年最もパンチラインだったリリックは何か？」という企画を実施している。それが「パンチライン・オブ・ザ・イヤー」だ。

今回も2024年に音源やミュージックビデオが発表された日本のラップを対象に、有識者がそれぞれの見地からあらかじめ選んできたパンチラインについて語り合う座談会を行った。選者は、音楽ライターの二木信、渡辺志保、MINORIと、マイノリティーカルチャーの著名人をゲストに迎えるポッドキャスト「GOLDNRUSH PODCAST」でMCを務めるIsaac Y. Takeuの4名。進行役は音楽ライターの宮崎敬太が務めた。識者たちは、何気なく耳にしていたあの言葉をどのように解釈したのか？

取材・文 / 宮崎敬太　題字 / SITE（Ghetto Hollywood）

“みんな友達”じゃなくて“チーム友達”

──皆さま、今年もよろしくお願いします。まずは渡辺志保さんが選出された千葉雄喜「チーム友達」の「俺たち何？ え？ チーム友達」の選出理由から伺っていきましょう。

渡辺志保　みんなのことだから、逆に選ばないんじゃないかと思って選びました（笑）。この曲はもう説明不要ですよね。KOHH（千葉雄喜の旧名義）くんの残したインパクトって、U25世代のラッパーの方たちと話すと計り知れないものがあるんですよ。「Junji Takada」や「貧乏なんて気にしない」「Fuck Swag」に代表される、シンプルな言葉で自分のメッセージやスタイルを提示する彼のやり方は、日本のヒップホップ的にも新しかったし、ヒップホップ以外のフィールドの人たちも惹きつけた。そんな彼が千葉雄喜という名前で、去年の2月にこのミュージックビデオと一緒にカムバックしました。近しい人は知ってたかもしれないけど、ほとんどの人にとっては予想外のムーブだったと思うんです。

──めちゃくちゃびっくりしました。

渡辺　しかも「俺たち何？ え？ チーム友達」というどシンプルなフレーズ。その後も“チーム友達”だけで押し切る強さ。KOHHくんが出てきたときから聴いている者からすると、あのセンスやカッコよさ、本質的なところは何も変わってないんだなって安心感がありましたし、これまでの活動を全然知らないリスナーでも同じ衝撃を受けたと思う。

Isaac Y. Takeu　Eillyhustlehardさんが撮ったMVの作り方も見事でしたよね。

渡辺　真似しやすいよね。地元の名所で友達を集めて、同じアングルで撮るとそれっぽくなる。あの画的な面でもバイラルになったのはあっぱれ。私の子供がもうすぐ5歳なんですけど、この間「チームワークってどういう意味？」と聞かれたんです。私が「友達とチームになってみんなで力を合わせることだよ」って答えたら、「チーム友達」を歌い出したんですよ。

MINORI　「それな」って感じですよね（笑）。

渡辺　保育園や幼稚園くらいの子が歌ってるって話もよく聞くし、千葉くんは民放のテレビ番組にも出ている。2024年2月に発表された曲が今この段階でもまだ巷で流行り続けている感じがする（※2025年1月に収録）。この前、私のラジオにMINORIちゃんが来てくれたときにも言ってたけど、去年の千葉くんはほぼこの1曲しかないのに、あまたのフェスに呼ばれて盛り上げたっていう現象は今までの日本のラップシーンにはなかったことだなって思ったんです。

MINORI　あと私は「チーム友達」ってタイトルもちょっと変で面白いなと思うんですよ。“みんな友達”じゃなくて“チーム友達”。対象はフッドの人だけ。“僕らだけです”みたいな。排他的でもあるんですよね。でもそれがヒップホップだとも思うんですよ。

渡辺　「友達」と歌っているけど、逆に“私はここに入る人間ではない”ってことを感じさせる面もありますよね。

孤独をレペゼンするラッパーたち

二木信　「チーム友達」は田島ハルコもリミックスしてるんですよ。まさに今MINORIさんが指摘した「チーム友達」やヒップホップの排他性に焦点を当てて、そこでInternet friends Remixというのがさすがだなと。「漏れらの絆は / 鬼☆儚い... / でもそれがいい... / あ、ブロ解」とか「リアルの友達はただのファンタジー」っていうラインが刺さりますよね。

二木　その流れで言うと、僕は彼女の「点P」の「あのぼっちが今ではトップ・ビッチ / 新潟の星 令和のダ・ヴィンチ / トップ・ビッチ 表彰しな県知事」を選びました。タイトルの意味がわからなくて、調べたら数学の問題に用いられる言葉なんですね。

MINORI　そうです、そうです。図形の上を動く点ですね。授業で出てきましたよ。

二木　おそらく田島ハルコは、学校生活で居場所がなく、常に校内を移動してる孤独な自分のメタファーとして“点P”という言葉をチョイスしたんだと思います。曲の最初のラインが「常に移動してるぼっち 点P」ですから。で、パンチラインとして選んだのはフックの「あのぼっちが今ではトップ・ビッチ / 新潟の星 令和のダ・ヴィンチ / トップ・ビッチ 表彰しな県知事」。“ぼっち”と“ビッチ”の対比で韻を踏んで、さらに美術がバックグラウンドにある自分を「令和のダ・ヴィンチ」とボースティングして、「表彰しな県知事」で落とす。韻の踏み方が絶妙ですね。

渡辺　二木さんは同じく田島さんの「好きな眠剤発表ドラゴン」から「意識高い奴アクセス権ない / 無意識のアンダーグラウンドの帝王」というリリックも候補に挙げられてましたね。

二木　ラップのパンチラインとしては「点P」の方が強力だと思うんですけど、「好きな眠剤発表ドラゴン」はブラックユーモアというか風刺が効いていて面白い。もともと「好きな惣菜発表ドラゴン」というボカロ曲があって。ゆるキャラっぽいドラゴンが好きな惣菜を発表するという曲なんですね。そこから「好きな〇〇発表ドラゴン」みたいに自分の好きなものを発表する二次創作が生まれていって、ネットミーム化したようなんです。

二木　みんな好きな音楽とかを発表させていたんですが、田島さんは眠剤でやるんだ……っていう。しかもサイケトランスで、曲の副題が「Hypnotic Dragon」。直訳すると、“催眠状態のドラゴン”。「意識高い奴アクセス権ない / 無意識のアンダーグラウンドの帝王」はシンプルに対比が上手いなと。自分の催眠状態を、いわゆる意識高い系 / WOKE系（WOKEは目覚めるを意味するWAKEの過去形）とされる人たちの立ち入ることのできない聖域みたいなものとして捉えていて。「DRUG全般エアプのオタク」っていう歌詞からはドラッグカルチャーに対するアイロニーも感じるし。田島ハルコは、一種の“逆張り”で物事の核心をついちゃう人ですよね。

渡辺　私の中では、それらの曲が収録された田島ハルコさんの「虹歴史」と、ACE COOLくんの「明暗」ってアルバムがちょっと似てるように感じたんですよ。タイプ的には異なるけど、お互いにカッコ悪い過去もラップしてて。嫌すぎて思い出したくも掘り返したくもない暗黒期って誰にもあると思うんですけど、2人ともそこをアルバムで表現していた。

──志保さんはACE COOL「明暗」の収録曲「愛情」から、「だから今日も小節を埋めてく / また一つ自分というもの知ってく / 誰にも奪えないもの達育てる / 自分を愛してく」を選出されました。

渡辺　「明暗」はアルバムを通して少しずつ明るくなっていくというか、暗い面もありつつも、最後はリスナーも希望を見出せるような内容になっている。どの曲も捨てがたくて、私は「愛情」の2ヴァース目を選びました。自分を愛することってやっぱり難しい。私も「自分のことを愛してます」と言いたい。けど、それを胸張って言える人はあんまりいないと思うんですよ。

MINORI　難しいですよね。

渡辺　「明暗」というアルバムは、その“成長途中＝不完全”ということを泥臭くラップしてます。アルバム表題曲では「武道館やドームに立ってみたい / 皆に尊敬される人間になりたい」とも言ってて。フレックスするラッパーは言わない、ある意味ちょっとダサい部分までちゃんと言い切ってたところがすごいと思いました。

MINORI　ACE COOLさんは私も大好きです。弱さという面では、私が選んだVaVaさんの「再周回」の「呼ばれなくなった同窓会も / 知ってるよ / 続いてること」というヴァースにも通じるかも。この曲には真部脩一（ex.相対性理論、Vampillia、集団行動、進行方向別通行区分）さんが参加されていて、ちょっと映画みたいに情景が浮かぶんですよね。

Isaac　「呼ばれなくなった同窓会」ってすごいですよね。

MINORI　昔は学校で居場所がなかったのかなとか、同窓会が続いてるのを知ってるけど自分からは行きたいと言えなくて燻ってる感じなのかなとか、でも今は音楽活動を通じて自分に自信が持てるのかなとか、想像してしまいましたね。私はもともとVaVaさんが好きでしたけど、「再周回」は新しいフィールドに行った感覚がありました。

BAD HOPは若い世代と上の世代のつなぎ役

Isaac　僕はHezron＆VLOT「YASUKE」から、Hezronの「雨が晴れそうだよあと少し、で / まるでSEEDA 空が曇っても晴れる日 / でも、傘で身を隠す なる有名人 / こんなオレもなれる 誰かの夢に」を選びました。

──「YASUKE」とはどういう意味なんですか？

Isaac　織田信長に仕えていたと言われている黒人武士・弥助のことですね。

渡辺　Netflixで「YASUKE －ヤスケ－」というアニメが配信されていて、主題歌をサンダーキャットとフライング・ロータスが担当してました。海外のラッパーのリリックにもたまに出てきますよね。

Isaac　日本よりもアメリカで使われるワードかも。この曲が出る前にHezronとミュージックビデオを撮っていて、そのとき「僕らはブラックとして、ヒップホップのビジョンを出していきたいよね」みたいなことを話してたんです。この「YASUKE」はその流れで作ったのかなと思いました。

渡辺　Hezronくんは「ラップスタア」で流れた密着映像でも、お母様と2人で幼少期の話をしていましたよね。

Isaac　Hezronは普段は明るい、いわゆる陽キャだけど、歌詞は繊細なんです。この曲ではSEEDAさんの「花と雨」を引用しつつ、雨と傘のモチーフで成功への渇望を描写しています。個人的には「こんなオレもなれる 誰かの夢に」というラインがすごく好き。今年は日本でも移民のニュースが話題になって、自分の動画にもたくさん批判コメントが付きました。自分は日本に住む、日本人のブラックです。そういう立場の人がいるってことも多くの人たちに考えてほしかった。そういう意味でも「YASUKE」はすごく自分にフィットしたんです。僕もいつかそういう人たちの夢になれたらいいなって。今一生懸命がんばってるからって。

──IsaacさんがピックアップされたBAD HOP「guidance feat. YZERR」の「大麻吸えないくらいで/ Fuck The Policeなんて歌わねえ / 平和な国で自分で道を選んだくせにくだらねぇ / 黒人達が貧困の中で肌の色で差別されて / 虐げられた歴史とでは比べ物になんねえ」は僕も共感しました。

Isaac　これはもともとビーフのアンサーとして発表された曲だけど、特に「黒人達が貧困の中で肌の色で差別されて / 虐げられた歴史とでは比べ物になんねえ」というラインはすごく重要だと思いました。東京ドーム公演を成功させた人がこれを言ってくれたことに、僕は感動して泣いてしまったんですよ。

渡辺　YZERRくんはアトランタに行ったときにいろんな光景を目の当たりにして、このラインにつながったのかも。

Isaac　僕はOG（オリジナルギャングスタの略。元祖、本場の意味。先輩、先達といった意味でも使われる）をリスペクトしてるけど、共感はできない。そんな僕が好きなヒップホップのベースとなってるメッセージやバックグラウンドを、BAD HOPは体現している気がして。日本に住んでいて、日本人だという自覚があるからこそ、あえてこのラインを選びました。

渡辺　BAD HOPの東京ドーム公演、すごかったですよね。普通にチケットを買って夫婦で行ってきたんですけど、実は私、東京ドームでコンサートを観るのは初めてで（笑）。それくらいこれまで縁がなかった場所でした。いまや日本のヒップホップでも幕張メッセ規模でフェスをすることがスタンダードになっていて、数万人のお客さんが集まってるけど、それってフェスとして数十組のアーティストを観るために集まっている。でもあの日はBAD HOPだけを観るために3万人が集まっていた。だから、解散を惜しむ客席のエネルギーがすごかった。私が座った席の後ろには学生さんみたいな若い男の子が座っていて、マジで全曲一緒に歌ってたんですよ。

──「BAD HOP（THE FINAL edition）」も素晴らしいアルバムでしたよね。

渡辺　うん。Bonberoくんやeyedenくんみたいな若手から、ZeebraさんやNITRO MICROPHONE UNDERGROUNDのようなベテランたちも参加したアルバムって、ほかの誰かでも作れるかもしれないけど、それを東京ドームを満員にしたBAD HOPがやったことに意味がある。この「guidance」に関してはIsaacくんが言ったように、ヒップホップの成り立ちや根底にあるアメリカの黒人たちの歴史を自分たちが発信するんだっていう、YZERRくんの責任感というか、使命感みたいなものを感じますよね。

Isaac　最近のヒップホップしか知らない若い人と、僕らよりも上の世代とのつなぎ役なのかなって思います。

ついに日本のポップスにこのテーマが出てきた

二木　Isaacさんが「自分は日本に住む、日本人のブラックです。そういう立場の人がいるってことも多くの人たちに考えてほしかった」と話されましたが、OUS BRIAN「JUMP FROM GHETTO」はまさにそのことについて考えるきっかけになる1曲だと思います。「職質ただの小細工そんなポリスにファッキュー / 見た目で決めてる時点で終わりだろさっべつー / まあいいよ俺ちゃん売れちゃんだもんねサンキュー」というラインは、警察のレイシャルプロファイリングへの批判と応答ですよね。僕は彼について詳しく知らないんですけど、彼のユーモアのセンスが大好きで。

Isaac　あまり情報がないラッパーですよね。

二木　そうなんです。「ポリスにファッキュー」と言ったあとに「サンキュー」と韻を踏んで落とすのが秀逸ですし、「さっべつー」の茶化した感じのラップのデリバリー、発音がユーモラスで。その発音だけで彼がいろんな経験をしてきたことを聴き手に想像させます。

Isaac　リズム感が超独特ですよね。たぶんまだ年齢も若いはず。同じ流れかわからないけど（笑）、僕はKvi Babaの「Friends, Family & God （feat. G-k.i.d & KEIJU）」の「ありがとう神様 / Friends＆Family」を挙げたいです。「ついに日本のポップスにクリスチャン的な神様をテーマにした曲が出てきた」と思ったんです。ブラックカルチャーにおいて、教会ってめちゃくちゃ重要で。子供の頃に教会でゴスペルを歌ったり、ピアノを習ったりする中で、リズム感や音楽性を身に付けたりするんですね。アメリカのメインストリームでヒップホップやR&Bが受け入れられてるのって、ほとんどの人が子供の頃に教会に通った経験があるからだと思うんですよ。ギャングですら歌詞に“God”が出てくるし。僕が聴いてきた限り、日本のポップスでクリスチャン的な神様が出てくる曲は「Friends, Family & God」が初めてだった気がします。たぶんKvi Babaさんはクリスチャンだと思う。十字架のタトゥーも入ってるし。僕も中学の途中まで毎週日曜日に教会に行ってたんです。途中から部活が忙しくなって、行けなくなってきちゃったんですけど。なんか「教会に行ってる」って言いづらい雰囲気があって。

MINORI　それすごくわかります。私もクリスチャン系の学校に通ってたので、幼稚園の頃から16歳くらいまで毎週日曜日に教会に行ってました。実際にクリスチャンだったわけではなかったけど、友達に「クリスチャンなの？」って聞かれると、なぜかちょっと言葉に詰まることがあったんですよね。だからIsaacさんのその感覚、めちゃくちゃ共感できます。

──日本だとすべての宗教が一緒くたにタブー視されているところがありますよね。

渡辺　そうなってしまったのは、日本の社会とか報道に責任がある気がしますけどね。この曲にはG-k.i.dくんも参加してるけど、そういえばIsaacくんはドラマ「警視庁麻薬取締課 MOGURA」で共演してるんだよね？

Isaac　現場でG-k.i.dさんから話しかけていただいたんですよ！　

二木　話しぶりから愛が伝わってきます（笑）。

Isaac　本当にリスペクトしてるんです。同じ現場というだけで緊張してたのに、まさか話しかけていただけると思ってなくて。僕のYouTubeを観ていただいたようで、「KOLEを出してくれてありがとう」とおっしゃってくれました。KOLEはBAD HOPとアトランタで仲よくなって、日本へ引っ越してきた白人と日本人のハーフのラッパーなんですね。G-k.i.dさんはその回を観てくれていたらしくて。それがうれしすぎて、「ありが％＄※％＃￥＊……」みたく自分でも何言ってるかわかんないくらい早口になっちゃってました（笑）。印象悪くなかったかな……2024年で一番緊張した瞬間でした。

＜中編に続く＞