春ねむりが10月から行ってきたキャリア初の全国ツアーのファイナル公演として、12月10日に東京・WWWでワンマンライブ「孵化過程(Incubation Process)」を開催した。
ピンクの胎児が出迎えるWWW
今年1月に所属事務所からの独立と自主レーベル「エコラプトメノス」の立ち上げを発表し、8月にセルフプロデュースの3rdアルバム「ekkolaptómenos」をリリースした春。ライブ活動と並行して、プロテストソング「IGMF」の発表や「デマと差別が蔓延する社会を許しません」街宣への出演など、差別や戦争に抗う政治的なアクションも取り続けてきた。そうして矢面に立つ彼女は、大きな注目を浴びる一方、心ない誹謗中傷を受けることにもなり、ワンマンライブ当日も彼女のSNSは攻撃的な言葉に晒されていた。
そんな中で開催されたライブは、“孵化することと孵化させることが同時に意味される造語”を冠した最新アルバムと深くリンク。WWWに足を踏み入れた来場者を出迎えたのはアルバムジャケットを飾ったピンクの胎児だ。レーベルの立ち上げ時に「よりDIYかつアナーキーな活動というものを実践していきたい」と春が語っていた通り、このオブジェはマネージャーの港土とともにDIYで制作されたものだという。ライブへの並々ならぬ気合いをステージセットから観客が感じ取る中、春の言葉が聞こえてくる。
構造から孵化し、構造を逸脱せよ
「祈りというものが本質的に、動態としての世界や存在を志向するものならば、祈りは常に、あらゆるシステムにとって反逆者である。なぜなら、すべてのシステムは、生の完全な流動性を決して前提にできないからである。エコラプトメノス。構造から孵化し、構造を逸脱せよ」
冠をかぶり、ピンクの衣装をまとった春は、クワイヤを取り入れた荘厳なビートに乗せて「火をくべろ」と歌う「anointment」を皮切りに、アルバムの楽曲を次々に披露。変幻自在の歌とラップ、激しいトラックに合わせたダンスで楽曲を鮮やかに表現していく。鋭いパフォーマンスに魅入る観客に対して「お行儀がよろしくて」と笑みを浮かべた春は「一緒に踊ってくれたら本当にうれしいから踊ろうとしてみて」と呼びかけ、荒々しいギターが印象的な「panopticon」へ。春は自らシンセサイザーを演奏しつつ、爆音で観客を揺さぶっていく。
“踊る”という行為の意義
「いま・ここ」に還ることを歌った「terrain vague」などのアルバム収録曲に加えて、入管法改正案への抗議を歌った「Wrecked」や代表曲の1つであるパンクナンバー「ディストラクション・シスターズ」で会場の熱気をどんどん高めていく春。彼女がこのライブで一貫して訴えたのは踊ることだった。自身のパフォーマンス映像をヘイターに嘲笑されたことを語った彼女は、「都市が規定する人間の労働モデルに当てはまってない動きをする人は、怖いんだなって思ったんですよ。変化を感じさせるから。だから踊ることには意味があるなって思ったんです」と主張する。
「恥ずかしくてもやってみる。怖くてもやってみることが大事だなと思っていて。踊り慣れてない人の踊りって確かに整っていないと思うけど、ここでは誰もあなたが初めてやってみた変な動きを笑わないし、馬鹿にしたりしません。する奴がいたら俺が殺す」と力説する春。その言葉に観客が拍手を送る中、彼女は「一番変な人がここで踊ってるんだから大丈夫ですよ」と笑った。
生きてるって感じさせてくれて本当にありがとう
「死ぬほど“爆踊り”して終わりたいんですけど、よろしいか?」と観客に確認した春は、ここでゲストミュージシャンとして、hiiro(G)、shun kanzaki(B)、諭吉佳作/men(Cho)、Kensuke Shigeki(Cho)を迎え入れると、激しいレイヴサウンドの「symposium」からエネルギッシュなロックチューン「せかいをとりかえしておくれ」へ突入。観客は拳を振り上げて盛り上がり、向けられたマイクに声をぶつける。その様子を見て「いい感じ!」と笑った春は、ステージ前の柵に立つと「生きてるって感じさせてくれて本当にありがとう」と感謝し、観客1人ひとりに目線を合わせながら熱唱。「もっと聴きたい!」「渋谷、お前の魂を見せろ!」と叫び、会場のボルテージを最大限まで引き上げた。
フロアの熱を間近で感じ取った春は、「都会の人間はもっと冷たいと聞いていました」と喜びつつ、「楽しく盛り上がることが大事な人間の要素でもあると思うんですけど、それは同時にわかりづらく、形容しがたく、複雑で、まだ名前がないものを内包するときに、より一層大切なことになるのだと思っているので……暗い曲やってもいいですか?」と問いかけると「cosmic egg」を痛切に歌唱。続けて「セブンス・ヘブン」を激しく踊りながら歌い、観客の視線を釘付けにした彼女は、「Riot」でモードを切り替えると聴き手を鼓舞するように歌い、会場に一体感を生み出していった。
パレスチナでのイスラエルの虐殺について語る理由
ライブも残り2曲となったところでゲストミュージシャンが再び登場。ここで春はパレスチナへの連帯を示すカフィーヤを手にすると、なぜ彼女がパレスチナでのイスラエル政府による虐殺や占領について反対する意志を示さなければならないのかを言葉にする。
「内心の暴力を表現することが可能な社会であってほしいんですよ。表現である限り表現されてもいいはずだし、『死ね』って気持ちが実際に『殺す』という行為に至らないために『死ね』という気持ちを詰め込んだ表現がある。でも、それが表現であるためには、内心の外側の社会がちゃんと機能していないと殺害予告になっちゃうから、社会の話をしてるのかなと思うんですよ。『死ね』って気持ちの半分くらいは、自分自身の性質とかじゃなくて、環境的な要因によって起こってると思うのね。だから環境を変える、構造を変えるってことが必要だなと思っていて。社会の構造の中に搾取とか抑圧とか差別とか虐殺が含まれていることに反対しないと、私の個人的な『死ね』も差別的な『死ね』も同等に扱われてしまう」
「この2年間、パレスチナで吹き荒れていた暴力が、西欧が決めてきた倫理の進歩、進歩的な社会の生み出したゴミ、歪みなんだろうなと思うし、もっともゴミがにこごってるところの話をするべきだと思う。できることはそんなにないんですけど、1人ひとりにありますから、できれば一緒にやってほしいなって思います」と語りかけた春は、「次の曲はどうやって踊るのが適切なのかいまだにわかっていないけど、変な踊りをたくさん見せてほしい」と伝えると「angelus novus」へ。観客は思い思いに体を揺らし、「死者と共に在りたいと叫べ」「Make some fuckin noise」という春の求めに応じて、精一杯叫んだ。
本当の本当に思うことは、ただ存在したいだけ
今回のツアー中、「奪われたという経験を持つ人が、自分より弱い立場の人から奪わないという意志を持つことは可能で、それをみんなが共有したら世界はもう少し倫理的な場所になる」と伝えてきた春。しかし、「本当の本当に思うことは、ただ存在したいだけ、ただ普通に自分として存在したいだけ」なのだと気付いたという彼女は、「ただ存在してるだけで、人のことを傷付けるシステムに加担してることが本当に嫌なの。それは変だと思う。人を傷付けなければ生きていけないということは変だと思う」と涙ながらに訴えかける。
「想像できますか? 自分がただ自分として存在しているということを。けっこうムズくない? でもそれを持つこと、描くことを諦めないということが、誠実な生き方かなって自分は思うので、私とは違うあなたの存在の仕方を考えてみてほしい。自分の音楽を聴いてる人がそうしてくれたらすごくうれしい」と言葉を続けた春は、「手放さないで生きてほしい。あなたがあなたであるということを」と伝えると、涙を拭って本編ラストの「iconoclasm」へ。「もう何も奪いたくない ただ存在するそれが望みだ」と歌い始めると、感情をむき出しにして、その思いを乗せた言葉を観客に投げかけていった。
自分の書いた曲に誠実でいたい
本編終了後、ゲストミュージシャンとともに再びステージに現れた春は「祈りだけがある」でライブを再開。壮絶なグロウルを轟かせる。さらにアンコールで彼女が披露したのは「天使アナテマ」という仮タイトルのデモ曲。春は自身が打ち込んでミックスしたというトラックに乗って頭を振り、「この鉄の羽をもいで僕は僕に戻ってみたかった」と鬼気迫る様子で歌った。
独立してからの1年を振り返り「資本主義的に大変だなって思うことがたくさんあった」と語った春。「京都で七尾旅人さんと対バンしたときに『政治的な発言をすると、お客さんが来なくなるよね』と言ってて(笑)。でも、社会の話をせざるを得ないじゃないですか。この世が酷すぎるから。自分の書いた曲に誠実でいたいから、表現している分の責任があると思うから、そういう話をするようにしてると思う。自分が思う倫理がこの資本主義社会と相性が悪いというのが難しい」と自身が直面する困難を述べる。
そうした中でも「100回ノックしたら1回くらいは返ってくることがあるので自分は続けようかなって思う」と決意を示した彼女は、「この曲を歌うたびに、本当はそうじゃない日のことが多いから、とても辛い気持ちになるんですけど、とても辛い気持ちになったとしても、やっぱり歌える曲でよかったと思うから」という言葉から「生きる」へ。再び柵の上に立ち、観客とともに「How beautiful life is!」と歌った彼女は、大きな拍手と歓声が起こる中で「私の人生と出会ってくれて本当にありがとうございました」と伝えた。
全国ツアーを終えた春は、自身の誕生日である1月10日に東京・吉祥寺SHUFFLEで無料ワンマンライブを開催。1月22日に東京・新宿LOFTでライブイベント「春ねむり presents『生存の技法』」を行い、大森靖子とツーマンライブを繰り広げる。なおZAIKOでは今回のワンマンライブの配信チケットを12月31日まで販売しており、購入者はプランによって最大1月9日までアーカイブを視聴できる。
セットリスト
春ねむり「孵化過程(Incubation Process)」2025年12月10日 WWW
01. anointment
02. haven
03. panopticon
04. indulgentia
05. terrain vague
06. excivitas
07. Wrecked
08. 森が燃えているのは
09. supernova
10. ディストラクション・シスターズ
11. symposium
12. せかいをとりかえしておくれ
13. cosmic egg
14. セブンス・ヘブン
15. Riot
16. angelus novus
17. iconoclasm
<アンコール>
18. 祈りだけがある
19. 新曲
20. 生きる


