後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)創立のNPO法人「アップルビネガー音楽支援機構」が手がける滞在型音楽制作スタジオ「MUSIC inn Fujieda」がついに完成。3月22日より本格的に運営がスタートする。
静岡県藤枝市に誕生した「MUSIC inn Fujieda」は、お茶の土蔵を改修したスタジオ。ヘッドフォンやスピーカーなど、新品の機材も搬入されているが、後藤の私物機材やギター、音楽関係者から寄付されたアンプ、災害被災木を使った内装など、随所に温故知新の趣が漂っているのが特徴だ。完成の報せを受けた音楽ナタリー編集部スタッフは、本連載の取材・執筆を担当してきたライターの金子厚武氏とともにスタジオを訪問。後藤にスタジオを案内してもらった。この記事では後藤の解説を交えたスタジオツアーの模様を、近日公開予定の連載最終回では後藤のインタビューをお届けする。
取材・本文 / 金子厚武 撮影 / 臼杵成晃
「MUSIC inn Fujieda」紹介(コントロールルーム編)
JR藤枝駅から車で5分ほど走り、東海道から1本入った落ち着いた住宅街に、ついに完成を迎えた「MUSIC inn Fujieda」が姿を現した。外観は今から130年前、明治時代に作られたというお茶の土蔵そのままだが、不思議と街並みになじんでいるのはやはりこの場所で歴史を刻んできたからだろうか。
スタジオに入る前に、まずはその隣に併設されたコントロールルームへ。もともと土蔵の中に作られる予定だったが、クラウドファンディングで想定以上の金額が集まったことによって、追加でガレージを借り、そこにコントロールルームと倉庫が作られた。部屋の中心には後藤が長年愛用してきたアナログのコンソール(API1608)が運び込まれ、ATCの高価なスピーカーも導入。ここにエンジニアが座り、レコーディングが行われる。
「新しく買ったものはそんなになくて、モニターも自分のスタジオから持ってきたものだし、吸音拡散パネルやマイクもありがたいことに寄付をしていただいて。やっぱり機材は使ってナンボというか。電気を通したほうが絶対にいいから、そういう機材を預かって、使わせてもらって、壊れたら自分たちでメンテナンスをします」
床や壁には能登や熊本の災害材が使われていることも「MUSIC inn Fujieda」の大きな特徴だ。
「被災地に行ったときに災害材のレスキューをしている人たちと話をして、つながりを作っていたんです。床には能登ヒバを使っていて、これはフルタニランバーさんという会社から購入しています。災害材のレスキューをしている人たちから搾取しないように、ちゃんとお金をお支払いして買ってますね。ラックやスタンドにも災害材を使ってるんですが、こういうのは既製品だとあまり選択肢がないので、だいたい特注です。自分のスタジオで使ってるラックとかも作ってもらってて、以前から関係性があったので、今回もお願いしました」
これからバンドマンたちが真剣に音をチェックするときに使う、座り心地のいいソファは「お茶の街」を意識した緑色がポイント。その後ろの壁の漆喰にも、ほうじ茶が練り込まれていて、独自の発色を生んでいる。椅子や壁にかかっているギターなども含め、備品1つひとつからそれぞれの物語が立ち上がってくる。
「このソファは、KOGA RECORDSからリリースしていた下北沢のバンド、PASTIMEの鈴木(大悟)さんが提供してくれました。椅子は京都の宇治でやっているSING APARTMENTという家具屋さんのものなんですけど、その方も元バンドマンで。『実は昔UNDER FLOWER(アジカンがインディーズ時代に所属していたレーベル)にいたんです』って言われて、『音楽の場所に関われたら』と何脚か提供してくれたので、スタジオの中にも置いてます。壁にかかってるギターの1本は知り合いから引き取ったもので、グレッチは弾く機会がないからここに置いて、もう1本はFeederのTAKAさんが作ってくれたやつなんだけど、これも俺のところにあるより、ここにあったほうが気分がアガるので持ち込みました」
「MUSIC inn Fujieda」紹介(スタジオ編)
いよいよスタジオに足を踏み入れると(※土足厳禁)、まず印象的なのが4m以上あるという天井の高さ。ドラムをいい音で録るため、後藤が最もこだわった部分だ。
「天井の高いスタジオってめちゃくちゃいいですよね。天井がドアの高さぐらいだったら、ちょっと狭いなと感じちゃうと思うんですよ。でも上が空いてるんで、広く感じるというか、圧迫感がないですよね。ドラムとか機材も入れたら、4人バンドでもわりとキュッとした感じにはなるんですけど、でも息苦しさはなくて、それはこの天井の高さのおかげだと思います」
スタジオの設計監理と建設管理はアジカンの2015年のツアー「Wonder Future」でステージセットとドローイングを手がけた建築家の光嶋裕介が担当。土蔵の床や梁などを再利用し、蔵の雰囲気を残しつつ、天井をスタイリッシュなデザインに生まれ変わらせた。
「土蔵を再利用している時点で出費がかさむという問題はあって、『新しく建てたほうが安いですよ』と言われちゃうところはあるけど、でもスクラップ&ビルドは嫌だよねという。そういう中で、リノベするからこそできることは、こういう古材の再利用だったりするわけで。あと面白いのが、昔の土壁のほうが防音性能が高いんですよ。同じ厚みの新しい材で塞いでも、そっちは少し弱い。コンクリートに藁とかを混ぜたものよりも圧倒的に密度があるんでしょうね。実際の工事は宮大工さんが活躍してくれて、床も浮床だから、基礎からやり直しをしてるんですけど、素晴らしい仕事をしてくださいました」
音が1カ所に集まらないように、複雑な反響を生むため、左右の壁が非対称なのも特徴的。さらに吸音用のカーテンを使うことで、音の反射をコントロールできる。
「アジカンがプリプロで使う練習スタジオと比べて、音の密度がちょっと上がっている感じがします。それはたぶん反射があるからで、跳ね返った音も含めて、響きが割引かれてない感じがするんですよね。実際に音を出してみるまではどんな響きになるかわからないから、あんまりよくなかったときのために『まあ、狭いからね』みたいな逃げ口上も用意してたんですけど、今は自信を持って『音いいですよ』って言える。新しいシンバルを叩いても耳に痛さを感じないのは、ちゃんと音が跳ね返って、反射が上に登っていくようにできているからだと思います。カーテンを閉めると反射が減って、また響きが変わるから、これも自由に使ってみてほしい。ひだを多めにしてもらうことで、後ろに空気ができる分、ちょっと反射が締まるんですよ」
ヘッドフォンなどのモニター環境もプロユースの機材がそろっているほか、後藤が「絶対に欲しかった」という窓や、アンプを鳴らすブースの扉に至るまで、誰にとっても使いやすいように、細部にまでさまざまな工夫が施されている。
「スタジオから外が見えるのはめっちゃデカくて。日本のスタジオはだいたい外が見えないから、今が夜なのか昼なのかもわからなくなっちゃう。それはちょっと不健康だから、音のことを考えると窓は弱点にもなるけど、やっぱりいるよね、みたいな。なので、2カ所だけにして、ガラスを3重にして鉛で留めてあります。ブースの防音扉は幸昭さんという会社が作ってくださって。スタジオの扉は重いイメージがあると思うんですけど、このノブは力の弱い人でもすごく開けやすいんです。しかも100万回開け閉めしても壊れないらしくて、すごいですよね」
さらには、パッと見では視界に入らない部分にも、「MUSIC inn Fujieda」ならではのこだわりを詰め込んだ。
「将来的にはアナログのケーブルじゃなくて、デジタルで信号を送り合う時代が来ると思うから、LANケーブルはたくさん引いてあります。ライブの現場だともうこのLANケーブルが走りまくってるので、そのうちレコーディングも変わっていくはず。そうするとトラック数がめちゃくちゃ増やせる。俺たちの想像力の範囲だと、もう50年ぐらいはこれでいけるんじゃないかな。あとエアコンは長いダクトを使って、ファンの音が聞こえないようになっていて、湿気を取り込まずに換気できるように作ってもらいました。この梁の上にもアンビエントマイクが乗っていて、天井から返ってきた響きも録音できるので、それを使うとサラウンドで音を出すこともできるんです」
「MUSIC inn Fujieda」紹介(オススメスポット編)
ここからはスタジオ周辺の後藤オススメスポットを紹介。後藤が最近ハマっているたぬきの置物を横目に東海道を歩くと、すぐ近くにあるのが藤枝市のランドマークである大慶寺。住職が元ハードコア系のバンドマンで、昨年4月には本堂を使って、風呂敷(当時は「古里おさむと風呂敷き」)とGotchバンドのツーマンライブが行われている。境内に入ると、約770年前に植えられたという日本遺産構成文化財の「久遠の松」がそびえ立ち、本堂では住職が欅の柱についてのエピソードを話してくれた。
「すごく太い立派な欅なので、普通に流通させて売ればかなりの金額で売れるのに、山をお持ちの檀家さんが『うちの木を使ってくれ』と本堂を作るときに4本奉納してくださったんです。自分はいずれ死ぬけど、自分の子供たちが安心して手を合わせられる場所に貢献できるのであれば、そっちのほうがお金よりも価値があるって。おかげでこの本堂はできてから100年ぐらい経つんですけど、傾きも歪みもほぼないので、本当にありがたいです」
大慶寺ではおみくじを引いた後藤。結果は「小吉」。そこからさらに10分ほど歩くと、藤枝市のほぼ中央に位置し、「花・水・鳥・笑顔」をテーマにした蓮華寺池公園がある。この公園は広い駐車場スペースを伴い、近隣住民の憩いの場となっている場所で、敷地はかなり広く、園内にはジャンボすべり台、日本庭園、野外音楽堂もあるそうだ。レコーディングが行き詰まったときの気分転換にもぴったりな場所である。
公園に至るまでの間には、これまでの連載でも話に出た楽器屋さんや、元Climb The Mindのドラマーが経営している、あんかけパスタが名物の食堂もあったが、近くの商店街が解散して、アーケードの撤去作業が行われていたのは、人口減少の現実を痛感させられるものだった。しかし、その一方では新しく作られた個人のお店も散見されて、「MUSIC inn Fujieda」とともに、歴史とイノベーションが混ざり合いながら、新たな胎動が起きているであろう街の雰囲気も確かに感じることができた。
<近日公開の最終回に続く>
「APPLE VINEGAR -Music Support-」最新情報
2026年3月22日に滞在型音楽制作スタジオ「MUSIC inn Fujieda」運営開始。スタジを拠点にさまざまな音楽支援の取り組みを展開している。多くのミュージシャンの活動を支えるために、毎月1000円~継続的な寄付を募る「APPLE VINEGAR ミュージックサポーター(林檎酢会員)」を募集中。
プロフィール
後藤正文
1976年生まれ、静岡県出身。1996年にASIAN KUNG-FU GENERATIONを結成し、2003年4月にミニアルバム「崩壊アンプリファー」でメジャーデビュー。2004年にリリースした「リライト」を機に人気バンドとしての地位を確立させる。バンド活動と並行してGotch名義でソロ活動も展開。the chef cooks me、Dr.DOWNER、日暮愛葉、yubioriらの作品にプロデューサーとして携わるなど多角的に活躍している。文筆家としても定評があり、これまでの著作に「ゴッチ語録」「凍った脳みそ」「何度でもオールライトと歌え」などを刊行した。ASIAN KUNG-FU GENERATIONとしては、2026年3月25日に新作EP「フジエダEP」をリリース。4月に東京・有明アリーナで結成30周年ライブ「ASIAN KUNG-FU GENERATION 30th Anniversary Special Concert "Thirty Revolutions"」を2日間にわたって行う。


