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“Cateen(かてぃん)”こと角野隼斗にインスピレーションを与える愛猫プリン&チェロ

角野隼斗と愛猫のチェロちゃん、プリンちゃん。
12分前2026年03月31日 10:02

猫の存在が音楽家のクリエイティビティに与える影響について考える本連載。これまで6回にわたってさまざまな音楽家にインタビューを試みてきたが、音楽家が猫から創作のインスピレーションを得てきたのは現代に始まったことではない。19世紀には猫の鳴き声を模した「猫の二重唱」が作られているし(本連載のタイトルはその作品をもじっている)、そのほかにも数多くのクラシックの作曲家たちが猫の所作や生態からヒントを得ながら作品を作り上げてきた。

そうした作品から影響を受けながら、自身の音楽世界を切り開いているのが、ピアニスト / 作曲家の角野隼斗だ。幼少時からピアノに慣れ親しみ、国内外のピアノコンクールで輝かしい成績を残してきた角野は、実家で暮らす2匹の猫をテーマに「大猫のワルツ」というオリジナル曲を書き下ろしている。愛猫家としても知られる角野は、猫という愛らしくも摩訶不思議な存在からどのような刺激を受けているのだろうか? 彼がセレクトしたプレイリスト「猫と一緒に聴きたい曲」と合わせてお楽しみあれ。

取材・文 / 大石始

ピアノは“日常”のプリン&チェロ

角野のSNSやYouTubeチャンネル「Cateen かてぃん」にはたびたび実家に住む2匹の猫が登場する。茶トラのプリン、17歳。ハチワレのチェロ、16歳。どちらもオスで、角野が中学生の頃にやってきたのだという。

「プリンは名前の通りプリン色をしていて、少し人見知りです。チェロは燕尾服を着ているような柄なので、その連想からチェロという名前になりました。性格的には誰も怖がらないし、逆に言うと何も理解していないんじゃないかっていう感じもします」

プリンとチェロは兄弟ではなく、別々のタイミングで角野家にやってきた。角野は「基本的に仲はいいんですよ」と言うが、こんなこともあるのだという。

「プリンが寝ているところにチェロが『遊ぼうよ!』みたいな感じで、テリトリーを侵食するような行動に出るんですよ。そうすると、プリンの機嫌が悪くなってパンチしてくる。そんなシーンはよくあります」

なお、角野の実家にはグランドピアノがあり、角野だけでなく、ピアノ講師である母親も日々ピアノを演奏している。通常、猫は大きな音を苦手とすることが多いが、角野家の猫たちは「怯えている様子はまったくないですね」とのこと。

「だからといって、そんなに興味を持っている様子もなくて。日常にある音として受け入れてる感じがします。向こうにとっては、家に来たときからあったものなので」

かつての猫たちとの関係について角野は「仲間だと思われていたでしょうし、僕自身もそう思ってました。僕も僕で野生の猫みたいな感じだったので、猫たちから同レベルと思われていたかもしれない」と言って笑う。彼は2023年4月に生活の拠点をニューヨークに移しており、兄弟同様に育った猫たちと離れて暮らすことは「やっぱり、寂しい」のだという。プリンとチェロもまた、遠く離れた異国に住む「仲間」のことを恋しがっているに違いない。

猫愛炸裂「大猫のワルツ」誕生秘話

先にも触れたように、角野のYouTubeチャンネルにはたびたびプリンとチェロが登場する。例えば、ビリー・アイリッシュ「bad guy」をカバーしたこちらの動画。ピアノを奏でる角野の真横にプリンが座っていて、そこからは角野家の日常が見えるようだ。だが、角野いわく「あれはめちゃくちゃがんばって録った」らしい。

「すぐどっか行っちゃうので、ごはんを食べ終わっておっとりしている時間帯を狙って録りました。途中でプリンの鳴き声が入るんですけど、あれを録るのは楽でしたね。ごはんが欲しいときはすぐ鳴くんで。本人の名誉のために言いますが、あの鳴き声はちょっとピッチを下げてます。あんなに声は低くないんですよ」

また、箏曲家であるLeoとの共演曲では、チェロが画面に入り込む瞬間も映し出されている。

「あれは偶然ですね。プリンはまだ食後だと落ち着いてくれるんですけど、チェロはずっと落ち着きなく動き回ってるので。一カ所で撮るのは絶対無理なんですよ」

角野の猫愛がスパークしているのが、2020年のアルバム「HAYATOSM」にも収録されたオリジナル曲「大猫のワルツ」だ。「大猫」とはプリンのことだそうで、飛び跳ねるようなメロディはまるで猫のステップのようだ。

「コロナ禍はずっと家で過ごしていたので、1日中ピアノを弾いたり動画を作ったりしてたんです。その横でプリンとかチェロが遊んでるわけです。プリンは大きくてポテッとしてるけど、速く動ける。動けるデブみたいな感じで、それがかわいくて。『大猫のワルツ』はそんなプリンの動きを見ながら即興で演奏していたら生まれた曲です」

ミュージックビデオでは2匹のかわいい姿もたっぷり捉えられており、猫愛あふれる動画となっている(角野は猫柄のシャツまで着ている!)。「あの動画は家族がそれまでに撮影してきたかわいいクリップをかき集めて作りました。今までの動画で一番編集が楽しかった(笑)」のだという。

角野隼斗が受ける猫からの影響

なお、角野が敬愛するフレデリック・ショパンの作品には「猫のワルツ」という作品もあり、彼自身「ショパンのワルツからは影響を受けてます」と、その影響を認める。

「ただ、ショパンの『猫のワルツ』は『華麗なる円舞曲』というピアノ独奏曲集の一部であって、『猫のワルツ』というのは愛称なんですよね。ショパン自身が猫を意識して作ったわけではないような気もします。ショパンは『小犬のワルツ』という曲を書いてますが、この曲は(ショパンの恋人であった)ジョルジュ・サンドが飼っていた子犬の様子を見て作られたと言われています。それもおそらく即興的な遊びから作られたんだと思いますね。『小犬のワルツ』があるんだったら、『大猫のワルツ』があってもいいんじゃないかと思って書きました」

角野によると、ショパンを筆頭に、19世紀のヨーロッパの作曲家たちはたびたび動物をモチーフにした楽曲を作ってきたのだという。

「(カミーユ)サン=サーンスは作ってますね(『動物の謝肉祭』など)。あと、20世紀の作曲家ですけど、(オリヴィエ・)メシアンも鳥の鳴き声を細かく再現しています」

では、21世紀の作曲家である角野は、猫という存在からどのような影響を受けているのだろうか。

「音楽家はコンサートでもなければ、ずっと家で楽器を演奏しているわけですから、同じように家にいる猫や犬から刺激を受けることは自然に起こりうるでしょう。ピアノの奏法で言うと、(ピアノの鍵盤を)素早くタッチするような演奏をすることがあって、先生から『猫がひっかくときのように弾くように』と言われたことがあるんです。獲物を素早く捉えるような素早さと加速度をイメージして弾くことはありますね」

確かに猫の動きは独特だ。猫パンチを筆頭に彼らの身体の動かし方は明らかに人間とは違うものであり、ありえないムーヴはいつも我々を驚かせる。そもそも「自分とは異なる何か」は、常に創作上の刺激となる。19世紀の作曲家にとって、最も身近な「自分とは異なる何か」が猫や犬だったのだろう。角野は猫の鳴き声にも着目している。

「音楽家にとっては鳴き声もインスピレーションの源になると思います。僕の場合は『bad guy』のアレンジに使ったぐらいですけど、鳥の鳴き声から着想を得て作品を書いた作曲家は実際にいます。ただ、彼らにとって鳥の声は、単なる模倣の対象というより、自然そのものを感じさせる響きの一部だったのではないでしょうか。グリーグやシベリウスの音楽から自然豊かな情景が立ち上がってくるのも、彼らが北欧の自然の中で、鳥の声を含むさまざまな音に親しんでいたことと無関係ではないように思います。僕は千葉県の八千代市という住宅街に住んでいたので、そんなに自然の音にも触れてこなかったんですが」

「Chopin Orbit」に込めたショパンへのアンサー

先月リリースされた角野の最新アルバム「Chopin Orbit」では、「幼い頃からずっと親しんできて、自分にとって最も近いと感じる作曲家の1人」というショパンの作品に改めて取り組んでいる。ただし、ここには過去に角野が向き合ってきたショパンの楽曲に加え、角野のオリジナル曲も含まれている。

「ずっとショパンを弾いてきたものですから、自分が創作をするときにもその影響は如実に現れるわけですよ。それはショパンを意識していないときですらも現れてしまう。今回のアルバムでやりたかったのは、ショパンから刺激を受けながら自分というフィルターを通して出てきたものを、ショパンの作品と交互に組み合わせるということ。そうすることで、21世紀を生きている僕から19世紀の作曲家へのアンサーのようなアルバムにできたらと考えていました」

先の「大猫のワルツ」もまた、ショパンに対する21世紀からのアンサーとも言えるだろう。また、常にたくさんのインスピレーションを与えてくれる猫たちに対するアンサーなのかもしれない。

なお、角野にもこの連載名物の「猫と一緒に聴きたいプレイリスト」を選んでいただいた。件の「大猫のワルツ」から始まり、無類の猫好きとしても知られる矢野顕子の「Soft Landing」、振付に猫のムーヴも取り入れられたILLIT「Billyeoon Goyangi (Do the Dance)」なども選曲されたジャンルレスなプレイリストとなっている。猫とお住まいの方はぜひご一緒に楽しんでいただきたい。

プロフィール

角野隼斗(スミノハヤト)

2018年に「ピティナ特級グランプリ」、2020年に「東京大学総長大賞」を受賞。2021年の「ショパン国際ピアノコンクール」でセミファイナリストとなり、2025年に「レナード・バーンスタイン賞」や「オーパス・クラシック賞」を受賞。世界の著名オーケストラとの共演のほか、“Cateen(かてぃん)“名義で活動するYouTubeチャンネルの登録者数は155万人超。東京大学在学中に結成したシティソウルバンド・Penthouseのメンバーとしても活躍している。2023年よりアメリカ・ニューヨークを拠点とし、2024年にアルバム「Human Universe」で世界デビュー、同作は「日本ゴールドディスク大賞」を受賞。2025年にはアメリカ・カーネギーホールや、ソロピアノ公演最多動員でギネス世界記録となった神奈川・Kアリーナ横浜での公演を完売させた。作曲や幅広いメディア出演など多岐にわたり活躍し、2026年1月に最新アルバム「CHOPIN ORBIT」をリリースし、全国ツアー16公演を開催した。

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