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Kohjiyaのルーツをたどる|小学生で歩み始めたヒップホップ道 初のフルアルバムリリース、武道館2DAYSを経て目指すは“ど真ん中”

Kohjiyaの音楽履歴書。
18分前2026年05月22日 9:05

アーティストの音楽遍歴を紐解くことで、音楽を探求することの面白さや、アーティストの新たな魅力を浮き彫りにするこの企画。今回は「RAPSTAR 2024」王者であり、6月1、2日に東京・日本武道館公演を控えているKohjiyaの音楽遍歴に迫った。

取材・文 / 渡辺志保

長崎市麹屋町の国際色豊かな原風景

生まれは2002年です。長崎県長崎市の麹屋町(こうじやまち)で生まれ育ちました。地元は歩いて5~10分くらいで繁華街に出られるような場所。長崎って鎖国していた時代も唯一の貿易港で、国際色豊かなんですよ。チャイナタウンもあるし、いろんなルーツの人がいる街なので、街並みも含めて面白い場所だと思います。MC名はこれまでに2回くらい改名していて、結局、自分の生まれ育った麹屋町の名前を取ってKohjiyaになりました。15歳くらいからこの名前を使っています。

僕は三兄弟の末っ子で姉と兄がいます。兄はバンドを組んでいて、姉はトランペットとピアノをやっていました。楽器、僕は何もできないんですよ。1回ピアノ教室に連れて行かれたけど、「男がピアノなんて」って嫌すぎて。今はそんなこと思わないし、めっちゃ後悔しています(笑)。当時は図書館で借りたCDを焼いて、好きな曲を選曲してCD-Rにまとめてました。家族全員分の、それぞれ自分が好きな曲を集めたCD-Rを車に積んでいた。なので、いろんなジャンルが車の中で流れていましたね。その中で一番好きだったのが、椎名林檎と東京事変でした。「Sky Jamboree」っていう長崎で一番大きい野外のロックフェスがあって、長崎の人にとっては年に1回の楽しみなんです。家族でそのフェスに行って、10-FEETとかTHE BAWDIES、東京スカパラダイスオーケストラを観たのが最初のライブ体験だったかもしれません。

小学生の頃はやんちゃでもなく、ちょっと調子に乗るくらいの、マジで普通の子供でした。この間、「POP YOURS」でSALUさんとAKLOさんと話してたんですけど、中学生のときはちょっとイキって、学ラン姿でAKLOさんの「RGTO(feat. SALU, H.TEFLON & Kダブシャイン)」(2014年)を聴いて……みたいなことしてました!って。でもヤンキーって感じでもなかったし、僕らの頃は地元のヤンキー文化もあまりなかったです。

ヒップホップに出会い、Fla$hBackSに憧れてMADz's結成

ヒップホップにハマったのは、小5のときにSHIÓLAが転校してきてから。それまではラップはむしろ苦手で、「オラオラしてるな」くらいに思ってたんです。ピットブルとかウィズ・カリファとか、洋楽のラップは聴いていたけど。で、ダンスをやってたSHIÓLAがDas EFX、バスタ・ライムス、ナズ、M.O.Pあたりを教えてくれて、そこから一気に「カッコいい」と感じるようになりました。SHIÓLAが通っていたダンススクールは先生もめっちゃカッコよくて、「音楽にリスペクトを持て」という精神や、ヒップホップの歴史も叩き込まれるような場所だったんですよ。それで、Das EFXの「Mic Checka」(1992年)とか「Real Hip Hop」(1995年)のミュージックビデオをYouTubeで観たときに、いなたい感じとか、早口のフロウとか、ジャケットのビジュアルとかも含めて全部に惹かれて。モス・デフとかも聴いてましたね。そこからファッションも影響を受けて、NAUTICAとかポロスポ(POLO SPORT)とか、イーストコーストっぽい格好をしてました。当時、服はメルカリや倉庫みたいなでっかいリサイクルショップで探して買ってて、地元ではちょっと浮いてたと思います。同級生は「ラップ(笑)」っていう感じだったから悪目立ちしていたかもしれない(笑)。正直ちょっと恥ずかしい時期もあったけど好きだから続けてたって感じです。

で、小6くらいのときにSHIÓLAと2人でMADz'sというクルーを組んでラップを始めました。最初は2人だったけど、中1のときにAURALが入ってくれて3人体制になりました。僕はラップ担当ではなく、とにかくFla$hBackSに憧れていたので、「ラップもビートメイクも両方やるっしょ」っていう感覚で始めたんです。そのとき、ちょっとLo-Fiビートが俺らの中で流行っていたのもあって、みんなそれぞれRolandのSP-404(サンプラー)を持ってました。

Fla$hBackSは界隈の先輩から「こいつヤバいよ」って教えてもらったのが最初だったと思います。1stアルバム「FL$8KS」(2013年)を聴いたのが中1くらい。ビートがヤバすぎるし、YouTubeでサンプリングのネタ元を調べても「どこのどの部分!?」って全然わからなかったくらい。「Cowboy starring Young Mason prod.jjj」のビートとか、「どうなってんの、これ」って衝撃的でした。その後、KANDYTOWNに中3くらいでハマるんです。きっかけはYouTubeの広告で「Get Light」(2016年)が流れてきたこと。ReebokのCMソングだったんですけど、初めて広告を飛ばさずに全部観たのがあれでした。カッコよすぎましたね。

自分で初めてお金を払って行ったライブは、Willy Wonka a.k.a TAKA(現WILYWNKA)のライブ。確か一二三屋のHIFUMIconnectionから「FlyKicks Vol.2」(2017年)を出したときのクラブツアーだったと思います。TAKAくんもまだ高校生だったので、デイイベントだったんです。僕は中学生で、震えながら長崎のORBっていうハコに行きました。マジでカッコいいなと思って、ポカーンと観てましたね。

KORKさんがつないでくれた縁

中学の頃「高校生ラップ選手権」「フリースタイルダンジョン」がめっちゃ流行っていて、僕も好きで観てました。それを観てマネしながら、ラップの技術を身に付けたんです。そこから5lackとかDOWN NORTH CAMP周りとか、それこそFla$hBackSやKANDYTOWNもめっちゃ聴いて、「ラップってこういうことか」と自分なりに理解していった感じです。自分のスタイルが固まってきたのは、オートチューンを使い始めてから。最初はスケール(音階)とかわからないまま使ってたんですけど、だんだんハマってきて、「自分、こっちのほうが向いてるな」としっくりきました。それまではノーメロディで、ずっとブーンバップのビートでラップしていたんですけど、ちょっとクオンタイズされた感じの曲でオートチューンを使ってメロディを考えるのも楽しいと思うようになったんです。初めての感覚でした。それが、2017年くらいですかね。

2017年、中3の頃にKORK(レーベルISLAND STATE主宰)さんと出会いました。KORKさんは長崎出身なのですが当時東京に住んでいて、東京で出会って意気投合したアーティストたちを長崎に連れてきて定期的にイベントをやっていたんです。唾奇さん、KEIJUさんとかいろんなラッパーを連れてきてくれて、僕は“いちヘッズ”として観に行っていました。そのとき、「若くてフレッシュな前座を探しているらしい」というウワサを聞いて、SoundCloudに上げていたデモとかを送るようになって。それで2017年にイベントの前座として呼んでもらって、KORKさんと初めて対面しました。そのイベントのスペシャルゲストは、当時はYOUNG JUJU名義で活動していたKEIJUさん。CD-Rを「聴いてください」って渡したら、それを抱き締めて「ありがとね!」と言ってくれて、めっちゃうれしかったな。

高校は一応進学校に入ったんですけど、成績はあんまりよくなかったです。部活も入らず、学校が終わったらすぐに地元の友達と遊びながら曲を作る日々。卒業したら東京に行くっていうのは、けっこう早い段階で決めてました。長崎だとレコーディングスタジオもクラブも少ないし、MV撮る人もいないし、東京に行ったほうが早いな、と。初シングルの「17!!」を出したのは上京前です。17歳の誕生日にSoundCloudで公開した曲なんですけど、KORKさんが「ちゃんとMV撮って、ミックスとマスタリングして出そうよ」と言ってくれて、18歳になる手前くらいにリリースしました。それまでMVとか撮ったことなかったんで、やっぱ“正規感”というか、ちゃんとした作品として見てもらえた感じがあって。周りからも「いいね」と言ってもらえて自分のステージが一段階上がった感じはありましたね。

KORKさんにはイベントに呼んでもらったあともちょくちょく曲を送っていたんですけど、その中でKORKさんがいいなと思った曲をKEIJUさんやIOさんに聴かせてくれてたみたいなんです。その縁で、KEIJUさんと「Family & Loyalty」(2023年)、IOさんと「Racin'」(2023年)を一緒にやらせてもらいました。今っぽく言うならレファレンストラックを僕が担当した、みたいな感じですね。自分で作ったトラックを「これにIOさんの声を乗せたら面白いんじゃないか?」って思って、ソングライティング的に関わらせてもらうようになって。実際にIOさんやKEIJUさんと会ったときはめちゃくちゃ緊張しました。IOさんと初めて会ったのは、Illicit Tsuboiさんのスタジオ。アルバムのレコーディングの日にKORKさんから「今から来れる?」と連絡が来て。「怖い人なのかな?」と思いながら行ったんですけど、想像より優しい人でした。クールだけど温かくて、ダディ感がありました。

「RAPSTAR 2024」優勝、どんどん膨らむ“Kohjiya像”

2024年にリリースしたミニアルバムのタイトル「KJ SEASON」は、今年を自分の年にするぞって覚悟をわかりやすくキャッチーに表現したいなと考えてて、例えばヤング・サグも「Slime Season」(2015年)って言ってるし、みんなが使っているスラング的に自分も使い始めたものだったんです。「KJ SEASON」を出したときは手応えを感じましたね。その前に「Dividual Tape」(2021年)というEPが出ていて、耳が早い人はもう僕の作品をキャッチしてくれていたと思います。「KJ SEASON」「KJ SEASON 2」は、あくまでミックステープ的な作品。ガンナとかもそうですけど、ミックステープを2つ3つ出してからアルバムを出すアーティストがいるじゃないですか。だから、この2作はよくも悪くもコンセプトとか決まってなくて、リリースした時点から数年前に作った曲も入っているんです。「KJ SEASON」を出してから各地でライブを回らせてもらったんですけど、これは「RAPSTAR」のファイナルに向けて経験を積むぞっていう狙いもありました。

「RAPSTAR 2024」は、最初は正直ちょっとナメてたというか。「オーディション番組なんて……」と思うところもあって、出るのをやめたんです。「番組出演者より俺のほうがイケるっしょ」とも思っていたし。でも、「出もしないで文句言うのはダサいな」「どうせならちゃんと結果出そう」と考え直して応募しました。もともと勝負事があまり好きじゃないんですよ。それでサッカーも辞めちゃったし。でも1回ちゃんと向き合ってみよう、これが最初で最後だ、くらいの気持ちでした。そこからチームでプランを練って番組のステージが進むにつれて楽曲をリリースしたり、ライブを組んだり、SNSのポスト1つでも話題を作る方法を考えて、番組内外で「今年はKohjiyaでしょ」という流れを作っていったので、結果としてつかむべくしてつかんだ優勝だったと思います。

ラップをやってて、Kohjiyaっていう存在がだんだん大きくなっていく中で、プレッシャーというか、ギャップみたいなのはめっちゃ感じてます。その気持ちは今もある。周りからのイメージと、自分の中の実体がズレていく感覚。僕、性格がいいほうでもないと思うし、そんなにちゃんとしてないんですけど、みんなが「いい人」だと思ってくれていると感じることがあって、それがつらいときがあります。「Phantom」(「KJ SEASON 2」収録曲)って曲でも書いたんですけど、光が当たることでみんなが思う“Kohjiya像”が膨らんで、それに自分がむしばまれていく気がする。でも今はそこも含めて、ラッパーの“Kohjiya”も自分の一部としてバランスを取ってる感じです。結果として、同世代の子たちの気持ちを代弁しているのかもしれないですけど、自分が作っている曲にはテーマがあって。基本的に“半径1メートル以内”のことしか歌わないので、「Stand The Rain」(2026年発表アルバム「TIMELESS」収録)でも言ってますけど、「誰かのために歌う」こととかはなくて、自分や、自分の仲間のことを淡々と歌っているだけなんです。それが誰かに届いて、結果的にリスナーの何かが変わっていくのはうれしいなと思います。

テレビとか大きいメディアに出るのも面白くて、普段会えない人に会えるし、社会見学みたいな感じで楽しんでます。ライブでは緊張するほうだけど、カメラの前で歌うこと自体はそんなに緊張しないです。「Mステ」(テレビ朝日系「ミュージックステーション」)に出たときは、地元の人たちの反応がすごくて。ライブとかよりもテレビのほうがわかりやすいみたいで、「ちゃんとやってるんだ」と伝わった感じがありました。

ライブではなく“ショー”にこだわる日本武道館2DAYS

2025年に入ってすぐ、2026年に大きい会場でワンマンライブをするぞ!という話がチーム内で出て、そこからEX THEATER、O-EASTでのワンマンライブやZeppツアーを成功させて着々と準備を続けてきたんですけど、正直、日本武道館の2DAYS公演は不安でした。「キャリア初の武道館を、しかも2日やるなんて」と思っていて、僕は埋まるか不安だったんですけど、KORKさんが「絶対いけるから」と言ってたので、まあなるようになるかって(笑)。結果的にチームで立てた施策もハマって売り切ることができました。

「THE KIDS NEVER MET SHOW」という公演名には、“キッズたちがまだ観たことがないもの”という意味を込めています。僕がヒップホップに受けた衝撃というか、こういう音楽やカルチャーにのめり込んでいくきっかけになるような、もしくは、ただ聴くだけだった人がDJを始めてみたり、曲を作ってみたり、イベンターになったり、カルチャーに直接携わるきっかけにもなるくらいの印象を残せるようなショーを見せたいと思っています。ライブじゃなくて“ショー”というところにこだわって、いろいろ企んでいます。

間違いないものが残っていく、目指すは“ど真ん中”

2026年4月に、1stアルバム「TIMELESS」をリリースしました。これまでの作品はミックステープ的だったけど、ちゃんとコンセプトを決めて作ったのがこのアルバムです。もともと2025年にアルバム出します!ってインタビューなどで公言してたんですけど、作品を作っていくうえで、やっぱり「ちゃんとカッコいいものが、カッコいいな」と思うようになって。それまではアンダーレイテッドなラッパーの曲や、もっと最先端の曲を聴いていたんですけど、カニエ・ウェストの「The College Dropout」(2004年のアルバム)とかジェイ・Zを聴き直して「やっぱ名作と言われている作品は間違いないな」と。それをきっかけに、自分らしさだったり、流行りではなく時代を象徴する作品などを研究していった結果、それまでに作っていた曲は全部捨てて、アルバムを再構築して今回の作品ができあがりました。

今、長崎で「BRIDGE」っていうフェスをKORKさんが主体になって、僕も一緒にやらせてもらってるんですけど、スケーターだったりダンサーだったり、ヒップホップのカルチャーを好きな人が長崎にたくさんいることが改めて可視化されたように思います。長崎って、福岡とかほかの九州の都市に比べたらそういう人が少なかった気がするんですけど、実際にイベントを開催したら「こんなに集まってくれるんだ」とうれしくなったし、地元の音楽シーンも盛り上げたいなと思ってます。地元には「精力的にラップやってます」って人はまだ少ないなって感覚があるので。Teteくんも長崎出身ですけど、彼の地元の平戸市はけっこう遠いんです。でも、話してみたら意外と共通の知り合いとかもいて、面白いですね。

自分自身、いろんなジャンルの曲を聴くからっていうのもありますけど、「これはJ-POPじゃん」って言葉がディスに使われたり「これはヒップホップでしょ」って表現が褒め言葉になったりすることにしっくり来ていなくて。「そんなこと言ってるの、日本だけだよ」と思う。ジャンルって何においてもゴチャゴチャになってるし。「Tell Me How It Goes」(「TIMELESS」収録曲)のリリックはそういう意味で書きました。「何をもってヒップホップなの?」と。海外だと、フューチャーとかヤング・サグも、こっちでいうポップス的な形で聴かれている。それってめっちゃ面白いなと思うんです。なので、俺は“ど真ん中”の、逆にこれがポップスだと言われるくらいのところまで行きたいなと思っています。

Kohjiya(コージヤ)

地元である麹屋町(こうじやまち)をその名の由来とする長崎出身・東京在住、2002年生まれのラッパー / ソングライター。2024年に配信されたABEMAのオーディション番組「RAPSTAR 2024」で優勝して脚光を浴びる。その後ミニアルバムやシングルのリリース、ライブ活動を重ね、2026年4月、自身初のフルアルバム「TIMELESS」をリリース。6月に日本武道館で2DAYSワンマンライブを行う。

公演情報

Kohjiya 日本武道館公演 “THE KIDS NEVER MET SHOW”

2026年6月1日(月)東京都 日本武道館
2026年6月2日(火)東京都 日本武道館

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