一般的なライブハウスビジネスのセオリーとは違った独自のアイデアで理想のライブハウスを追求している下北沢THREE。店長のスガナミユウは2018年について、「外に向けて表現していく動きと、ライブハウスの中身を変えるっていう内向きの動き、どちらもトライできた1年」と話す。2019年最初のこの連載では、スガナミが2018年に打ち出した施策の数々と、その結果について振り返る。
苦戦を強いられたノルマフリープラン
下北沢THREEは昨年、イベンター・出演者から箱のレンタル代の最低保障やチケットノルマを徴収しない料金プランをメニュー化した。このプランは“誰もがリスクを負わず、素晴らしいパーティをしたい”というスガナミユウの思いが体現されたもので、イベンターや出演者から徴収する箱のレンタル代の最低保障やチケットノルマを設けている一般的なライブハウスからすれば真逆の手法だ。店の収益は主に入場者のドリンク代で賄われ、店、出演者の双方が集客に向けた努力することを前提に成り立つ、いわば“性善説”に基づくビジネスモデルと言える。ライブハウス / クラブの店長として店の運営は一任されているものの、オーナーではないスガナミにとって、この方針を打ち出すことはある種の冒険だ。
「やっぱり苦戦しました(笑)。いざ始めてみると、お客さんが20人くらいしか入らないってことも多かったんです。当面は自分たちが考えて打ち出したシステムをしっかり使いこなせていないという実感もあり、上半期は売り上げは安定しませんでしたね。新しいことを始めると、それがちゃんと“乗る”まではいつも時間がかかるんです……それが去年は特にキツかった(笑)。ライブハウスって、近隣からの苦情などを除けば潰れる要因がそれほど多くないビジネスだと思うんです。だからめちゃくちゃ赤字がかさんだわけではないんですけど、目標売上が達成できない月が続いてしまって」
150人以上を収容するTHREEにとって、出演者が気持ちよくイベントを行え、さらに店側の利益も確保するには、観客が20人では厳しい。だからアーティスト側もしっかり宣伝して集客の努力をしてほしい。スガナミはそういったことを出演者サイドに何度も伝え、理解を求めてきた。
「そうやっていくうちに、周りからの理解も深まっていったと思います。やはり信頼関係が大事で、お互いが甘えのない形で臨まないと成り立ちません。僕らとしても“受けるイベント・受けないイベント”を精査したり、チューニングできるようになっていき、9月頃には売り上げも安定していきました。問い合わせに対して、半分くらいは断ったと思います。そんなわけで9~12月の4カ月で、上半期のマイナスを完全に取り戻しました。まあ、このシステムでやっていけるってことをある程度立証できたかな。今となっては手応えを感じています」
売り上げとブッキングのバランス
店の収支を組み立てることが店長の重要な役割である一方で、ブランディング、つまり日々のライブ・DJの内容や質をコントロールすることも同じくらいに大切なこと。売り上げを重視したイベントのみを続ける選択肢もあるが、スガナミは「それが必ずしも店やスタッフのためになるとは限らない」と考える。ノルマフリープランを軌道に乗せるために汗を流しながら、イベントの内容については深く吟味をしていった。この店では、スガナミいわく「ダサいイベントをやるとスタッフ間で冷やかし合う」という“自浄作用”が働く。
「スタッフの給料のことを考えると売り上げももちろん大事ですけど、日々のイベントの内容や、付き合いもとても大事ですから。残念ながら現状では、この商売は現場のスタッフがそれほど儲かるものではないんです。それでもせっかく音楽が集まる場所で働いているわけだから、自分たちが表現したいものやカッコいいものを形にしないと面白くないと思うんですよね。結果として、2018年は自分たちでも納得のいくものができたと思います。それと、街。下北に根を張ってやっていることだから、人付き合いは大切。下北のどこかのお店の周年パーティがあったりしたら、積極的に受けてきましたね」
スガナミ自身のこだわりを具現化したイベントも多い。昨年この連載で実施した今里(STRUGGLE FOR PRIDE)との対談でもあった通り、スガナミはTHREEを拠点に、自身が思う“カッコよかった頃の下北沢”を取り戻そうとしている。そのスタンスは、2018年12月31日から2019年1月1日にかけてのカウントダウンパーティのラインナップからもうかがえた。
「下北もいろんな店でカウントダウンイベントをやっていましけど、うちは特に“下北沢”に着目したものにしました。クボタタケシさんや松田“CHABE”岳二(CUBISMO GRAFICO、Neil and Iraiza、LEARNERS)さん、今里(この日はETERNAL STRIFEとして出演)さんなど、下北の音楽カルチャーを語るうえで欠かすことのできない面々と、DOWN NORTH CAMPのようなその次の世代に並んでいただきたい……そういう意図があったんです。『下北って若いバンドマンの街』ってだけ思われてもつまらないし、いろいろな音楽的な文化があるってことを少しでも伝えていきたいですから」
ちなみにスガナミは、2018年のTHREEの出演者の中から、特にインスピレーションを受けたアーティスト90組を公開している。こちらを見れば、売り上げのみを追求したわけではないからこそにじみ出る、THREEの“箱の色”を感じることができるはずだ。
自分たちの城にばかりいても何も広がらない
このほかにも、年間割引パス・スリーパスのリリースや、LIQUIDROOMやUNITでの出張イベントの開催、松田“CHABE”岳二との共同レーベルFEELIN'FELLOWSからの音源発売など、スガナミが2018年に着手したことを挙げれば枚挙に暇がない。「内向き、外向きと全方位的に手を広げ過ぎて、足場がぐらついたこともあったというか、ハンドリングできないこともあった」というから相当だ。
「スリーパスは約200人が購入してくれて、60万円ほどの売り上げ。そのお金は、例えばツアーで遠くから来た出演者の交通費に充てさせてもらったりしています。スリーパスでの割引きが適応されるイベントも多く打てました。最初は2000枚ぐらい買ってもらえたら最高だって思っていたんですけど……想像の範疇は超えないですよね(笑)。スリーパスにしても出張イベントにしてもレーベルにしても、まあ身の丈に合った成功と失敗がありました。出張イベントのチケットも売り切れたわけではないし、レーベルからリリースした音源も即完売したわけじゃない。ただ出張イベントも盛り上がったし、レーベルからも予定通りのタイトル数を発表することができた。そういう意味では動いたぶんの価値がありました。僕、自分たちの城にばかりいても何も広がっていかないって思いがあるんです。去年やってきたことって、お金的な利益は多くはないけれど、人のつながりとか、そういう2次的な利益がある。スリーパスも買ってくれた人の顔を覚えられる。“小商い”ですから、それが大事なんです」
“なんでもかんでもバンドマンを応援”がモチベーションではない
多忙を極めた2018年。これだけのことを実現することができたのも、従来のライブハウスの在り方や現在の下北沢の音楽シーンに対し、自分なりの提案を表現したいという思いがあったからだとスガナミは言う。そしてそんな1年を経た今、ある心境の変化を感じている。
「今では、『ここはライブハウスだ』って気持ちはないですね。『商業的に成功したいバンドマンを応援します』っていうモチベーションも限りなくゼロに近いです。売れるとか売れないとかは、自分にとってはどうでもいいんです。音楽の価値はそこではないと思っていて、むしろ働きながら活動をしているミュージシャンが音楽を長く続けていけるようどれだけサポートできるかを考えていて……あんまし“ライブハウス然としたものがどうこう……”っていうのは、2019年はいいかなって。これまでは既存のものに対する反骨精神でやってきたことは確かにあったんですけど、そういうモチベーションでやれることはやり切った思いもある。反骨精神でいろいろやっているうちに張り合ってくれる人もいなくなっていったし、だったら自分たちだけでイキっていても仕方がないなって。そうしたらもう、『この場を有効活用して、できるだけ人のためになるようなことをしたい』みたいな考えに行き着いたんです……おこがましいですけど」
次回はスガナミの現在のモードについて、より深く聞いていく。
取材・文 / 加藤一陽(音楽ナタリー編集部)