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顔を隠して飛沫を防止、コロナ時代に感染症対策の視点から見直す“覆面レコード”の世界

約4年前2020年09月25日 3:05

「歌謡曲は自由である。自由だからこそ、その包容力はでかい。時代が移り変わるとともに、歌謡曲は社会の様々な側面を活写してきた。幸せな出来事も、不幸な悲しみも、歌謡曲はもれなくすくい上げてきた」――これは、ぼくが2019年に出版した著書「レコード越しの戦後史」の前書きから抜き出した一節だ。この中の“歌謡曲”という単語は、もっと広く“音楽”に置き換えてもいい。

そして今、ぼくらは感染症との戦いに直面している。いずれは新型コロナウイルスのことを題材にした音楽も生まれるはずだが、今現在、そういうテーマで目立った楽曲はない(まったく無いわけではないが)。そこで、個人的に集めてきた“覆面レコード”の数々を参考にして、感染症対策について考えてみたい。題して「コロナ時代に感染症対策の視点から見直す覆面レコードの世界」――。

※この記事は、マスクの着用を奨励するために企画したものです。

文・撮影 / とみさわ昭仁

音楽も感染症と共存する時代

今、新型コロナウイルス(以下「コロナ」)が、世界を困惑させている。目に見えないウイルスは人から人へと感染が広がり、その多くは感染しても発症せずに済むと言われているが、発症すると肺炎を引き起こし、最悪の場合は死に至る。音楽界でも、ぼくの知る限りにおいて、すでにアラン・メリル(アイ・ラヴ・ロックンロール!)、ハル・ウィルナー(音楽プロデューサー)、デイブ・グリーンフィールド(The Stranglers)といった人々が、コロナへの感染で命を落としている。志村けんをミュージシャンの1人としてここに加えることにも、ぼくは反対しない。

コロナによる感染症の蔓延は、ライブ、コンサート、演劇といったエンタテインメント産業への影響も大きい。コロナが好むのは人々が密に集う場所。そして、1人でも多くの人間を集めることを目指すのが、こうしたエンタテインメント産業のビジネスモデルだったからだ。

感染を防ぐために我々がすべきことは、大きく分けて3つある。

1つは「密を避ける」こと。春先からしばらくは自粛期間としてライブなどを休止していたが、そのままでは音楽産業が死滅してしまう。今はネットを利用した無観客配信や、お客さんを入れるにしても席数を半分以下に絞るなどの対策を施して、密になることを避けている。

2つめは「手洗い&消毒の徹底」。手のひらにウイルスが付着したとしても、流水で15秒ほど手洗いをすれば、その数は100分の1に減少する。この時点で感染の確率は一気に下がる。流水だけでなく石鹸も使用すれば、ウイルスの数は1万分の1まで減少させられる。こうなればまず感染することはない。ぼくは中古レコード店に入店する際、必ず携帯しているアルコールスプレーで手を消毒する。店内でたくさんのレコードを触ったあとにも、再び消毒することを徹底している。

3つめは「マスクの着用」だ。コロナは、感染者(例え無症状でも)のくしゃみなどで飛んだ唾液の飛沫を媒介として感染する。したがって、マスクをすることが簡単にして重要な防御策となる。

上に掲載したレコードは、医学会の腐敗を題材にした山崎豊子の社会派小説「白い巨塔」を1978年にドラマ化したものの主題歌だ。田宮二郎が演じる財前教授が、部下を引き連れ大名行列のように総回診するシーンが話題を呼んだ。ジャケット写真は、手術用の帽子とマスクを着用した田宮の顔面で、こちらを睨みつける鋭い視線にウイルスでなくとも後ずさりしてしまう。

覆面歌手とはいったい何なのか?

ぼくはかれこれ35年ほど、“覆面歌手”のレコードやCDを集めてきた。そのコレクションの大半は、文字通り覆面を装着して素性を明らかにしていない歌手のものだが、中には田宮二郎のようにジャケットがたまたま覆面状態になってしまっただけのものもある。

覆面歌手を集めることになった最初のきっかけは、1986年。神保町の中古盤店で1枚のレコードを手にしたことから始まる。怪しい覆面姿の男女が、思い思いのポーズを決めたジャケット写真。水木豪&ウルフの「モーニング・ラブ」というレコードだった。初耳のバンド名だったが、そのレコジャケに抗いがたい魅力を感じ、その日から、ぼくは覆面歌手を追いかけることになった。

覆面歌手といっても、そのスタイルにはいくつかのバリエーションがある。主流を占めるのは、水木豪&ウルフのような“アイマスクタイプ”だ。邦楽では、古くからゴールデン・ヴェールやミラクル・ヴォイスといったアイマスク姿の覆面歌手が登場してきた。洋楽にもオリオンやThe Phantom Surfersなど、例を挙げればキリがない。

アイマスクというのは、素性を隠すことを目的として目元を隠しているだけなので、鼻と口は剥き出しだ。彼らの活躍した時代には新型コロナウイルスはなかったかもしれないが、水木豪も、ゴールデン・ヴェールも、オリオンも、飛沫感染には対しては無防備である。

覆面歌手には“仮面タイプ”もいる。感染症対策的な見方をすれば“フェイスシールドタイプ”と言えるだろうか。古いところでは覆面太郎(1963年)という人がいた。その正体は漫才師、青空千夜・一夜の一夜である。余談だが、一夜は1996年に急性肺炎で亡くなっている。

仮面タイプで新しめのところでは、FACTというバンドがいた。2004年にfact名義でデビューし、数枚のアルバムを残して2015年に解散してしまったが、覆面太郎からおよそ40年を隔てて、再び能面を装着したグループが登場したところが面白い。

仮面タイプのバリエーションとして、天狗の面というのもあるのではないか。2015年に解散してしまったthis is not a businessが、まさしく天狗の面をかぶっていた。また、Slipknotにも1人だけ鼻の長いマスクの人物がいるが、あれは天狗というよりピノキオかもしれない。

3番目の覆面歌手は“被り物タイプ”である。ようするに目・鼻・口だけでなく、頭部全体をすっぽりとなんらかのマスクで覆ってしまっているものだ。だいたいにおいてなんらかのキャラ設定を演じているため、当然のことながら正体は明かされない。このタイプでもっとも有名なのは、目ン玉ヘッドでお馴染みのThe Residentsだろう。

中の人は目ン玉ヘッドで頭部を守られているので、感染対策としては万全と言える。しかし、キャラ的に見れば眼球が剥き出しになっているというのは、すなわち粘膜を常に外気にさらしていることになるわけで、感染症に対しては危険極まりない。

1999年9月9日9時9分にコンピュータ機材の爆発事故に巻き込まれ、気が付いたらサイボーグになってしまった……という設定のDaft Punkはどうだろうか。サイボーグなら決してウイルスに感染することはないが、生身の人間がサイボーグを演じているのだとしても、あのマスクにはコスモクリーナーDくらいは組み込まれているはずなので、きっと大丈夫。

 

日本と西洋での正義の味方の覆面の違い

ここで正義の味方が登場する。ヒーローたちは我々をコロナ禍から救ってくれるのだろうか。

誰の発言だったかは忘れてしまったが、少し前に日本と西洋のマスクドヒーローの違いについて述べている記事を見かけたことがある。曰く、日本のヒーローは口元を隠し、西洋のヒーローは目を隠すというのだ。なるほど、鞍馬天狗や月光仮面はたしかに口と鼻を隠しているが、バットマンやキャプテン・アメリカは目を隠している。

新造人間キャシャーンなんかも口元を隠すタイプ。日本のヒーローが口元を隠すことのルーツは忍者装束にあるのだと思われるが、科学忍者隊ガッチャマンは一切顔を隠していないし、パーマンも西洋スタイルだ。

西洋のヒーローでは、ほかにフラッシュやデアデビルなど、顔の上半分をマスクで隠しながらも口元は剥き出しのままというヒーローはやはり多い。

いずれにせよ、ヒーローは感染症対策に関しては無力だ。バットマンのような生身の人間はともかく、スーパーマンは人間ではないのだから感染しないのでは?と思われるかもしれないが、「宇宙戦争」の最後で火星人は地球の風邪ウイルスで死んでしまったのだから、油断はできないのである。

無頼としての覆面スタイル

ポップミュージックのアーティスト、とりわけロックミュージシャンはときに無頼を気取ることがある。1970年に元The Animalsのエリック・バードンと共に作ったアルバム「宣戦布告」でデビューしたWarは、その後も「世界はゲットーだ!」「仲間よ目をさませ!」といったアルバムの邦題からわかるように、国家や人種間の対立をテーマにすることが多い。そんな彼らの8枚目のシングルがこれだ。

まるで荒野の銀行強盗団である。強盗が顔をバンダナで覆うのは、当然のことながらお尋ね者として指名手配されるのを防ぐためだが、荒野で砂埃を避ける意味もあったかもしれない。感染症のことはおろか、ウイルスの存在すらも人類が認識していなかった時代の話だ。

Warのいいジャケに対して、日本のバンドで拮抗できるのはTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTだ。11枚目のシングル「GT400」のジャケが、ご覧の通り。

メンバー全員ブラックのスーツで決め、シルクと思しき布で覆面をして鼻から下を隠す。おまけにチバユウスケ(Vo)は拳銃を握っている。彼らの音楽は60~70年代のパブロックやガレージパンクを下敷きにしたものだが、そこに振りかけられたパンクのエッセンスが、バンドの個性を際立たせている。そんな彼らのイメージにぴったりのジャケだと言える。

過激さや奇抜さを売りにするパンクバンドを見渡してみると、覆面バンドではなくてもおかしな被り物のレコジャケは多い。その中から、洋邦それぞれで対になるようなジャケを紹介したい。

実にいい並びである。コロナ禍が始まって市場からマスクが消えたときに、苦肉の策でこんな格好をして買い物に出かけている人を見たことがある。それなりに効果はあるのかもしれないが、これじゃ知人に会っても誰だかわからない。おでこのところに名前でも書いておいてもらいたい。

もっとも感染対策がなされているジャケは?

最後に、数あるレコードジャケットの中から、もっとも感染症対策として有効だと思われるものを、邦楽から1枚、洋楽から1枚、それぞれ挙げてみたい。マスクも、フェイスシールドも、あるいは被り物もいいが、それより何より、完璧に外気を遮断できるもの。それは宇宙服だ。

ギタリスト松江潤が結成した宇宙ロックバンドで、1996年にバンドを結成したときはSPOOZY coloneと名乗っていたが、1998年にSPOOZYSへと改名。これはその翌年に発表されたミニアルバムだ。これならコロナも怖くない(その代わり、宇宙にはもっと恐ろしい未知の何かがいるかもしれないが)。

宇宙服と同様に機密を保てる服といえば、ほかに何があるだろうか。そんな服を必要とする場所、宇宙空間と同じく酸素のない場所……それは海底。つまり潜水服である。

10ccからケヴィン・ゴドレイとロル・クレームが脱退後、1977年に発表された5枚目のアルバムがこれ。ヒプノシスのデザインによる潜水服ジャケはあまりにも有名だ。

宇宙服にせよ、潜水服にせよ、どちらも無重力下や水の浮力のある環境で着るものだからいいが、陸上でこんなものを日常的に着せられたらたまったもんではない。

というわけで、たくさんの覆面レコードとCDを紹介してきた。好きな音楽だからという理由ではなく、見た目のテーマだけでレコードを集めると大変なことになる。レジデンツやミッシェルやダムドならいい。10ccも悪くない。田宮二郎だって、聴き様によっては楽しめる。だが、覆面をしているというだけで、興味のないアーティストのレコードを買わなきゃならないのは、なかなかに苦行である。

なにせ、こんなものまで買わねばならないのだから。

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