“Vtuber音楽”という新たな音楽シーンの誕生から現在までを追う本コラム。シーンの発端となる2018年の出来事にフォーカスした前編に続き、後編では2019年から2021年にかけて起こった事象をもとに、Vtuberの音楽シーン活性化の背景を解説する。メジャーレーベルへの所属や大型のライブイベントへの出演など、音楽のメインストリームに食い込むようなビッグニュースの影にあった“個人勢”と呼ばれるVtuberたちの台頭、さらに“バーチャルであること”を脱ぎ捨ててリアルとバーチャルを行き来する形の表現を模索するアーティストの登場など、今につながるVtuberの音楽シーン活性化の足跡を追う。
文 / 森山ド・ロ
メインストリームに切り込む2019年
2018年から2019年にかけてキズナアイがさまざまなプロデューサーとのコラボを確立しながら“音楽×バーチャル”の可能性を拡張していくのに呼応して、Vtuberの音楽シーンは加速度的に拡大し続けた。輝夜月の音楽フェス「SACRA MUSIC FES.2019 -NEW GENERATION-」への出演や、ときのそらのメジャーデビューなど、年始から音楽のメインストリームにVtuberが切り込んでいくニュースが多数報じられた。2019年からはライブにフォーカスした売り込みをするなど、Vtuberファンを増やすというより、もっと外向きに音楽を通してファンを獲得しようとする動きが目立つようになる。音楽ニュースだけでも追うことが難しくなり、この頃から「Vtuberの音楽ファン」という、ニコニコ動画の文脈でもVR文化の文脈でもない新しいファン層がちらほらと出てきた印象がある。
2019年からは、チャンネル登録者数や活動周年の記念ごととして楽曲を出すというスタンスは根付いたまま、 “Vシンガー”と呼ばれるスタンスで活動をするアーティストが頭角を現してくる。ゲーム実況や雑談配信など多種多様なタレント活動を繰り広げるVtuberの中でも特に音楽に特化した活動をする配信者をVシンガーと呼ぶ傾向にあり、YuNiや富士葵、かしこまりあたりのすでに有名なVtuberがVシンガーの筆頭となった。またそこにAZKi、花鋏キョウ、花譜、道明寺ここあといった新生アーティストたちがVシンガーとして名を連ねていく。音楽ナタリーをはじめとした音楽メディアでVtuberの特集記事が組まれるようになったのも2019年頃からで、ユーザーは“歌ってみた”の投稿や歌配信の切り抜きでVtuberの歌唱動画を聴くのではなく、サブスクリプションサービスやCDでVシンガーの歌を聴くことができるようになった。
2018年の流れそのままに、2019年のVtuberの音楽シーンは目まぐるしい1年をたどる。リアルライブやVRライブの開催、新曲配信やアルバムリリース、大型フェスへの出演、メジャーデビューといった出来事が毎月のように発表され、Vtuberの音楽シーンは急速に発展した。大きな出来事としては、にじさんじ1周年記念楽曲「Virtual to LIVE」の誕生、ホロライブ初の全体ライブ「hololive 1st fes.『ノンストップ・ストーリー』」開催、キズナアイの「サマソニ2019」への出演、花譜のライブ開催にまつわるクラウドファンディングで支援総額4000万円が集まる……など、リアルなアーティストの活動規模にも引けを取らないビッグニュースが矢継ぎ早に届けられた。
黎明期から変わらずキズナアイがシーンの前線にいるものの、にじさんじやホロライブといったVtuberグループが力を付けていき、花譜がアーティストとしてカルチャーの垣根を越えて注目を浴びていくのもこの頃から。そのほかのVtuberたちも自分を知ってもらうための1つの武器としてオリジナル曲を制作する流れが急速に発展する。それまではエンタテイナーとして配信もゲームも音楽もやるといった流れゆえの「Vtuberはこうあるべきだ」という誰も定めていない呪いのような文化がある印象があったが、そんな中で音楽表現の一環でVtuberを始める人が急激に増えてきたのは、音楽シーンがのちに盛り上がる兆候になっているように見えた。
作曲Vtuberの登場
アーティストに注目が行きがちなシーンの中で、2019年には“作曲Vtuber”として活動するミディのようなマルチクリエイターの存在も目立ち始める。ミディとじーえふ(現:エハラミオリ)の共同企画「Yoshina Project」など、同じ業界内でのプロデュース活動が盛んになり、のちに盛り上がりを見せる個人勢や音楽プロジェクトの活動スタイルが形成される先駆けの1つとなった。
さめのぽきは作詞作曲を手がけながら自身もボーカルを務めるというスタイルで、エルセとともに“エルセとさめのぽき”というユニットを結成。楽曲制作や歌唱に限らず、MV制作などのクリエイティブな側面をユニット内ですべてフォローし、楽曲から見せ方まですべてをオリジナルで表現するVtuberが増えていく。
またAZKiは「AZKi WHiTE」と「AZKi BLaCK」の2パターンで楽曲を展開し、見せ方の幅を拡張して見せた。「サウンドプロデューサー×Vtuber」という活動形態の大きな礎を築いたキズナアイにすべてを引っ張られることなく、独自の見せ方をするVtuberが2019年に存在感を出すことになる。ジャンルの幅が広がっていく中でも、キズナアイがオランダのDJユニット・W&Wとの楽曲を発表したほか、MonsterZ MATEのメジャーデビューやVtuber初のコンピレーションアルバム「IMAGINATION vol.1」の配信、Vtuberの音楽インディーズレーベル・V-olume UPの発足といったシーンを開拓するような出来事も並行して展開された。
ビッグプロジェクトの始動と個人勢の躍進
Vtuberの数が1万人を越えた2020年。オリジナル楽曲の制作や配信が変わらず行われたが、新型コロナウイルスの影響でリアルライブが減少。Vtuberに限ったことではないが、ライブが十分にできない状況で何ができるか、それぞれが考えて表現していく一種の試練のような現象が音楽シーン全体で起きることになる。Vtuberによるライブ事業が確立されかけていた時期でもあった2020年1月以降、予定されていたリアルライブは軒並み中止や延期、または無観客ライブへと変更され、やりたかったことが100%できない状況が1年以上続いていく。そんな中、somunia「niaby」や星乃めあ(現:MaiR)「START!!」、Rain Drops「シナスタジア」、Marpril「city hop」など質の高い作品が1年を通して配信されていったのは、2019年までにVtuberの音楽シーンの土台がすでに形成されていたからだろう。2018年から2019年にかけての、こぞってオリジナル曲を発表していたVtuberたちの活動は少しずつ穏やかになっていき、明確に音楽を専門としたVtuberと、活動の一環として楽曲をリリースするVtuberとの線引きが生まれ、ファンもそれに伴い分かれていく。2019年より行われている「Vtuber楽曲大賞」も、Vtuberの音楽という新たなシーンの音楽ファンが定着した影響したとも言える。
新型コロナウイルスの影響で世間に悪いニュースが飛び交う反面、2020年は、RK MusicのHACHI、KAMITSUBAKI STUDIOの理芽、春猿火、ヰ世界情緒、幸祜、バーチャルガールズグループ・VALIS、RIOT MUSICの松永依織、長瀬有花、凪原涼菜、バーチャルアンデッドユニット・BOOGEY VOXXなど、2022年現在もシーンの前線で活躍するアーティストが数多くデビューした。新生が輝きを見せていく中、花譜とキズナアイが川谷絵音の楽曲提供によるコラボシングルを発表するというサプライズもあれば、理芽「食虫植物」がTikTokをきっかけにメガヒットするなど、音楽業界全体にVtuberが大きな影響を与えていった。
リアルライブができない状況の中で、「TOKYO IDOL FESTIVAL オンライン 2020」内の「バーチャルTIF」にVtuberが出演したほか、「えるすりー」と呼ばれるイベントに総勢67名のVtuberが登場するなど、大型アイドルフェスとの融合も話題となった。さらにキャラクタープロジェクト・電音部も2020年に始動。電音部はVtuberを主体としたコンテンツではないが、にじさんじの健屋花那、シスター・クレア、星川サラといったメンバーがユニットを担当するなど、コンテンツの見せ方としてバーチャルとの関わりが深いプロジェクトだ。
多数のビッグプロジェクトが世に放たれていく一方、個人勢や企業に所属しないクリエイター陣の飛躍もめまぐるしくなる。かねてから音楽好きのファンからはずっと支持されてきたが、それまで以上に注目を浴び出したのは2020年から。BOOGEY VOXXの登場をきっかけに一気に注目が激化していく。しかし個人勢の音楽性が上がっていったというより、自由に音楽ができるような環境や空気感がBOOGEY VOXXを中心に巻き起こっていったと言うほうが適切かもしれない。個人勢やクリエイターが参加したコンピレーションアルバム「Box in the back ∀lley」(2020年9月発売)には、仲間内で好きなことをやろうという空気感が顕著に表れている。音楽という文化において個人がどういう楽曲を発表するかは完全に自由なことではあるが、Vtuberというカルチャーをあまり知らない層は、カルチャーに対するイメージやルールを知る際に、メジャーデビューしたVtuberやトレンドに登場するVtuberを見て情報を得ることが多い。そんな中で個人勢が好きに音楽をやる様子が表面に浮き出すことによって、音楽の表現の場としてカルチャーに参入するハードルが自然と下がっていくものだと、この時期から個人勢として音楽を始める人たちの多さを見て感じた。
多様化する“V”の在り方
2021年は、引き続きコロナの影響もあり、リアルライブやクラブシーンが年間通して満足に機能しなかった。そしてVtuberカルチャーの音楽に対する多様性が拡張されていった1年でもある。大型フェスや音楽Vtuberのオーディションなどは、相変わらずコンスタントに行われ、にじさんじやホロライブが完全にVtuberカルチャー全体を牽引していく。音楽面では、米国最大の音楽アーカイブであるRate Your Musicで月ノ美兎の「月の兎はヴァーチュアルの夢をみる」(2021年8月発売の月ノ美兎の1stアルバム)が評価され、ホロライブの星街すいせいは自身のアルバム制作のみならずTAKU INOUE「3時12分」や夏代孝明「藍より群青」にボーカルとして参加するなど、アーティストとしてさらに飛躍する。
個人的には花譜の“音楽的同位体”であるCeVIO AI・可不の登場が2021年一番のターニングポイントになったと感じている。2020年時点でVtuberの音楽としてひとくくりにする人はもはやほとんどいないような状態にあったが、2021年は「Vtuberカルチャーの音楽に対する多様性」が顕著に表れた年になった。
2019年からタイアップ楽曲を数多く歌っている花譜は、音楽アーティストとして一般的に知れ渡った存在だろう。もはや「Vtuberの中だったら」といったくくりの中で音楽性は語られない。これは花譜に限ったことではなく、各メディアでの取り上げられ方や活動の幅を見れば一目瞭然のことだ。そんなバーチャルという表現と音楽性の高さから数々の“壁”を取っ払ってきたKAMITSUBAKI STUDIOを筆頭に、「Vtuber」という言葉の牙城が崩れていく。もともと「Vtuber」という言葉が生まれた当時から今まで、「Vtuber」という言葉にこだわり続けたのはカルチャーに対する知見がない企業やレーベルに多い印象があった。早い段階からVtuberとして活動してきたアーティストはそこまでVtuberやバーチャルYouTuberという言葉に囚われていない。もちろん活動スタイルによって差異はあるだろうが、少なからず音楽をメインに活動する人たちは「Vtuber」という言葉にこだわっていないように見える。むしろこだわることによってある種の「こうするべき」「こうあるべき」といった呪いにかかるのではないか。
多様性の大きな分岐点は、2021年に開催されたVALISの1stワンマンライブ「拡張メタモルフォーゼ」のアンコールでメンバー全員が生身の姿で登場し、パフォーマンスを行った瞬間だと思う。生身でパフォーマンスを行ったことが重要ではなく、生身の姿での登場を観客が受け入れたことが重要だった。おそらくこれは2018年や2019年では受け入れられなかったと思う。受け入れられた理由は、Vtuberカルチャーの枠を越えてその音楽が一般的に受け入れられたことで、「そのアーティストの持つ音楽性」に魅力を感じて引き寄せられた層が数多く混在しているからだろう。THE BINARYのようにもとからライブは生身の姿、それ以外はバーチャルの姿などで切り分けられたアーティストであれば話は別だが、バーチャルの姿で活動を行ってきたアーティストが生身の姿で登場するのはカルチャー自体の多様性が確立したからだろう。RIOT MUSICの長瀬有花はキャラクターイラストを用いたショートアニメやMVを発表しながら、生配信は生身の姿で行うなど、バーチャル活動の暗黙のルールみたいなものが徐々になくなってきている。
また2021年に「シル・ヴ・プレジデント」というネットミーム化した楽曲を生み出したP丸様。は、3Dライブを行いながら自身のことをVtuberと名乗ったことはない。バーチャルという表現と音楽性が切り分けられて、多様性が拡張してきている。
演者の人格をベースに、攻めたプロダクションで米国から高い評価を受けることになった月ノ美兎、Vtuberとしての活動の中でファンを増やしながら持ち前の歌唱力と表現力を生かしていった星街すいせい、そして個人の活動とV.W.Pというグループでの活動を並走させることで新たな可能性を広げていったKAMITSUBAKI STUDIO、それぞれ見せ方は違ってはいるが、躍進していくことで多様性が広がったのは事実だろう。今のVtuberの音楽シーンの基盤にある、キズナアイをはじめとした数多くのアーティストによる挑戦がシーンの土台を形成し、これから先も多様性は広がっていく。2022年以降も、これまでの常識に囚われないアーティストや多くのVtuberが多様化された表現を積極的に行っていくだろう。