坂本慎太郎の頭の中はどうなっているのだろう? 彼のアルバムを自宅のオーディオで再生し、歌詞カードを眺めながらそんなことを考えたことがある音楽リスナーは少なくないはずだ。そんな坂本のアウトプットの手段は音楽だけに限らない。ゆらゆら帝国時代から楽曲制作と並行して、音源や物販のアートワークを自身で手がけており、それらをまとめたアートブック「SHINTARO SAKAMOTO ARTWORKS 1994-2006」(2006年) / 「Sketches for Music」(2018年)では、彼の尽きることのないイマジネーションの一片を垣間見ることができる。
ソロ活動をスタートさせた2011年には、新たなアウトプットの手段としてiPadのアニメ制作アプリを用いた「君はそう決めた(You Just Decided)」の手描きアニメショーションによるミュージックビデオを公開。その後も「あなたもロボットになれる feat. かもめ児童合唱団」や、オノシュンスケがカバーした「ディスコって(Disco Is)」など、不定期に手描きアニメMVを発表して国内外のファンを楽しませてきた。そしてその最新作が、約6年ぶりのオリジナルアルバム「物語のように(Like A Fable)」の収録曲「ある日のこと(One Day)」のMVだ。本作は近年のアートワークで頻繁に見かける猫や、楽曲の歌詞にある「タヌキの親子」「カラスの夫婦」、そしてバンド時代にしばしば登場した出っ歯のキャラクターなどが入り乱れるポップな内容で、坂本はこの目まぐるしく展開していくアニメーション作品を、コピー用紙約650枚と鉛筆とマーカーを用いて1人きりで完成させたという。
MVの監督など、音楽の仕事に携わる映像作家たちに焦点を当てる本連載「映像で音楽を奏でる人々」。今回は特別編として、坂本の映像作家としての顔に迫るインタビューをお届けする。D.I.Y.手描きアニメーションMVはどのように生まれたのか?その制作背景や、坂本が普段のフィールドとは異なる映像表現というアウトプット手段に手を伸ばしたワケを紐解いていく。
取材・文 / 松永良平 撮影 / トヤマタクロウ
結局、アニメしか思い付かなかった
ゆらゆら帝国時代からCDやレコードのアートワークをすべて自分で手がけてきた坂本慎太郎だが、ソロキャリアを歩み始めるにあたって誰もが驚いたのは、自ら作画を担当したアニメMV「君はそう決めた」(2011年11月公開)だった。シンプルなモノトーンの線画は刻一刻とメタモルフォーゼを続け、奇妙さとクールさ、ファニーさとかわいさが最終的に曲自体の持つ優しさと融合して、心を深いところまでつかまれた。
その後も坂本は積極的にアニメMV制作をディレクションし続けた。自身のレーベル・zelone recordsからアルバムをリリースしたママギタァの「Eat You Up / Bunny」(2012年2月公開)、手描きアニメではないものの取り込んだ写真を変化させてゆくにせんねんもんだいの「B-1(You Ishihara Mix)」(2013年6月公開)、カラーの水彩画アニメ「あなたもロボットになれる feat. かもめ児童合唱団」(2014年6月公開)、坂本の7inchシングル「ディスコって」にカップリングされたオノシュンスケによる同楽曲のカバー(2016年11月公開)と続いた映像作品。これらを通して、坂本はRAWな手法で独自の世界観を提示してきた。
ライブ活動を開始した2017年以降は、膨大な労力を必要とする自作アニメMVの制作はなくなっていた。だが最新アルバム「物語のように」収録曲「ある日のこと(One Day)」のMVは、約6年ぶりのアニメ作品であるだけでなく、これまで以上に手の込んだ仕上がりとなっていた。いったいどのように坂本はアニメMVを作ってきて、そして今回どのような経緯があって6年ぶりに制作に着手したのだろうか。
「以前は(アニメを作る)時間があったんですよ。ライブをやってなかったから。『君はそう決めた』のときは、自分でやってみたいという気持ちが強くて。iPadのアニメ制作アプリを使うとわりと簡単に作れると教えてもらって、それでやってみたら楽しかった。使い方を覚えたから『もうちょっといろんな機能も使えるな』と思ってママギタァ、にせんねんもんだいと続けてMVを作ってみたんです。前の作品ではやってないやり方が思い付いたらちょっとずつ試す、という感じでしたね」
「『ある日のこと』のMVを作りたいとは思っていたけど、誰かに映像を頼むにしてもなかなかいいアイデアが浮かばなくて。結局、アニメしか思い付かなかったから、自分でやるしかないと作り始めました。制作時期は今年の夏頃だったんですけどコロナの感染が爆発していたし、外もめちゃくちゃ暑かったじゃないですか。1歩も家から出なかったんで、ちょうどよかったですね。アニメを作り始めるとほかのことが何も手に付かなくなるんです。絵を描いて軌道に乗ってくると脳内麻薬みたいなのが出ちゃって、ずっとやっちゃう。ほかの用事が入るとすごくイライラしちゃうし、ライブの練習とかメールの返事もめんどくさくなるくらい。だけど、今回はコロナで人と会わなくていい時間が多かったからちょうどよかったですね。冷房の効いた部屋でずっと作業してたので、今年の夏は暑かったという実感があまりないんですよ」
「ある日のこと」MVの制作工程
コロナ禍という本来ストレスになってもおかしくない時間が、「ある日のこと」のMV制作においては前向きに作用したのは、不幸中の幸いというべきだろう。6年ぶりに取り組んだ新作アニメで、坂本は初めて動画の編集にも自ら取り組んだという。
「過去のアニメ作品は絵だけ自分で描いて、絵と音を合わせる作業は詳しい人にお願いしていたんです。だけど今回はAdobeのPremiere Proという動画編集ソフトの使い方を勉強するところから始めて、自分で編集もやりました。その勉強に時間はかかったけど、初歩的なことを学んだあとは試行錯誤しながら『こうやるのかな?』という感じで進めていって。やっぱり自分で編集すると、あとから『ここだけ変えよう』『もう少しタイミングを合わせよう』とか細かいところまでやれて面白いです。その反面、やりだすとハマっちゃうから危険なんだけど」
「原画は、A4の紙を四分割したサイズで650枚あります。大きいと描くのが大変だし、分割した4枚を貼り合わせてA4サイズにすれば1枚ずつスキャンする手間が省けるんですよ。『あなたもロボットになれる』もこのサイズでしたね。『ある日のこと』で使った画材は、コピー用紙と鉛筆、マーカー。まずは鉛筆で描いていくんですけど、特に濃さや太さの指定はなくて、家にあったやつを使いました」
「基本的に毎日、昼に起きて朝方眠るまでずっと作業してました。トレース台の上で1枚ずつ描いていくんですけど、8枚か16枚か32枚描いたらスキャンして、Photoshopで微調整しながらレイヤーに合わせて、それをソフト上でペタペタ貼って動かしてみる。コンテやストーリーボードは全然描かないです。行き当たりばったりで描き進めて、動かしてみて、続きを描いて、また動かして。曲に合わせるとか、ストーリーとかはあんまり考えてないんですよ。だいたい間奏明けまで描いたら、後半はすでにある素材を組み合わせたらなんとなくいける。計画的に描いてるわけではないけど、『これとこれを合わせたら、すごく複雑な感じに見える』みたいなのがあとからついてくる感じですね。絵の順番でナンバリングを付けているので、『これの14番と別の14番を合わせたらちゃんとつながって見える』みたいにして進めていくんです」
全部人力、時代に逆行してるんです
「ある日のこと」と過去のアニメMVを見比べてみると、坂本の言う“前とは違ったこと”を積み重ねてきたのがわかるし、もちろん自ら編集を手がけたことで生まれた音のシンクロの絶妙さも感じた。加えてこれまでの作品との変化を挙げるなら、今回は動画それ自体がなんだか滑らかになっている点だろうか。
「今回は、ところどころでコマ数を倍にしています。以前は16ビートでハイハット1刻みに対して1枚だったんですけど、今回はそこに2枚入れてるところがある。いろいろと試す中で、倍にしたほうが面白かったんですよね。動きがすごく滑らかというか。速いコマの中でキャラがゆっくりと動くのが曲と合ってるなと思ったんです」
「あと1枚1枚をちゃんと描く、というのはずっとこだわってますね。例えば体は静止させて足だけ動かすとかじゃなくて、そのキャラが動いてないシーンでも1枚1枚描いていく。背景が同じでも1コマごと描きます。そうすると背景が少しぶるぶる震えて見える、そういうのがいいなと思っていて。1枚だけ描いて静止画にするのは自分的には面白くないんですよね」
「実はこのMV、当初は白黒の作品になるはずだったんですよ。でもなんだか面白くないというか、今までよりクオリティが落ちているような気がして。それで色を足してみたらいい感じになったので、大変だったけど白黒の絵に色を塗って途中からもう一度スキャンし直したんです。そのほかのこだわりで言うと、エフェクトとかも使わない。全部人力、時代に逆行してるんです(笑)」
コントロールできない難しさ
手描きアニメMVで作画から編集までを自らディレクションしている坂本だが、実写MVでは自身の中にあるイメージを映像作家に共有して作品を作り上げている。その中には旧知のミュージシャンであり映像作家でもあるVIDEOTAPEMUSIC(2015年公開の「悲しみのない世界(You Ishihara Mix)」と2019年公開の「小舟」。※「小舟」は編集のみ)や、井手健介(2021年公開の「おぼろげナイトクラブ」と「ツバメの季節に」)を起用した作品もある。映像作家とタッグを組む場合、その人選はどのように行っているのだろう。
「実写MVの場合、自分でコントロールできない領域というか、どうなるかわからないので、任せるしかない部分が大きいんです。知らない人にお願いして大失敗する可能性もあるから、それは怖いじゃないですか。そういう意味では、“はじめまして”みたいな人にお願いすることはバンド時代からないですね。ビデオくんや井手くんだったらいろいろ微妙な注文をしてもわかってくれる。それにダサいものにならない保険みたいなものがあるから安心して頼めるんです」
「山口保幸さんにお願いした『物語のように』のMVは何度か打ち合わせをしたし、撮影に入る前に参考映像を渡したりして質感のすり合わせもしました。山口さんもエフェクトのテスト映像を事前に送ってくれて、意思の疎通ができていたんです。あのMVは自分が思った通りの感じになったし、山口さんのアイデアでひねりを入れてよくしてくれました」
「誰かにお任せで好きにやってほしいみたいなのは、曲とその人の作風の相性がいいなと思ったらお願いしたいけど、『ある日のこと』では、それが思い浮かばなかったんですよ。あと、ちゃんとしすぎない感じがいいし、あんまり真面目っぽくなるのも違くて、そのニュアンスを人に伝えるのは難しい。自分でやると、そのへんは好きなようにできますから」
“これだけやってていい”が憧れだった
YouTubeで公開された「ある日のこと」には、さっそくたくさんのコメントが付いている。そして、いつもながら海外のさまざまな言語でのコメントが多い。これまで発表されてきた坂本自作のアニメMVについて「坂本慎太郎は自分でこのアニメを作っている」という海外からの書き込みに対し、別の海外のファンから「マジで?」と返信が付いているのをSNS上で見かけたこともある。さも普通のことのように坂本はこの取材にも答えてくれているが、実際の労力は連日連夜におよぶものすごいものだ。坂本自身も「普通やんないですよね。見た人に『気持ち悪い』って引かれちゃうんじゃないかと思ったりもします」と苦笑しながら語っていたが、膨大な作業自体は大して苦になっていないようだし、むしろ陶酔の時間のようにも思える。
「子供の頃から我を忘れて1つのことにのめり込んじゃうタイプでしたね。学校やバイトに行かなくてよくて、“これだけやってていい”というのが憧れでした。朝から晩までずっと何かを作っていい環境というのが、子供の頃から理想だったんです。今はそれが遊んでるわけじゃなくて、仕事にもなってるんですけど」
「ある程度ソフトの使い方がわかったら、描いて並べてすぐに動きを見れるから、すごく面白いですよ。Premiere Proは絵を並べるくらいのところまでしか使えてないんだけど、まだいろんな機能があるから面白そうだし、やり出すとハマっちゃいそう。でも、そうすると音楽をやる時間がなくなっちゃうんですよね。今回、アニメの制作期間中にギターに一切触らずにいたら、めちゃくちゃ下手になりましたから(笑)」
それでもまたいつか時間ができて、アイデアが浮かんだら、アニメを作りたくなるかも? その質問に対して、坂本は否定はしなかった。
「ライブをやらなくていいなら、またアニメは作りたいですね。ただ、本業が疎かになりそうなんで、あんまり深入りしないようにしようとは思ってます。でもレコードを作るとしたら、音だけじゃなく、ジャケとかMVとかまで全部セットで考えてる。自分で全部やれたらトータルで完成させられる、そういうのはいいですよね」
坂本慎太郎が影響を受けた映像作品
ブルース・ビックフォード「The Amazing Mr. Bickford」(1987年)
フランク・ザッパが70年代に見出し、自宅の地下室を住居兼アトリエとして寝泊まりさせていたクレイアニメ作家、ブルース・ビックフォード(1947-2019)。彼のイマジネーションと創作力は「Baby Snakes」など、ザッパの映像作品でも大きくフィーチャリングされている。「The Amazing Mr. Bickford」はその集大成的な映像作品だが、2022年現在、DVD / Blue-ray化はされていない。なお2016年の来日時に東京・LIQUIDROOMで開催されたイベント「チャネリング・ウィズ・ミスター・ビックフォード」では、ブルース・ビックフォードの映像に合わせ、坂本慎太郎、AYA、菅沼雄太による即興演奏が行われた。
「ブルース・ビックフォードが延々と作り続けた作品をまとめたVHSです。彼の作品では、変なものが変なものへとメタモルフォーゼしていくんです。彼の線画のアニメーションもあって、まだデジタルじゃない頃の作品なんですけど本当にすごい。とにかく一番の衝撃を受けた映像作品ですね」
アレハンドロ・ホドロフスキー「ホーリー・マウンテン」(1973年)
ジョン・レノンも心酔した映画「エル・トポ」(1970年)の監督・主演・音楽を担当したチリ出身の映画監督アレハンドロ・ホドロフスキー。「ホーリー・マウンテン」は、彼が「エル・トポ」の次に、ジョン・レノン&ヨーコ・オノらの資金援助を得て制作した映画。神話的なファンタジーとサイケデリックなイメージが交錯する問題作で、日本では1988年に初公開された。
「20代の頃にVHSビデオで観たんですけど、とにかく服装とか部屋とか、全部のカットのビジュアルがカッコよかった。当時、サイケデリックポスターとかが好きなのもあってすごく影響を受けました」
坂本慎太郎(サカモトシンタロウ)
1989年に結成したゆらゆら帝国でボーカルとギターを担当。バンドは10枚のスタジオアルバムや2枚組ベストアルバムなどを発売後2010年に解散した。翌2011年に自主レーベル・zelone recordsを設立しソロ名義での1stアルバム「幻とのつきあい方」をリリース。2013年にシングル「まともがわからない」、2014年に2ndアルバム「ナマで踊ろう」、2016年に3rdアルバム「できれば愛を」を発表した。2017年にドイツ・ケルンで開催されたイベント「Week-End Festival #7」で初のソロライブを実施し、2018年1月には東京・LIQUIDROOMで国内初となるソロでのワンマンライブを開催した。2022年6月に約6年ぶりとなる最新アルバム「物語のように(Like A Fable)」を発表し、現在は本作を携えた国内ツアー「坂本慎太郎 LIVE 2022 "Like A Fable"ツアー」を開催中。また自身の制作のほかにも、さまざまなアーティストへの楽曲提供やアートワークの提供など、その活動は多岐に渡る。
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