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西寺郷太のPOP FOCUS 第26回 大滝詠一「Velvet Motel」

「西寺郷太のPOP FOCUS」
約1年前2023年03月09日 8:04

西寺郷太が日本のポピュラーミュージックの名曲を毎回1曲選び、アーティスト目線でソングライティングやアレンジについて解説する連載「西寺郷太のPOP FOCUS」。NONA REEVESのフロントマンであり、音楽プロデューサーとしても活躍しながら、80年代音楽の伝承者として多数のメディアに出演する西寺が私論も織り交ぜながら、愛するポップソングを紹介する。

第26回では、大滝詠一が1981年にリリースした名盤「A LONG VACATION」の収録曲「Velvet Motel」にフォーカス。この曲がさまざまなミュージシャンを唸らせ、世代を超えて愛されてきた理由とはいったいなんだったのか。西寺が自らカバーしたからこそ発見した、大滝ならではの歌唱表現に迫る。

文 / 西寺郷太(NONA REEVES) イラスト / しまおまほ

落とし穴に注意、一筋縄ではいかないボーカル

今回のテーマとなる曲は、僕が特にシンガーとして尊敬し、お会いしたくても会えなかった大先輩の1人、大滝詠一さんの「Velvet Motel」。今年は彼が2013年12月30日に亡くなって10年という節目の年でもあります。僕は昨年から、日本の名曲のカバーを中心とするソロアルバムを作りたいなと制作に取り組んできたのですが(参照:「日本の楽曲を歌いたい」西寺郷太のカバー企画始動、第1弾は「夏のクラクション」と「都会」)、そこでもこの「Velvet Motel」を選曲させてもらいました。

少し前からシティポップブームと言って、1970年代から80年代半ば頃までの日本のポップミュージックが若い世代からも再発見され愛されています。ただし、このあたりの楽曲の時系列、時代感覚はわりとごちゃ混ぜになってしまうポイントだということは強調しておきたいと思います。「Velvet Motel」が収録された歴史的名盤「A LONG VACATION」が発売されたのは、1981年3月21日ですから今年50歳になる1973年生まれの僕ですら小学1年生の頃。当然、まだまだ“大人の音楽”を聴く年齢ではありませんでした。なので、いわゆる“シティポップ”は、すべて後追い。リアルタイムではない、という意味で意外に感覚は今の若い世代と変わらないんです。

今回のカバー企画では、1996年生まれの大樋ゆう大くん(SANABAGUN.)がアレンジやプロデュースを担当してくれました。彼はお父さんがジャズドラマー、幼少期からピアノを学びクラシックの教育も受け、ベースもドラムもフルートも演奏できるというすごいミュージシャンなのですが、これまでどんな難曲も余裕綽々の表情でこなしてきた彼が、超絶にテンポが速いわけでもなく、聴く分にはメロウで耳馴染みもよく、すんなりスムーズに響くこの「Velvet Motel」を「今まで演奏した曲の中で一番複雑で難しい」と言ったことには正直驚きました。少しずつ間違えそうな細かい工夫、考えられたトリックが楽曲そのものに仕組まれているというのです。その言葉を聞いて、真摯に取り組んでみるとボーカルに関しても、実は同じような“落とし穴”“罠”のような工夫が練り込まれた曲だということがわかってきました。なんとなく鼻歌として歌うのは簡単でも、細部にこだわると迷宮のように複雑な世界が広がる。そしてそれこそが何度聴いても飽きずに、新鮮に楽しめるポップスの真髄を追求した大滝詠一の凄味なのだと。

鼻濁音に注目

今回は「歌」だけにフォーカスしてみましょう。御本人も何度も語られているのですが、「Velvet Motel」に限らず大滝さんのボーカルは当時としては珍しく“意図的に”ワンフレーズごと、時には1文字ごと、言葉を分割してレコーディングされているのが特徴です。現在ではPCを使って失敗した箇所に正しい音程や歌詞を編集して入れ込むというレコーディング方法が普通のことになっていますが、自らがエンジニアでもある大滝さんはあえてテンションや音量の違う、例えば少し風邪気味で声の出が悪いときなどを“チャンス”と見て歌詞の“一部分だけ”をわざと調子の悪い声で歌い直したりしながら、全体のボーカルを完成させているといいます。意識して聴くと、確かに彼のボーカルはかなり目立つくらいに凸凹、音量差とテンションの違いがある。ブレスの位置なども工夫されているため一筋縄ではいかないんです。まずは冒頭の「Green Light 仄(ほの)かに雨に」の後半、「ほぉのーかぁーにーぁあーめーにー」と、「に雨」の部分を聴いてください。この場所では、チェロやバイオリンのように息継ぎせずにつなげて歌っています。「ふむふむ、そういうルールか」と思うと次の行の同じメロディ部分「数えるお前の」の部分では「る / お前の」とちゃんと定石通りブレスを入れているのです……。同じ歌詞でも回数によってリズムが違うタイミングだったり。僕もナチュラルに勘違いしていたメロディ、ブレスが寸前までありました。単に思い込みを信じて気持ちよく歌ったり演奏していたりしたら容易に間違えてしまうんです。

あともう1つ、大滝さん自身が語られていた彼の歌唱の特徴は“鼻濁音”。例えば「がぎぐげご」と発音するとき、彼は子音の発音時に鼻で抜く“鼻濁音”(少し「が」に「な」を混ぜたようなイメージ)を歌唱に意図して取り入れています。この「Velvet Motel」で象徴的なのは「俺たちーが悲しーい」という場面の「が」のさりげない美しさ。「んが」と言いつつ「ん」をかなり小さく、そして鼻に抜くことで柔らかく発音して衝撃、アタックを減らす。日本の伝統芸能・能の稽古でもこの“鼻濁音”の使いこなしが古来から行われていたそうで、より楽器的な滑らかな響きを得る方法として理にかなっているとのこと。というわけで“大滝ルール”は単に複雑なわけではありません。大滝ルールを知って、守りさえすれば、作り手として何度聴いても飽きることのない究極レベルのポップソングの醍醐味をより感じることができる。その意味で、大滝さんの楽曲をカバーしたり、考え始めると迷宮のように時間もかかるんです(笑)。絵の具で例えるなら、赤と青を混ぜた“紫色”の風合いの違いだけで何千色も存在するみたいな感じでしょうか。

「歌詞はなんでもいい」その真意は

大滝さんはよくも悪くも「歌詞の内容に思い入れがない」と公言されてきました。もちろん彼ほど“歌詞のクオリティ”“響きの心地よさ”を研究し、日本語でポップスを自作し歌うパイオニアとして実践、思考を繰り返してきた方はほとんどいないわけですが。ただ、大滝さんがあえて繰り返された「歌詞はなんでもいい」という発言の対極にあるのが、学校などで歌を教える音楽の先生の「作詞家が何を言いたいのか、歌詞の情感や意味、場面を想像し、思いを込めなさい」という指導ではないでしょうか。僕自身は例えばアイドルグループのプロデュースをする際「できるだけフラットな感情で歌ってほしい」とディレクションすることが多いんです。その理由は、「楽曲は全体で感情を動かすものなので“歌と歌詞だけ”ではない」「聴く人の立場になって考えると、歌手の感情や思い入れでわざわざでき上がっている料理に醤油や砂糖やタバスコをかけすぎないほうがいい場合もある」と思っているからです。

よく知られるエピソードですが、アルバム「A LONG VACATION」の制作時、作詞を依頼していたはっぴいえんど時代からの盟友である松本隆さんの妹さんが若くして亡くなるという悲劇に襲われました。その悲しみで松本さんはしばらく歌詞を書ける心境になく、大滝さんに「別の作詞家に頼んでくれ」と告げたそうです。大滝さんからの返事は「松本ありきで考えてるからほかの誰かじゃ駄目なんだ。だから待つ」。ショックで渋谷を歩くと街が真っ白に見える。つらい経験を越えた松本隆さんが書かれた詞がアルバム1曲目の「君は天然色」。だからと言って、大滝さんのボーカルが必要以上に湿ることはありませんでした。限りなく瑞々しく明るくフラットに響くその歌声と豪華絢爛な演奏、アレンジ。しかし背景を知り、歌詞を読めばその表現の中に、無理に入れなくても絶対に感情は含まれてしまうんです。答えは1つではない。隠された不安やさりげない優しさがプリズムのように乱反射してゆく。松本隆さんの書かれた素晴らしい歌詞と、大滝さんの一瞬歌詞の味付けを薄めるような、ニュートラルにコントロールされブツ切りで構築されたボーカル表現が混ざり合う。そこに生まれる解釈の広さこそが「A LONG VACATION」が時代を超えて飽きずに愛され続ける理由なのではないでしょうか。

実は大滝さんは僕の出演したTBSラジオでの音楽特集などを楽しんで聴いてくださっていたらしく、メッセージをいただいたことがあります。いつかお会いできたらたくさん質問したいことがありました。「今度、機会があれば話しましょう」という約束が実現されそうになった目前、東日本大震災が起こり延期になって。その後、大滝さんは亡くなられてしまいました。あの日から今年で10年。もしお会いできたらどんな話ができたのだろうか、といつも思いながら大滝さんの遺されたラジオ、執筆、音源の森を彷徨っている日々です。

西寺郷太(ニシデラゴウタ)

1973年生まれ、NONA REEVESのボーカリストとして活躍する一方、他アーティストのプロデュースや楽曲提供も多数行っている。2020年7月には2ndソロアルバム「Funkvision」、2021年9月にはバンドでアルバム「Discography」をリリースした。文筆家としても活躍し、著書は「新しい『マイケル・ジャクソン』の教科書」「ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い」「プリンス論」「伝わるノートマジック」「始めるノートメソッド」など。近年では1980年代音楽の伝承者としてテレビやラジオ番組などに出演し、現在はAmazon Musicでポッドキャスト「西寺郷太の最高!ファンクラブ」を配信中。

しまおまほ

1978年東京生まれの作家、イラストレーター。多摩美術大学在学中の1997年にマンガ「女子高生ゴリコ」で作家デビューを果たす。以降「タビリオン」「ぼんやり小町」「しまおまほのひとりオリーブ調査隊」「まほちゃんの家」「漫画真帆ちゃん」「ガールフレンド」「スーベニア」「家族って」といった著作を発表。最新刊は「しまおまほのおしえてコドモNOW!」。イベントやラジオ番組にも多数出演している。父は写真家の島尾伸三、母は写真家の潮田登久子、祖父は小説家の島尾敏雄。

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