音楽ライターの松永良平が、さまざまなアーティストに“デビュー”をテーマに話を聞く新連載「あの人に聞くデビューの話」。前回に引き続き、カクバリズムの新人バンドChappo(シャッポ)をゲストに迎えてお届けする。後編では、デビューシングル「ふきだし」の制作秘話や、バンド名にまつわる知られざるエピソードなどについて振り返ってもらった。
取材・文 / 松永良平 撮影 / 相澤心也
カクバリズムらしさとは?
──「うちからリリースしませんか?」と面と向かってカクバリズムの角張渉くんから誘われた、というのが前回のラストでした。
福原音(G, etc.) 僕はそんな展開になると全然思ってなかったんです。悠太くんの言葉を信じて「おいしいものが食べられるな」くらいのノリだったのに、結局、ほぼ料理は食べずに角張さんと5時間くらい話をしてました(笑)。
──熱いですね。
福原 「すごくカクバリズムらしいんだ」と言われました。バンドとしては活動が路頭に迷っていたから、“カクバリズムらしさ”がなんなのかわからないなりに、すごく好きでいてくれてるのはわかったし、うれしかったんです。その勢いで、「ライブしたことありません。今後もあまりするつもりもありません。歌も歌いたくないけど歌ものばっかり作ってしまいます。コントやりたいです。あれもやりたいです……」みたいなことをとにかくバーッと並べたんです。角張さんはそれを全部受け止めて、「こういうふうにやっていけば、音くんたちがやりたいことはやれる」みたいな具体例をいろいろ提示してくれて。それを聞いて「よろしくお願いします」とその場で返事しました。そのついでに「音くんは就職活動してるの?」と聞かれて、何もしてなかったので、春にオープンする予定になっていたカクバリズムのショップ、Test&Tinyでバイトすることも決まったんです(笑)。
──いろんなことがそのとき決まった。
福原 悠太くんには角張さんとした話をあとで報告しました。
細野悠太(B, etc.) 僕は「ラッキー!」みたいな感じでした。テンションが上がりましたね。
──そのやりとりからデビューシングル「ふきだし」までは1年ほど時間があります。そもそも最初に渡したデモにはあの曲は入っていなかった。
福原 2023年になってできた曲でしたね。春くらいかな。
細野 実は、あの曲ができる前に、ドラムの海老原颯くんがバンドを辞めることになったんです。
──え? カクバリズムからのデビュー話が決まったのに?
福原 サポートとしてバンドは手伝い続けてくれるけど、メンバーとしては活動しないことになったんです。
細野 それでバンドが2人だけになったとき、そういえば僕発信で曲を作ったことがないなと思ったんです。僕が雛形を作ってみて、それを音くんに渡してみたら意外といい感じになりそうだったので、そのまま続けてみたんです。
福原 2人体制になったら、3人でやってるときより友達っぽいというか、細野さんや家族の皆さんと一緒にいるときに近いような感じで音楽が作れた。悠太くんと出会った頃、音楽の話を夜な夜なしていたような勉強会のテンションでやれたんです。それまでは僕発信だけだったけど、悠太くん発信でやってみるのも面白いと思ったし、ちょうどお互いの好きな音楽が被るようにもなってきていて。
細野 ブレイク・ミルズを一緒に観にいったりしたしね。
福原 具体的には、細野さんの「Afro Jane」って曲のパーカッションの感覚とかが僕らは好きだったから、そこから悠太くんが連想したベースとドラムのパターンを持ってきてくれて、僕がドラムをさらにいじって曲を付けるという行程。「ふきだし」では、その流れがかなりスルッとできたんです。角張さんも「これ、いいじゃん!」って言ってくれました。打ち合わせに行ったら、音源で渡していたスライドギターのメロディをすでに鼻歌で歌ってくれていたくらいで(笑)。4年間かけてあれこれやってたのに、2週間くらいでできた曲でデビューする怖さはありましたけど、角張さんが鼻歌してくれてるくらいなら大丈夫かと僕らも安心したんです。
30個以上あったバンド名候補
──7inchシングルでデビューするというスタイルはどう思いました? ある種それはカクバリズムの伝統、みたいな話でもありますが。
細野 僕は部屋にレコードを聴くシステムもないし、「僕らの音楽でいいの?」とも思ってましたね。
福原 それが一番大きかったよね。大きいことは言うけど、基本的には自信がない(笑)。
──まあ、そうですよね。ライブだってその時点でまだやってなかったわけだから。カクバリズムでシングルを出すことは決まっても、バンド名は仮のままでした。
福原 角張さんは本当に不安だったと思います。6月にレコーディングする時点で名前もないし、ライブもやってなかったから、社内でもすごく心配されてたみたいです(笑)。
──普通は最初からバンド名は決まってるものだけど(笑)。ようやく名前が付いたのは夏の終わりでしたっけ。
福原 僕らとしては常に候補は考えていたんです。でも、細野さんが「僕が付ける」と言ってくれたので、そこは待ちたいなと。BASEMENT BARで名前が未確定のまま初のライブをする日(2023年9月13日)の直前に決まりました。
──あの日、入り口の看板には、まだ前の名前で書いてありましたからね。ライブ中に「Chappoです」とMCで伝えたのが最初だった。
福原 決定するにあたっては、7月末に突然細野さんから「10個思いついた!」と連絡が来たんです。でも最初に渡されたリストには、10個どころじゃなく30個以上候補が書いてあって、しかも1つひとつに意味も書いてある。量が多いことはすごく幸せでした。たくさんの候補から選ぶのはプレッシャーを感じましたね。
細野 とはいえいくらなんでも多いよね(笑)。
福原 そこから2週間くらい時間をもらって候補を絞り、もう1回細野さんと会って話し合いをしたんですが、決まらず。でも最終的に僕らが最終候補から「Chappo」に決めて、細野さんに伝えました。「いいんじゃないか。バレンタインブルーもすぐにはっぴいえんどに改名したから。すぐに変更できるよ」と言われました(笑)。
──最初、「シャッポ」のつづりは「Chapeau」でしたよね。フランス語の「帽子」。
福原 「シャッポを脱ぐ(脱帽する)」という意味合いもあるし、「音楽で脱帽させる」というのはいいかなと思いました。
4年間の出来事が自然な形で結実
──それでいろんなことが動き出して、音も仕上がり、ライブも2回やり、ジャケットのデザインも岡田崇さんが担当し、ようやく発売が12月に決まり。最初に角張くんから「うちでリリースしましょう!」と言われてから1年とちょっと。長かったですか?
細野 長かったです。
──2019年の初演奏から数えたら4年。
福原 悠太くんには、改めて「バンドを始めてからデビューが決まるまでの3年間、音くんはどうするつもりだったんだろう?って思ってた」と言われました。「思ったときに言ってくれよ」って感じだけど(笑)。
細野 ひたすらスタジオで練習と作曲だけしてたけど、「どこで出そう」とかそんな話すらしてなかったから。
福原 でも、細野さんにもバンド名を付けてもらったし、角張さんとも縁あって知り合うことができて、カクバリズムから7inchを出せるし、岡田さんにデザインしてもらったし、この4年くらいの出来事が自然な形で結実した気はしてます。
──角張くんから「カクバリズムらしい」と言われて、本人たちが「それってどんなんだっけ?」と思ってたっていうのもいい話ですよね(笑)。
福原 当時は大晦日に観たceroしかカクバリズムのアーティストを知らなかったから、僕らは全然違うのに大丈夫かなと思ってましたね。「あんなことはできない」と(笑)。でも角張さんからは「インストバンドでいきたい」と言われて、インストは好きだし、それならできるかなと。作品が出るまではすごく迷惑もおかけしましたけど。
──まだChappoとしては過渡期みたいな感じ?
細野 ライブが過渡期、みたいな感じですかね。
福原 デモを作ることばかりやってきたんで、ライブはまだあまり慣れないです。「イェイ!」とか言えるようになりたい(笑)。
細野 お客を湧かせることね。
福原 でも2人でやってれば、やりたいことは変わってもChappoとして見てもらえる、みたいな自信はちょっと付いたかもしれないです。普段通りの感じの延長で音楽をやってることをどう見られるのか、というのが怖かったんですけど、それはもうどうでもよくなったというか。
──レコードを出すということだけでなく、いろんなことのデビューをまだしている最中なんですよね、Chappoは。
福原 いつまで怖いんだろう?
細野 ずっと怖そうだよね。
福原 音楽には多少自信は持てるようになったし、悠太くんのほうが持ってるとは思う。「ふきだし」も僕より悠太くんのほうが曲に自信があったんです。
細野 おじいちゃんがあの曲を「面白い」と言ってくれて「あ、これはChappoは大丈夫なんだ」と思ったのがあったからかな。
今後の抱負は?
──今どきはアウトプットの方法が多いから、地下で誰にも知られずに音楽を作り続けてるような人があんまりいないと思うんです。19年に細野さんと人前で演奏したとはいえ、その後も音楽を一緒にやり続けていたことを知ってる人はほとんどいなかったし。それでいうとSAKEROCKもceroも最初に、知り合い以外の人に見られていない時間が、けっこう長くあったんですよね。そういう意味では「カクバリズムらしい」気もするし、面白いと思います。そもそも2人はSAKEROCKを聴いたことなかったんですよね?
福原 はい。今年の春先までは。「カクバリズムらしさ」については、僕がTest&Tinyで働いているし、角張さんからカクバリズムができるまでとかここまでの経緯を聞いたりしてたので、「らしい」と言われるのは変な偶然でしょうけどうれしいし、背負いたいなという意識はあるかもしれません。またレーベルのアーティストの作品を聴いて、皆さんとても素晴らしいですし、同世代のÅlborgやTill Yawuhくんもカッコいいので刺激を受けてます。とはいえ、自分の音楽がどうなるかは、まだわからないです(笑)。
──悠太くんもまだ自分で気が付いてない引き出しがあるかもしれない。
細野 あるんですかね?
福原 今後の抱負とか言っといたら?
細野 抱負? ああ、そうだね。アルバムを作りましょう。
福原 初めてのことをここからいろいろ経験していきたいです。
──やること全部初めてだなんて、そんな楽しいことないよね。
福原 細野さんとの縁も含めて、いろんな縁があってこうやってデビューできたので、それをもっとつなげていきたいです。細野さんとも何かやれたらうれしいし。ここにいる理由とかも含めて、僕は無名だし、存在としておかしいじゃないですか。だから、僕に役割があるということを表現したいし、こうしてつながった縁から得た使命を果たさないといけないという気持ちでやってるところもあるかも……いや、ないかな(笑)。
──でも、その経緯や関係性をいちいち解き明かす必要も、本当は音楽そのものにとっては必要ないんですよ。理由がわかりすぎちゃうとあんまりドキドキしない。答え合わせなんていつかできるだろうし。悠太くんが最初に言ったように「ヤバいやつが来た」と言ってもらえる音楽を作っていけたらいいんじゃないかな。
福原 角張さんには「大物になりたければ、寡黙になれ」って言われました(笑)。
細野 それ、角張さんに一番言われたくないよね(笑)。
福原 「俺はしゃべりすぎちゃうから大物になれなかった」って。
一同 (笑)。
Chappo(シャッポ)
福原音(G, etc.)、細野悠太(B, etc.)からなる2人組バンド。2019年12月に結成。4年弱にわたる創作期間を経て、2023年9月13日に東京・BASEMENT BARにて初ライブを行う。同年12月に、1st 7inchシングル「ふきだし」をカクバリズムからリリースした。
松永良平(マツナガリョウヘイ)
1968年、熊本県生まれの音楽ライター。大学時代よりレコード店に勤務し、大学卒業後、友人たちと立ち上げた音楽雑誌「リズム&ペンシル」がきっかけで執筆活動を開始。現在もレコード店勤務の傍ら、雑誌 / Webを中心に執筆活動を行っている。著書に「20世紀グレーテスト・ヒッツ」(音楽出版社)、「僕の平成パンツ・ソックス・シューズ・ソングブック」(晶文社)がある。