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Zeebraが語るMCバトルの歴史

左からZeebra、KEN THE 390。
約1か月前2024年04月05日 10:05

現在のMCバトルの隆盛を語る上で、決して外せないファクターである「フリースタイルダンジョン」。字幕や解説などを通してMCバトルというアートフォームを一般視聴者にもわかりやすく提示した一方、現役のラッパーがしのぎを削るバトルをそのまま放送するストロングスタイルによって、シーンに大きな潮流を巻き起こした。その熱はバトルイベントの急増や、日本各地で生まれたサイファーなど、MCバトル人口、ラッパー人口の増加を促していった。

その企画を立ち上げたのがZeebra。日本語ラップシーンの立役者であると同時に、「B-BOY PARK」のMCバトルや、「BAZOOKA!!! 高校生RAP選手権」にも携わり、現在は「FSL(FREE STYLE LEAGUE)」のチェアマンとしてシーンに関わり続けている。

Zeebraはこれまでのバトルシーンについてどう考え、これからをどのように想像しているのか。KEN THE 390が聞いた。

取材・文 / 高木“JET”晋一郎 撮影 / 斎藤大嗣 ヘアメイク(KEN THE 390) / 佐藤和哉(amis)

“日本語で韻を踏む”という行為

──ZeebraさんとKENさんは、2009年開催の「B-BOY PARK」(BBP)で行われた「3 ON 3 PROFESSIONAL MC BATTLE」にともに参加され、チームとして戦われた経緯がありますね(※チーム「T.O.P. RANKAZ」がZeebra、UZI、Chino Braidz。チーム「B BOY STANCE」がKEN THE 390、MASARU、DARTHREIDER)

KEN THE 390 でも直接対戦はできなかったんですよ。

Zeebra 俺が出る前にKENがUZIに負けちゃったからね。で、俺はダースに負けたんだよ。俺の初めてのバトルに土をつけたのはダース。もうあの日はテキーラ飲みまくったね。悔しくて(笑)。そう考えるとKENとはバトルの縁が深いね。

──Zeebraさんが最初にフリースタイルを意識されたきっかけはなんだったんですか?

Zeebra たぶん、DJ Jazzy Jeff & the Fresh Princeのアルバム「He's the DJ, I'm the Rapper」に収録されてる「Live at Union Square, November 1986 (Live)」かな。Jazzy JeffのDJに乗せてFresh Princeがハイプアップ、いわゆる盛り上げ役をするんだけど、フリースタイル的な感覚があったし、できあがってるヴァースじゃないカッコよさをそこに感じたんだよね。もっと厳密にバトルを意識したのは「Wild Style」のBusy BeeとRodney Ceeのシーンになるかな。

KEN やはりUSのヒップホップを通じて知っていったんですね。

Zeebra そうやっていろんな情報をかき集める中で、「どうもフリースタイルという文化があるらしい」と理解していったかな。向こうのラジオの存在も大きかった。ゲストのラッパーがフリースタイルをするのがどの番組でも定番だったし、それができないとラッパーはダメなんだなって。

KEN そういう場合、持ちネタもありですよね。

Zeebra そうそう。自分の持ち曲をラップしたり、それ用にヴァースを作ってくるのもアリだし、完全にフリースタイル、トップオブザヘッドのやつもいて。Tony Touchのミックステープ「#50 - Power Cypha (Featuring 50 MCs)」がモロそういう構成だよね。90年代だとSupernaturalかな。ただ、フリースタイルが話題にはなってたんだけど、音源がほとんどなかったから、あんまりよくわかんないままだったけど(笑)。BETで放送されてた「106 & Park」のMCバトルで(中国系アメリカ人の)MC Jinが勝ち上がって、ラフ・ライダーズ入りしたときは、フリースタイルに夢があるなと感じたけど、あれはもう2000年代に入ってたよね。

──2002年ぐらいですね。

KEN 日本ではもうBBPが始まってましたね。

Zeebra だから、あれを見て「向こうはバトルからデビューする道をちゃんと作ってるんだ、うらやましい」と思った記憶がある。

──フリースタイルはさまざまなところに偏在していたということですね。

Zeebra そうだね。俺はラップを始めたぐらいの頃から「フリースタイルができるようになりたい」と思ってた。だけど「瞬時にラップして韻を踏むなんて、日本語では無理なのかな……」という不安も同時にあった。だから「フリースタイル信じてたら韻辞典は禁じ手」なわけ。

──キングギドラ「見まわそう」のZeebraさんの一節ですね。

Zeebra あの曲をリリースした1995年の時点では“信じてたら”という歌詞なんだよね。フリースタイルができると“信じてる”だけで、“できて”はいない。できるようになる時代がきっと来るっていう願望を込めるしかなかった。

KEN ライミング自体もまだ試行錯誤の段階ですよね。

Zeebra そうだね。英語圏では韻は日常だし、誰でもちょっとは韻が踏める。でも“日本語で韻を踏む”“韻を意識する”という行為は、日本ではほぼ日本語ラップから始まってると思うんだ。

──押韻は日本語表現ではスタンダードではありませんね。

Zeebra だから、韻を踏むこと自体にハードルがあるし“即興でフリースタイルをする、バトルをする”以前に、そもそも韻を踏んで即興ができるかできないか、それができると信じるのか、信じないかの話だったんだよね。でも「できるべきだ、それこそリアルラッパーだ」って信じて、ひたすら練習してた。特にURBARIAN GYM(UBG)とFUNKY GRAMMAR UNIT(FG)は、なんとかできるようにがんばってて。例えば、曲の前口上で、RHYMESTERだったら「S.H.I.R.O. オンザマイクロフォン! 今日の調子はどう!」みたいに韻を合わせるようなことをやってたし、フリースタイルでの韻の文字数や、踏める回数をどんどん伸ばすトライをしてる段階だった。

UZIは“カリブの海賊”と恐れられてた(笑)

KEN UBGは川の字で練習してたという話が有名ですよね。

Zeebra 俺の家にUZIとRHYMEHEADが泊まりにきて、3人で並んで寝っ転がって、延々ラップするんだよね。トラックは「フリースタイル地獄」。

KEN あ! 「フリースタイル地獄」はKREVAさんの回でも出てきましたよ。

Zeebra INOVADERがいろんな曲のインストをひたすらミックスした90分テープがあって、それでずっとフリースタイルの練習してたんだよね。そのテープの名前が「フリースタイル地獄」(笑)。

KEN KREVAさんが「フリースタイル地獄」を聴いたのはUZIさんの車の中だったとおっしゃってましたね。

Zeebra UZIは当時、トヨタのカリブに乗ってたんだけど、ラッパーを見つけると車に乗っけてフリースタイルさせるということで、“カリブの海賊”と恐れられてた(笑)。

KEN ははは! UZIさんのフリースタイル伝説としては、僕が学生のときに、慶応大でラップやってる友達がいて、学校でそいつらが3人ぐらいでラップしてたら、いきなりUZIさんが通りかかって「俺がUZI! 通すのは話の筋! がんばれよ!」とラップしてさっそうと去っていったという(笑)。

Zeebra UZIは慶応に通ってたけど、マジで留年しすぎて、KENと同じぐらいの時期まで通ってたからな(笑)。

UBGとFG、会えばとにかくフリースタイル!

Zeebra UBGとFGの話に戻ると、宇多丸が「今MELLOW YELLOWのKINちゃんのフリースタイルがヤバい」と話してて、「うちもT.A.K. the RHYMEHEADがすげーんだよ」なんて話をしてたんだよね。

──RHYMEHEADさんのフリースタイルがすごかったという話はよく伺うんですが、実際はどういう形だったんですか?

Zeebra 韻の組み合わせをとにかくたくさん溜め込んでて、それをつなげたり、ゆるくハメたりするスタイルだったんだよね。だから、めちゃくちゃしっかりしたライミングだったし、「うめえ!」「悔しい~!」みたいな。本当にぶっ飛ばされたし、俺とUZIは一気に差をつけられた感じだった。それで、俺とUZIはもっと完全即興を目指そうとしてたね。

KEN 切磋琢磨があったんですね。

Zeebra そうだね。UBGとFGは会えばとにかくフリースタイル。そこでゾーンに入ったりして、ラップが止まらなくなると「ああ、日本語でフリースタイルってできてるね、俺たち」とめちゃくちゃうれしかった。

──当時、参考にしていたフリースタイルはありますか?

Zeebra 1993、94年の時期は、Hieroglyphicsがフリースタイルでも注目されてて、彼らのような、日本語で言えば4文字ぐらいの韻をしっかり踏んでいくスタイルは、日本語だと熟語ぐらいの長さになるし、韻が踏みやすくなるなと参考にした。あとJeru The Damajaがやってたような、ケツで踏まないでちょっとズラして踏んだり、フロウで無理やり踏んでいくみたいな方法は、比較的初心者としても真似しやすかった。

「B-BOY PARK」の舞台裏

──話はBBPに移りますが、主催者のCRAZY-Aさんが別のインタビューで、MCバトルはZeebraさんに相談して始まったとおっしゃられていたのですが、その部分についてお聞かせください。

Zeebra 当時BBP全体の相談をAKIRAくん(CRAZY-A)から受けるポジションだったんだよね。AKIRAくんは日本のヒップホップ界のキングというか、ボスだったし、俺としては「この人のポジションを継ぐことが、俺がやるべきことなんだ」という、ロールモデルとしても慕ってたんだ。それで、1997年に開催されたROCK STEADY CREW(※1977年にニューヨークで結成されたダンスチーム。CRAZY-Aは日本支部であるROCK STEADY CREW JAPANのリーダーを務めた)の20周年イベントに同行させてもらったときに、「こういうイベントを日本でもやりたいんだよ」とAKIRAくんに言われて。実際B-BOYに向けた「Tokyo B-BOY'S ANNIVERSARY」はすでに開催されてたんだけど、もっと総合的な“ヒップホップの祭典”にしたいと相談された。その話の中で「『ニューミュージックセミナー』のような、ライブショーケースはもちろん、コンベンション、ディスカッション、DJバトルからMCバトルまであるような、ああいうイベントを開けたら最高ですね」と。

──DJバトルはすでに世界大会として「DMC」があり、日本人も好成績を収めているという前例がありましたが、MCバトルはほぼ未開拓の状況でしたね。

Zeebra その話をする直前に「『FG NIGHT』のMCバトルでのクレちゃん(KREVA)がハンパじゃないんだ」という話をMummy-Dから聞いてたんだよね。それで「フリースタイルはUBG周りとFG周りはできているし、バトルも行われてるみたいだから、どれぐらいMCが集まるかはわからないけど、とりあえず形にはなると思います」というのがスタートだった。だから、俺がMCバトルの立ち上げに関わったというより、BBP全体の構成も含めて、俺たちの世代が何を面白いと感じているかを、上の世代にプレゼンする中で出てきたアイデアだったんだ。

──CRAZY-Aさん世代から考えると、当時のZeebraさん世代は若手枠であり、現場枠だったということですね。

Zeebra そういうこと。

KEN 1回目のMCバトルの感想はどうでしたか?

Zeebra 審査員制しか手段はなかったんだけど、審査は難しいだろうな、とは最初から思ってた。まず、今と全然違うのが頭数だよね。当時はラッパーの数も、有名になるチャンスの数も少なくて、録音からリリースまで、すべての門戸が狭かった。その状況があるから「こいつのほうが先に活動してたから有名にしてあげたいな……」みたいな、悪い意味での情とか、年功序列みたいなことが影響しがちだったし、そういう意味での審査の難しさは感じてた。それに、そもそも審査員にMCバトルの経験者がいなかったわけで。

KEN それは大きいですよね。

Zeebra アメリカなら誰でも韻が踏めるという文化的な下地があるから、韻の上手い下手をある程度はみんな評価することもできる。でも、日本にはそもそもその文化がないから、ライミングの評価がまず難しい。シーンが未熟ゆえにいろんな要素によって審査の軸が固まってなかったと思うし、ラッパーにも観客にも納得がいかないことも多かったかもしれない。でも、あのときはそれが限界だったよね。

KEN 最初の難しさですよね。ダンスにしてもスケボーにしても、経験者がジャッジに立つじゃないですか。だけどMCバトル自体が生まれたてだから、蓄積がない分、経験者がジャッジできない。

Zeebra そうそう。

KEN それに当時はラッパーがラッパーを審査することへの抵抗が大きかったと思うんですよね。みんな現役だし、そこで審査員の評価が果たしてフェアになるのかは、判断できなかった。

Zeebra 本当にそう。だからUMB(「ULTIMATE MC BATTLE」)はお客さんに審査を委ねたんだろうし、「BAZOOKA!!! 高校生RAP選手権」(「高ラ」)が生まれるまで、その方式がメインになったと思うんだよね。

プレイヤー出身者がジャッジ側に

──「高ラ」にはZeebraさんをはじめ、DABOさん、鎮座DOPENESSさんなどが審査員として参加されました。

Zeebra 「高ラ」が始まったとき、DARTHREIDERと「審査員制にしたい」と話したんだよね。というのは、観客判定で客に身内が多いやつが勝つ状況も見たことがあったし、「高ラ」で新しい流れを作ることを目指すうえで、その状況になってはダメだなと。

KEN それは大きいですよね。BBPで審査員制が破綻した理由の1つには、「ジャッジよりも客のほうがMCバトルを見てる=俺たち(客)のほうがわかってる」という、客側からの不満も大きかった。それでUMBが「お金を払った客がジャッジして、今日のチャンプを決める」というシステムを採用して、プレイヤーも観客も納得できるベターな着地点になった。でも、それがスタンダードになると、いつしか人気投票のような空気が生まれたり、バイアスがかかるようになって。

Zeebra だから「高ラ」での漢 a.k.a GAMIやHIDADDY、R-指定だったり、「フリースタイルダンジョン」でのKENのような、プレイヤー出身者がジャッジ側に立てるようになったのは、本当に大きかった。KENに散々審査をお願いしてる側として言いますが(笑)、どちらに旗を挙げたかを、ちゃんとロジックとして説明できるか否かこそが“審査”。そして、その解説があるかないかで、リスナーの解読能力も一気にアップするんだよね。

──「なんとなくカッコいいから」だと、ジャッジされる側もオーディエンス側も納得がいかないし、審査側も納得させる理屈をちゃんと言語化できる能力が必要ですね。

Zeebra ぶっちゃけ俺も「高ラ」のときは、ほぼMCバトル未経験審査員だったんだよ(笑)。ただ「高ラ」は出場する全員が新人だからこそバイアスはゼロだったし、俺の今までのキャリアをもとに審査することができた。でも、それが経験者同士が戦う「ダンジョン」だと、プレイヤー出身者の審査が絶対必要だと思ったし、KENやERONE、最初は晋平太の存在が審査には必要だったんだよね。

──「ダンジョン」は基本的にバトル経験者3人が審査員席に座り、過半数を占める形でした。

Zeebra 「プレイヤーはこう考えるんです」みたいな経験則は、プレイヤーじゃないと絶対わからないことだし、それほど説得力があることはないよ。客の反応と審査員のジャッジが逆なパターンもあったけど、それこそが必要だったというか。一見さんが多い文化だから、「なんとなく」や「この人知ってる」で盛り上がるというのは、1つのバロメーターである反面、ロジカルな審査ではない。だから“オーディエンス&審査員”の形が一番バランスがいいのかな、と思ってるね。

<後編に続く>

Zeebra(ジブラ)

東京都出身のヒップホップ・アクティビスト。キングギドラのフロントマンとして1995年にデビューする。日本語ラップの礎を築いたグループとして高い評価を得つつも、翌年にグループは活動を休止。1997年にシングル「真っ昼間」をリリースし、ソロアーティストとしてメジャーデビューを果たす。日本のヒップホップシーンの顔役として活躍し、2014年に自身のレーベル「GRAND MASTER」を設立。同年夏には自身がプロデュースするヒップホップフェス「SUMMER BOMB」をスタートさせた。2015年にはZeebraがオーガナイズとメインMCを務めるMCバトル番組「フリースタイダンジョン」がテレビ朝日で放送開始。2017年、ヒップホップ専門ラジオ局「WREP」をインターネットラジオとして開局した。東京都渋谷区の「渋谷区観光大使ナイトアンバサダー」を務めるなど、その活動は多岐にわたる。

Zeebra -Information Headquarters-

KEN THE 390(ケンザサンキューマル)

ラッパー、音楽レーベル・DREAM BOY主宰。フリースタイルバトルで実績を重ねたのち、2006年、アルバム「プロローグ」にてデビュー。全国でのライブツアーから、タイ、ベトナム、ペルーなど、海外でのライブも精力的に行う。MCバトル番組「フリースタイルダンジョン」に審査員として出演。その的確な審査コメントが話題を呼んだ。近年は、テレビ番組やCMなどのへ出演、さまざまなアーティストへの楽曲提供、舞台の音楽監督、映像作品でのラップ監修、ボーイズグループのプロデュースなど、活動の幅を広げている。

KEN THE 390 Official

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