音楽事務所WACKの代表を務めていた渡辺淳之介が退任したのは2024年7月。その際、音楽ナタリーにて「渡辺淳之介、WACKやめるってよ」と題したコラムにて本人の独白を掲載し、大きな反響があった。渡辺は代表の座を退き、イギリス・ロンドンに移住。現在はロンドン大学ゴールドスミスカレッジで起業家精神を学ぶ大学院生として生活しつつ、WACKのオーナーとしての立場で所属グループと関わっている。
そんな彼からある日、突然連絡が入った。その内容はWACKの今後についての話で、未確定の部分も多いという。後日、「今、考えていることを文章にまとめたので、音楽ナタリーに掲載できないか」という相談があった。
そのメッセージのタイトルは、「渡辺淳之介の敗北宣言」。
音楽ナタリーでは、メッセージの本質に迫るべく、全3回にわたるコラムを掲載。第1話では「渡辺淳之介の敗北宣言」全文を掲載する。このメッセージは本人がWACK“第1章”を振り返り、その限界と敗北を率直につづった内容。成功体験と挑戦の裏側で見えてきた現実と、次への課題が示されている。
続編ではロンドン・東京間で行われたリモート取材から、渡辺の独白を掲載する。
題字 / 渡辺淳之介 取材・構成 / 田中和宏
「渡辺淳之介の敗北宣言」全文
WACKを立ち上げてから十年超がたった。
俺はずっとみんなに「諦めることを諦めろ」と言い続けてきた。
だけどその言葉を撤回することにした。諦めるなと言ってきた俺が、諦める。
おい! お前が諦めんのかよ!!
うん、聞こえてるよ。
でも俺は一旦このWACKが戦ってきた戦場を諦める。
俺は、今のWACKのままでは世界へ連れていけなかった。
これは俺の現時点での敗北宣言だ。
薄暗い地下でがむしゃらに頑張るアイドルに魔法をかける力が、今の俺にはもう残っていなかった。
ここで一度、素直に“お手上げ”させてもらう。
ただし“現時点”だけだ。
WACKメンバーたちの実力を疑ったわけでも、
彼女たちに何か失望したわけでもない。
むしろ逆だ。
彼女たちは最後まで、自分の人生と身体、なにより大切な青春時代を犠牲にしてWACKを支えてくれた。
全員が、胸を張れる表現者だ。
だが、俺のMPは限界だった。もう1Pも残ってない。
同じ場所で同じ方法論で続けることはもはや俺の美学ではなくなっていた。
ロンドンに来たことで、いかに自分が自己中心で、鎖国的な考え方をしていたかを思い知った。
第1期BiSからここまでのWACK第1章は俺の原動力ではあっても、
俺の終着点ではなかった。
俺はずっとWACKを“泥舟”と言ってきた。
乗れば沈むし、安心もない。こんなにも不安定であぶなっかしい乗り物はなかった。
それでもなぜか、乗ってくれる人がいた。
メンバーも、スタッフも、もちろんファンも。
その泥舟は来年、一度港に戻る。
そしてまた新しい海へ漕ぎ出す準備をする。
次の航路は、日本ではない。
俺はもう一度、“価値をズラして、世界で錬金する”仕事に戻る。
これが俺の生きる意味であり、WACKを続けてきた理由でもある。
「WACKが変わった」と言われたが当たり前だ。同じことを繰り返すことほどつまらない未来はない。BiSHがBiSを再構築したように変化こそが俺の主食だ。合宿で自分を変えられなければ受からないと、
画面越しにお前たちも言ってきたじゃないか。
とはいえ、振り返れば、WACK第1章は奇跡のような時間だった。
泣きながら歌い、叫びながら踊り、
失敗して、壊して、解散して、再生して、
それでもまた誰かがついてきてくれた。
この第1章は、来年で一度閉じる。
でもWACKは終わらない。
俺自身も終わらない……と思いたい。
これは“終わり”ではなく、
次の泥舟でまた海に出るための助走だ。
泥舟のまま、次の海へ行く。
もしよかったら、またどこかで会おう。乗りたかったら手をあげてくれ。めちゃくちゃ歓迎する。
その時は、君の価値観をまたぐっちゃぐちゃにしてあげよう。きっと楽しいはずだ。
渡辺淳之介


