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LEX&LANAの母・カズミさんが語る我が子の音楽活動

左からLANA、LEX、カズミさん、LiLi。
約1か月前2026年05月10日 3:07

ヒップホップフェス「POP YOURS」が3日間で約4万5000人を動員するなど、日本のヒップホップは過去最高の盛り上がりを見せている。しかし、そこに出演するラッパーの母たちは、まさか我が子がラップを始めて、こんなステージに立つとは思っていなかっただろう。ラッパーの母たちは、どんな気持ちで我が子の成長を見守ってきたのだろうか。

この連載では、自身も母である音楽ライターの渡辺志保が、ラッパーの母たちにインタビュー。記念すべき第1回はLEXとLANAを育て上げた母・カズミさんを迎えた。LEXは2024年、LANAは2026年に「POP YOURS」のヘッドライナーを務めたシーンのトップランナーだが、インタビュー前編では2人がアーティストになる前の幼少期のエピソードが明らかに。また初めて我が子のタトゥーを見たときの母の心境なども聞いた。

取材・文 / 渡辺志保

母・カズミさんの生い立ち

──最初に、お母さんであるカズミさんのお話を伺いたいと思います。お生まれは?

湘南です。LEXやLANAが育った場所と同じ町で、弟と妹と一緒に育ちました。

──カズミさんご自身も、音楽にはご興味が?

そうね、やっぱり音楽は幼少期から好きだったけど、おしゃれな音楽ではなくて、小学校で歌う童謡や合唱曲の内容に感動しているような子でした。私の両親は耳が聞こえないんですよ。そんな両親だからこそ「子供にはたくさん音を与えてあげなくちゃ」っていう考えがあったんだと思います。それで、カセットとレコードを聴ける真鍮でできた立派なオーディオセットを買ってくれて。音にはたくさん触れていましたね。

──いわゆる、CODA(Children of Deaf Adults)でいらっしゃるんですね。ご両親とのコミュニケーションは手話で?

基本的には手話言語ですね。手話を教わるというよりは、日常の中で両親が手話で会話していて、その仲間に入りたいから、見よう見まねでネイティブといわれる手話言語を自然に覚えていく感じでした。ちなみに、私の弟と妹も聴者です。

──例えば、学生時代などに音楽活動をした思い出はありますか?

子供の頃にエレクトーンを習っていましたね。あとは友達とコピーバンドを組んでいたことがあって、ギターは弦が多すぎるので、弦の本数が4本で済むベースを担当していました。GO-BANG'Sという女性3人組バンドの曲をコピーしていたんですけど、一過性の活動で、1回ライブをやったら満足しちゃって自然消滅(笑)。文化祭のノリでしたね。その後も、自分で歌を歌いたくて、歌詞を書いて、ギターを弾ける友人に「一緒に曲を作ってみよう」と持ちかけたりはしていましたけど、当時は歌手として世に出るための術が、本当に少なくて。デビューするためにオーディションを受けまくったり、道端で歌ったり、そういうことにチャレンジする勇気がなかったので、夢のままでした。

長女・LiLi、2歳でクラブデビュー

──そんな中、長女であるLiLiさんを妊娠された?

そうですね。妊娠もあってその夢は消え去って。LiLiが2歳くらいのときに、辻堂にあるちょっとローカルなクラブに連れて行ったんですよ。

──昼間のイベントですか?

いや、夜です。サーファーズナイトみたいなイベントだったんですけど、生音の中にLiLiをぶっ込んで……。

──なかなかの猛者ですね(笑)。

フロアにポンと入れたら、1人で無表情のままステップを踏んでいたんです。そのときに「あ、この子はリズム感がいいかもしれない」と思って、そこから「ダンスをやったらいいんじゃない?」という流れになったんです。湘南に老舗のダンススタジオがあったんですけど、当時は大人気で1年くらい待機して。それだけ待たせた分、LiLi本人も「やりたい!」と乗り気になってくれましたね。

LEXとLANAも姉のついでにダンススクールへ

──その後、LEXさん、LANAさんがそれぞれ2歳差で生まれてくるわけじゃないですか。3人のママになるということは、ご自身で想像していらっしゃいましたか?

まったくしてなかったですね。漠然と「きょうだいは多いほうがいいな」とは頭にありましたけど。

──LEXさん、LANAさんも小さい頃からダンスレッスンを?

そうですね。LiLiのレッスン中に、保護者のミーティングみたいな集まりがあったんですよ。小さいLEXとLANAを連れて行くんですけど、ミーティング中もうるさいし、遊んじゃうし、だったら「一緒に入れちゃえばいいか」って。3歳から入れるクラスだったので、そうやって2人とも流れでそこのスクールに入れちゃいました。

──3人とも、ダンスとの向き合い方にはそれぞれ違いはありましたか?

バラバラでしたね。LEXに関しては「言われたから行きます」「踊りなさいって言われたから踊ります」みたいな感じでした。LANAは脱走ばっかり。特に最初はすぐに脱走して「レッスンやらない」とか「後ろで見てる」とか言って。でも、途中から、みんなが上手になってきたり、かわいい衣装を着て発表会に出たりすると、LANAもだんだんノリノリになってきて前向きにレッスンをしてくれるようになりました。そのおかげで、小学2年生までダンスを続けられました。

「子供を歌手にしたい」とは思っていなかった

──当時、ダンス以外でお子さんたちが歌や音楽に興味を示すことはありましたか?

ありましたね。家の中でも音楽がよく流れていましたし、ディズニー・チャンネルを観ながらラップ調の主題歌をみんなで歌ったり、替え歌を作ったり。構成から考えて、3人だけで動画を撮っていたこともありました。「あなたは何役」「ここであなたが出てきて」とか、そういうことを勝手に3人でやっていましたね。

──LANAさんやLEXさんに取材でお話を伺うと、「常に家では音楽が流れていた」とか「歌い回しやこぶしの使い方を、お風呂の中でママから教わった」というエピソードが出てくるんです。「うちら家族といえば、やっぱり美空ひばりの『愛燦燦』だよね」とか。そのたびに、「こんな家族、なかなかいないぞ」と思うんです。

演歌とか、それこそ「愛燦燦」みたいな曲の内容を説明したり、「この曲ってこういう感じだと思うんだよね。素敵じゃない?」っていう話を私からしたりしてましたね。そこでみんなも「本当だ、素敵だね」って歌い出すこともあって、私は「そこの歌い方さ、もうちょっとこうしたらよくない?」みたいにアドバイスして(笑)。「将来、子供を歌手にしたい」と思って教え込んでいたというよりは、一緒に歌っていただけなんですよね。だから、まさか子供たちがこんな職業に就くとは、当時はまったく想像してなかったです。

LANAが中学で不良に……

──そうした家族の絆を象徴するようなお話を伺う一方、LANAさんのリリックの中でも明かされていますが、かつては「不良少女」だったとか、「バイク乗り」だったという描写もあって。実際にそうしたヤンチャな側面はどのように見ていたのでしょうか。当時のご家庭の雰囲気はどうだったんだろう?と思って。

みんなが小学生のときは、表面的には荒れた感じもなく和気あいあいと楽しくやっていました。でも、例えば「あれが欲しい」「ここに行きたい」「〇〇ちゃんが持っている、あれいいな」とか、おのおのが言葉にせずとも、心の中にいろんな気持ちを秘めていたと思うんです。たぶん、そういうものが思春期で爆発してしまって。LANAに関しては、劣等感をカバーして、自分を大きく見せるための手段が非行だったのかなと思います。それで自分のアイデンティティを確立させようとしていたのかなと。

──母親の立場から「あれ、もしかして学校に行っていないのかな?」「バイクに乗り始めたのかな?」と、どのタイミングで気が付いたのでしょうか。

まず、学校に行かないとか遅刻したとかいうことに関しては、毎回仕事から帰ったら誰かしらから報告が入るんです。それで「学校行ってないんだ」とわかってはいたんですけど、私も仕事に行かなくちゃいけなかったので、「行きなさいね」って言うだけだったんですよね。「なんで学校に行かないのか、どうしたらいいか」ということまでは頭が回らなかったから、ただLiLiとLEXに「頼むね」と。そんな中で、LANAが「先輩からバイク譲ってもらったから」って。

──当時は中学生?

中学生。自宅アパートの前にそのバイクが停めてあるんですよ。「そもそも免許もないし、ナンバーも付いていないこのバイクは果たしてまともなものなのか?」って……。でも、LANAの仲間たちを毛嫌いして追い払うのではなく、とりあえず家に入れちゃって。みんなに私のごはんを食べてもらって、「ママのごはんおいしいね」って和気あいあいした雰囲気になったところで、みんなにチクチクと「お前らさあ……」って話を始めるようにしたんです。そんなふうに、不良をやめさせる努力はしました。

──そうだったんですね。

でも、とにかく当時のLANAはすごい勢いで止まらなかったんですよ。だから「もしこのバイクでお年寄りやお子さんをはねてしまって被害を負わせてしまった場合、我が家には財産が何もないし、売る家もない。だからママが臓器でも売って、その人たちに償わなきゃいけないんだ。私が死ぬしかないんだからね」と言ったんです。重たいけど、「ママが死ぬ羽目になってしまう」と。そうやって伝えるしかなかったんですよね。

LEXは一緒に泣いてくれる子だった

──思春期の大変さも、きょうだいでそれぞれ違いましたか?

ですね。 LANAは目立って悪い子だったから、心配もあるけど、わかりやすさもあった。LEXはちょっと違って、母親に隠しているところもあるし、命に関わる遊びもありそうだなと。そういう意味では、LEXが一番心配ではありました。やっぱり男の子だし、思春期はとにかくしゃべらないし、「必要なこと以上は聞いてくるな」っていう空気。一緒にごはんを食べてるときも沈黙ですよ。でも、気になってることとは全然関係ないことでも、ふと発してくれる言葉をきっかけにグッと……なんていうんだろう。

──入り込んでいくというか。

「来た!」みたいな。でも、すぐ本題に入るんじゃなくて、「それ、すごいね」って答えつつ、少しずつ話題を広げていくんです。LEXに対してはワーッと言うことができなくて、本当に、そっと見守るぐらいしかできなかったですね。

──LEXさんのリリックは繊細な部分もたくさんあって、そういうところに同年代のリスナーが惹き付けられているんだろうと思うんですけど、小さい頃から感受性が豊かだなと感じるエピソードなどありますか?

なんだろうね。いっぱいあるけど、例えば、私が帰宅してから「今日、職場の人に意地悪されちゃった」みたいな話をするんですね。そんなときに私、すぐに泣いてしまうんですけど、LEXは一緒に泣いて「ママ、つらかったね」って声をかけてくれるんです。あと覚えているのは、LEXが中学生くらいのとき。朝、どうしても起きられない日があったんです。そのときに、私がすごくいけない言葉を発しちゃって。「起きろよ、ポンコツが」みたいな(笑)。そしたら飛び起きたLEXが私を突き飛ばしたんですけど、私が思いのほか飛んで大転びしちゃって。彼は黙って学校に行ったものの、そのあとLINEが入って。「ママ、朝は本当にごめんなさい。僕は眠くて起きれなかったけど、こんな気持ちで学校に行きたくないから、明日からはちゃんと起きるね」って。

──健気ですね……。

だから、私が重たく彼にのしかかっているのかなって思うときもあります。「ママを困らせちゃいけない、泣かせちゃいけない」って。彼にはだいぶ、背負わせてしまっているのかなと。

中1のLEXが突然「ラップがやりたい」

──そんな中、LEXさんが自分で音楽活動を始めたことは、どうやって知ったのでしょうか?

彼から報告があったんです。バスケ部だったんですけど、「僕はラップがやりたいんだ」って。「バスケはもうやめて、音楽がやりたい」と。

──そのとき、LEXさんはおいくつで?

中学1年生の最後くらいだったと思います。母親としては「え?」ってなりますよね。とりあえず「あ、そうなんだ」って返しつつ、「バスケをやめるのはもうちょっと考えない? 部活やりながらでも音楽できない?」って促しはしたんですけど、彼の決意がとても固かった。それでバスケをやめて、音楽にフェードインしていった感じですね。

──実際に、自作の曲を聴かせてもらうこともありました?

はい。「なかなか繊細な音楽なんだね。いいね~」って。本当はバスケもやってほしいから、あんまり言いたくはなかったけど(笑)、私の「いいね」で、LEXは「応援してくれてる」って思っていたのかもしれない。

──それってめちゃくちゃ大事かもしれないですね。「自分がやりたいことを、ママが応援してくれるんだ」という安心感が。

音楽活動に対しては大賛成というわけじゃなかったし、当時の私は「ラップは歌じゃない」と思っていたので、彼の曲を聴いたときに「歌じゃないんだ……」と落胆する気持ちもあったんです。でも、すごく一生懸命だったから、否定はできなかったですね。だから表面的には応援して。

──楽曲制作にめちゃめちゃ打ち込んでる、みたいな姿勢は伝わってきてましたか?

そうですね。もう部屋からも出てこなくなっちゃうし。最初のきっかけはサイファーだったんですよ。隣町でやってたサイファーに中学生だったLEXが遊びに行って、そこで覚えてきた。それで、今度は自分の地元で主催してみたい、と。それに向けてがんばっている姿も見ていたから、スピーカーを買ってあげたんだよね。

──そうだったんですか!

当時、めっちゃお金がなかったんだけど、JBLのBluetoothスピーカーを買って。「そんなに一生懸命なら、音を流しなよ」って。結局、私も本当に応援しちゃってるんですよね(笑)。そこから、彼はビートを先輩に提供して、それによっていくらかお金をもらうようになったんです。私はお小遣いをあげることができなかったから、「そうやって生きる術を見つけたんだな」って。やってることはあんまり賛成していなかったけど、そういう考え方ができるようになったことに対しては「すごいな」と思っていました。

──ちなみに当時、LiLiさんはひたすらダンスの道を?

黙々とダンスしてましたね。彼女は週7日、毎日放課後から10時くらいまでみっちりレッスンが入っていたので。遊ばず、脇目も振らず、ひたすらスタジオに通っていました。

息子の部屋から謎の音が……

──やがて、LANAさんもお兄さんの背中を見て音楽をスタートしたんですか?

LEXの部屋には、なんとなくレコーディングできる環境ができていたので、そこにお兄ちゃんのちょっとやんちゃな友達が遊びに来て、LANAもその中で一緒に遊ぶようになったんです。お兄ちゃんに「やってみれば」と言われたのがきっかけで、自分も始めたんだと思います。

──そうだったんですね。私、息子を育てながら思うことがあって、それが「この子が未成年のうちにタトゥーを入れたら、どういう反応をすればいいんだろう」ということなんです。LEXさんが初めてタトゥーを入れたとき、どうだったか覚えていますか?

はい。自宅に、自称彫り師の子が来て。LEXの部屋から何か“ジージー”って音がしてたけど、最初はなんの音か全然わからなかったんですよ。それから数時間くらい経って、部屋から出てきたLEXが「ママ、見て」って。そしたらお腹にアナーキーのマークが入っていたんです。「えっ?」って思ったけど、もう入っちゃってるし、「そこならまだ隠せるし、いいか」って。私もちょっと歪んでますよね(笑)。当時、16歳くらいで、たぶん本人は痛くて泣いてたと思いますけど、それからどんどん増えちゃいました。

ライブ用のCD-Rは母が焼いていた

──私が初めてLEXさんに会ったのが、彼が17歳くらいのときだったんですけど、その頃にはすでに同世代のリスナーの人気を獲得していて、「17歳でラップもして自分でプロデュースもするヤバいやつなんです」と紹介してもらったんですよね。カズミさんから見て、息子さんがだんだんとアーティスト・LEXになってきたな、と感じる瞬間はありましたか?

最初の頃は、LEXが自分でお金を払ってライブをやっていたんですよね。確か横浜とかで、バックDJにもお金を払ってお願いして。その報告も都度受けていました。しかも、そのときはライブ用の音源をCDに焼いていっていたんですけど、それを私が手伝っていたんです。「今日は何歌うの?」って聞いて、彼がセトリを考えて、それを言われるがまま全部CD-Rに焼いて。

──そんなふうに成り立っていたとは。

で、「行ってらっしゃい」と。でも私が、CD-Rに「今日はよろしくお願いします」って書いちゃったの。かけてくださる方に対して。そしたら「恥ずかしいから、そういうのはやめてくれ」ってLEXに言われて……「そっか」って(笑)。そんなこともありつつ、けっこうなCDを私が焼いて持たせていたんですけど、いつしか「もう自分でお金を払わなくても出れるようになった」って報告してくれて、今度は「お金をもらえるようになった」とギャラのことを教えてくれるようになったんです。「すごいね!」と驚きつつ、そのあたりで「LEXが求められているのかな」って感じ始めました。そのうち「CDはもう大丈夫だから」って、iPadでライブをやるようになって。

──確かに、初期のLEXさんは全部iPadでやっていたイメージです。

めっちゃしょぼいiPadでね。3枚目のアルバム(2020年8月リリース「LiFE」)くらいまでは、その安いiPadで音源も全部作ってたんですよ。

──それがだんだんとパワーアップしていったんですね。

ギャラも最初は数千円だったのが、数万円になり、「今度は沖縄からオファーが来た」というふうになって。そこで「彼はアーティストになったんだな」とわかりました。

息子のライブを初めて観た日

──最初にLEXさんのライブを観たときのこと、覚えていますか?

確か、恵比寿のBATICAだったかな? それか渋谷のMalcolmで。

──小箱ですね。

ずっと「来ないで」って言われていたから、動画を観るだけで我慢していたんです。でも、しばらくして「もう来ていいよ」と言われたから、観に行きました。

──どうでした?

カッコよかったですよ。もう、すごかった。オーディエンスも目一杯入っていて、本当に。

──そのとき、どんなお気持ちでしたか? 自分の息子の言葉や音楽に大勢の人が感銘を受けている場面なんて、自分には全然想像ができなくて。

どうなんだろう。当時のLEXの楽曲って、世の中に中指立てた内容だったり、お薬の名前を連発していたり、耳を塞がなきゃいけないような内容ばっかりだったじゃないですか。だから、そこにはあまり感動したことはないんですけど、音遊びが上手だなって思いましたね。あとは、お客さんをノせて、終始、端から端まで飛び跳ねて、ダイブしちゃうようなパワーに感動しました。歌詞の内容は、まったく(笑)。

──そうでしたか。LEXさんも10代のうちにブレイクして、すごい勢いでスターになっていくわけじゃないですか。その一方で、母親目線でちょっと心配や不安を感じる瞬間もありましたか?

まあ、金銭感覚がガラッと変わりましたね。1円も持っていなかった子が、その年齢にしてはすごい金額を持つようになって。身に着けるものが派手になってきたり、出かけてはショッパーをいっぱい抱えて帰ってきたりと。そのへんで1回「本当に大丈夫かな」と思ったんです。おごり癖もありましたし、「この職業を失ったとき、まともに戻れるんだろうか」という心配はありました。

──ご本人とも話しましたか?

あんまり言及しちゃうとたぶん嫌がるだろうから、「ちょっと気を付けようね」くらいのことは言ったと思います。

──自分の子供が「アーティストになりたい」みたいな不確かな夢を目指す場合、その才能を信じて見守ったり応援したりするのは、わりと難しい気がしていて。どっしりと応援してあげられる母親だったら問題ないと思うんですけど。

いや、私も一か八か、という気持ちですよ。本人と同じくらい「うまくいくのかな、いかないかもな」って。でも、どうせやるならいいところまで行ってほしいな、という期待込みの応援というか。でも、背中は押し続けてあげたいなって思いますね。

<後編に続く:「あの日が一番暗くてひどい部屋でした」とカズミさんが語った壮絶な夜>

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