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“桜ソング”の栄枯盛衰 ~2000年代の爆発的なブームはなぜ起こったのか~

約5年前2019年03月08日 11:05

日本のポピュラーミュージック界の主要なモチーフの1つであり続ける“桜”。今年もDA PUMPが大ヒット曲「U.S.A.」に続くニューシングルとして「桜」を3月6日にリリースしましたが、かつては“桜ソング”というくくりで多数の曲が紹介されるなど、ブームと呼んでいいほどの状況もありました。

この記事では、どのように“桜ソング”が生まれる素地ができあがり、増殖していったのか、そして現状はどうなっているのかというあたりを、1970年代から時代に沿ってまとめてみたいと思います。

1970年代:季節を織り込んだ楽曲の多様化

歌詞に四季折々の情景を織り込んだ楽曲がここまで大量にリリースされる国は日本以外に見当たりません。日本の気象に根差し、今も愛され続ける短歌や俳句の文化の存在を考えれば、それは遠い昔から脈々と受け継がれる日本人の血のせいなのかもしれません。

が、1970年代以前のポップスの歌詞の状況を改めて確認してみると、季節感を織り込んだ楽曲は今ほど多くありませんでした。戦後の日本のポップスが欧米の模倣から始まったという事情もあってか、1970年代前半までは欧米とさして相違なく、クリスマスか夏のバケーションくらいしか季節を感じるモチーフは多く登場していません。そのほかではフォークや演歌で冬や早春の情景が歌われる歌詞が多少目立つ程度でした。

それが1970年代前半以降になると、状況に変化が訪れます。この時期にポップスの歌詞に決定的な影響を与えたのが1972年にデビューした荒井由実。ご存じユーミンです。1973年のデビューアルバム「ひこうき雲」では、日本人にはまだなじみのない春の祝祭日を歌う「ベルベット・イースター」を、翌年のアルバム「MISSLIM」では、初夏をイメージさせる「やさしさに包まれたなら」のほかにも、クリスマス当日ではなくその少し前の、寒いがまだ雪が降るほどではないという微妙な季節を描写した「12月の雨」を歌っています。その後もユーミンは「ダンデライオン~遅咲きのたんぽぽ」「真夏の夜の夢」「春よ、来い」などの季節を織り込んだヒット曲を量産。彼女が日本のポピュラーミュージックにさまざまな情景と共に多彩な季節感を大々的に持ち込み、当たり前のものにした第一人者であることには誰も異論はないでしょう。

またユーミンの登場と前後して、山上路夫、千家和也、有馬三恵子といった作詞家によって、徐々に歌詞のテーマに季節が織り込まれるようになっていきます。彼らが詞を提供したのは天地真理、小柳ルミ子、南沙織、山口百恵、キャンディーズなど、当時ソニーが主導してビジネスとして確立し始めた“アイドル”的な歌手たちでした。

山上路夫

小柳ルミ子「雪あかりの町」(1972年)・「春のおとずれ」(1973年)
天地真理「若葉のささやき」「恋する夏の日」(1973年)・「木枯らしの舗道」(1974年)

千家和也

山口百恵「春風のいたずら」「ひと夏の経験」「冬の色」(1974年)
キャンディーズ「なみだの季節」(1974年)

有馬三恵子

南沙織「色づく街」(1973年)・「夏の感情」(1974年)

日本のポップスが欧米の模倣からオリジナルなものへと徐々に変化していった過程でこのような動きがあり、それはほかの作家にも波及し、ポップスの歌詞に日本的な季節感を持ち込むことが珍しいことではなくなっていきました。ただ、当時のアイドルを含む流行歌歌手の多くが、「新曲をリリースしてメディア露出を開始し、それによってレコードが売れ、ある程度行き渡って徐々に収束する」というヒットのサイクルを踏まえて、およそ3カ月おきに新曲をリリースすることが多かったため、歌詞に季節を持ち込むことでほかの時期にリリースする曲と容易に差別化できたという、実利的な部分も多分にあったのではないか、と考えられます。

1980年代:「春の別れ=卒業」設定の楽曲の増加

“春の別れ”というテーマは、季節感を織り込んだ楽曲の中でも、ドラマとして非常に扱いやすいものです。そのためリスナーにも経験上大きな共感を得られやすい題材として、イルカの1974年リリースの「なごり雪」などで取り上げられていました。

そして時代が進むにつれ、別のモチーフとして過去からあった“卒業”を絡ませた“春の別れ”の楽曲が生まれるようになります。最初にその代表的な楽曲になったのが1982年、シングル「赤いスイートピー」のカップリング曲としてのリリースながら、ファン以外からも絶大な支持を得た松田聖子の「制服」です。

1983年には近しいドラマ性を持ちつつも、中島みゆき独特の描写が特徴的な柏原芳恵の「春なのに」が大ヒットし、さらに1985年には、1月下旬から2月下旬にかけて尾崎豊、倉沢淳美、斉藤由貴、菊池桃子が次々に「卒業」のタイトルのシングルをリリースするという事態が発生しました。

  • 1985年1月21日:尾崎豊「卒業」
  • 1985年2月14日:倉沢淳美「卒業」
  • 1985年2月21日:斉藤由貴「卒業」
  • 1985年2月27日:菊池桃子「卒業-GRADUATION-」

尾崎豊の歌詞だけはまったく雰囲気が異なりますが、それ以外の3曲は三者三様の描写ながら“春の別れ”としての卒業を歌った楽曲でした。これが大きな話題になったことをきっかけとして、以降さまざまな作詞家やシンガーソングライターが同様の設定を取り上げるようになっていきます。

1990年代:今に至る“桜ソング”の完成

“春の別れ”を歌った楽曲が増えると、同時に歌詞内にその情景を描写するため“桜”というフレーズが使われることも多くなっていきます。しかし、タイトルにまで“桜”を前面に押し出した曲はさして多くはありませんでした。

その転機は1990年代後半。1996年にスピッツが「チェリー」をリリースし、150万枚以上のヒットになります。スピッツは活動の初期から「タンポポ」「コスモス」「ヘチマの花」「あじさい通り」「楓」など、植物に季節を託す歌詞の曲を多く発表していますが、シングル表題曲としてその植物の季節に合わせてリリースされたのはこの曲のみです。

そして1998年の3月から4月に松たか子の「サクラ・フワリ」と川本真琴の「桜」が相次いでリリースされます。特に川本真琴の「桜」は、彼女がもっとも勢いに乗っている時期に、まさに“春の別れ”を独特のタッチの歌詞で描き出した名曲で、オリコンシングルチャートでも初登場2位を記録しました。ここに来て、今に至る“桜ソング”の定型が完成したと言っていいのではないでしょうか。

以下は、“桜ソング”が毎年何枚リリースされたかの記録です。これ以降、年と曲数を表記する際には、“さくら”“桜”“SAKURA”など桜を意味する語がタイトルに含まれていて、かつ1~5月のオンシーズンと呼べる時期にリリースされた、配信を含むシングル表題曲を“桜ソング”と定義してカウントしています。

1990年:該当曲なし

1991年:1曲
桜の木の下で(朝川ひろこ)

1992年:3曲
桜、舞う(井上あずみ)など

1993年:該当曲なし

1994年:1曲
さくら酒(優太朗)

1995年:該当曲なし

1996年:1曲
チェリー(スピッツ)

1997年:該当曲なし

1998年:4曲
サクラ・フワリ(松たか子)、桜(川本真琴)など

1999年:5曲
sakura(鈴里真帆)、桜月夜(さだまさし)など

2000年代:“桜ソング”ブームの到来

1998年以降“桜”を前面に押し出した楽曲のリリースは珍しくなくなり、2000年には福山雅治の「桜坂」やaikoの「桜の時」、2002年には宇多田ヒカルの「SAKURAドロップス」、2003年には森山直太朗の「さくら(独唱)」や河口恭吾の「桜」がヒットします。それでもまだこの頃はそれらの楽曲を“桜ソング”と総称する動きはなく、“桜”がタイトルに入った楽曲も、一般的にはなったとはいえ1シーズンに多くても10曲に届かない程度でした。

それが大きく変わるきっかけを作ったのが「着うた」です。音楽をダウンロードして携帯電話の着信音に設定できるこのサービスは、2002年にau、2003年にVodafone(現ソフトバンク)、2004年にNTTドコモで開始され、爆発的な人気を得ました。

この頃はまだ楽曲データを短時間でダウンロードできるほど回線容量が大きくなかったため、データ量を抑え、また安価に提供できるように、まるまる1曲を販売するのではなく「サビVer.」「AメロVer.」のように曲の一部をコマ切れにする形で楽曲を販売するという手法が取られました。そのような販売手法には賛否はあったものの、実際のところ売れましたので、時流として業界総じてそういうスタイルの販売手法に乗っかっていくことになります。そしてそのスタイルにカッチリとハマったのが“桜”というキーワードでした。

短い「サビVer.」でも鮮烈な視覚イメージをリスナーに提供でき、“別れと出会い”だけでなく“華やかさと儚さ”など多彩な意味合いを乗せることが可能な“桜”のモチーフが制作側にとってこのうえなく“使える”ものであったことは想像に難くありません。

また、24時間365日コンビニエンスに楽曲を購入できる「着うた」というプラットフォーム上で新曲を“立たせる”ためには、その時々の季節感を取り入れることでメリハリを付けていくことが重要だった、という事情もありました。

そんな制作側の都合もあり、“春の別れ”というドラマを歌詞に伴わないにも関わらず“桜”をタイトルに冠した楽曲も続々登場し、徐々に“桜”がほかから独立したモチーフとして成立し始めます。

このような背景で徐々に増加傾向にあった“桜ソング”でしたが、2005年にケツメイシ「さくら」が大ヒットしたあたりをきっかけにして、ブームのトリガーが完全に引かれることになります。

この頃にはコマ切れの「着うた」だけでなく、1曲通して販売する「着うたフル」のサービスも始まっていましたが、楽曲のタイトルと頭サビ一発だけでリスナーに強いイメージを与えることができる“桜”の威力は衰えるものではなく、これまでの生活が終わって新しい生活が始まる(そして新しい携帯端末が購入される)切れ目の時期である春に合わせて、“桜”をタイトルに冠した楽曲が大量にリリースされ、各社着うたサイトでもそのシーズンには“桜ソング”と題された特集が組まれるようになりました。2009年には1月から5月までのシーズンだけで合計37曲、タイトルに“桜”を冠した楽曲がリリースされるに至りました。ここでは“桜ソング”としてはカウントしていませんが、レミオロメンの「3月9日」のような、タイトルに“桜”は入っていなくても歌詞内のモチーフとして桜を使用した曲も加えればさらに多くの曲が並び、いわば“桜バブル”と呼んでいい状況となったのです。

2000年:5曲
桜の時(aiko)、桜坂(福山雅治)など

2001年:9曲
桜(bird)、桜並木道(Whiteberry)など

2002年:3曲
SAKURAドロップス(宇多田ヒカル)など

2003年:11曲
さくら(独唱)(森山直太朗)、桜(河口恭吾)など

2004年:13曲
桜の隠す別れ道(平川地一丁目)、桜の季節(フジファブリック)など

2005年:19曲
桜色舞うころ(中島美嘉)、さくら(ケツメイシ)など

2006年:28曲
桜の花びらたち(AKB48)、SAKURA(いきものがかり)など

2007年:22曲
サクラ色(アンジェラ・アキ)、CHE.R.RY(YUI)など

2008年:36曲
サクラビト(Every Little Thing)、桜の花、舞い上がる道を(エレファントカシマシ)など

2009年:37曲
桜(FUNKY MONKEY BABYS)、SAKURA -ハルヲウタワネバダ-(矢島美容室)など

そしてこの2009年、“桜ソング”は飽和点を迎えます。

2010年代:“桜ソング”ブームの収束

爆発的に増加した桜ソングは2009年をピークに減少に転じ、10年をかけて完全にブーム以前のリリース数まで戻っていきます。

2010年:31曲
桜会(さくらえ)(ゆず)、SAKURA(MONKEY MAJIK)など

2011年:17曲
桜の木になろう(AKB48)、桜色(中川翔子)など

2012年:25曲
SAKURAリグレット(FLOWER)、SAKURA, I love you?(西野カナ)など

2013年:24曲
桜color(GReeeeN)、さくらサンキュー(アイドリング!!!)など

2014年:20曲
S.A.K.U.R.A.(三代目 J Soul Brothers)、サクラあっぱれーしょん(でんぱ組.inc)など

2015年:21曲
桜ひとひら(MISIA)、サクラミチ(東方神起)など

2016年:13曲
さくらのうた(高橋優)、サクラ(Crystal Kay)など

2017年:11曲
桜色プロミス(さんみゅ~)、桜 super love(サニーデイ・サービス)など

2018年:10曲
桜花忍法帖(陰陽座)、桜並木(ふわふわ)など

2019年:8曲(3月2日公表分まで)
桜咲け(吉田山田)、桜(DA PUMP)など

今回の定義では“桜ソング”としてカウントできませんが、2011年にはニコニコ動画から「千本桜」が世に出て、CDリリースを介さない形で大ヒットするなど、既存のプラットフォームではないところから発信される楽曲が増えたことで、相対的に既存プラットフォームの価値は低下していきます。

2013年には“桜ソング”へのアンチテーゼとして、私立恵比寿中学が“梅ソング”であるシングル「梅」をリリース。

また上記の“桜ソング”にカウントはしていますが、KANが2015年にリリースした「桜ナイトフィーバー」は“桜ソング”ブームへの揶揄も含んだ歌詞だったりします(同曲は2016年にこぶしファクトリーもカバー)。2005年以降、増加と言うよりは過剰化してきた感のあった“桜ソング”ブームでしたが、そのようなアゲンストの空気もはらみつつ徐々に収束に向かいます。

それでも、減少に転じた最大の理由は、スマートフォンの普及によって音楽の聴かれ方が劇的に変化したことでしょう。ニコニコ動画やYouTubeなど無料で利用できる動画サイトの視聴と、音楽の購入・再生がまったく同じ端末で同じようにできるようになったことで、音楽に単体で課金するという行為が選ばれなくなっていきました。

また課金するにしても、スマートフォン向けの音楽配信プラットフォームの基本は、次々にリリースされる新曲を前面に押し出していくというよりは、膨大な楽曲カタログの中からプレイリストという形で楽曲をレコメンドする形。そこでは既発曲か新曲かの区別はさして意味合いの大きなものではなく、“桜ソング”を聴きたければ「さくら」で検索すれば過去の名曲が一覧にずらりと並ぶという状況です。そして今はサブスクリプションによる聴き放題のプラットフォームが普及しつつある時代ですので、もはや1つの季節のみに訴求する特定の新曲を単体でプロモーションすることの意味は過去に例がないほどに薄れています。

こうして、ブームは完全に鎮静化しました。

2020年代:“桜ソング”のこれから

DA PUMPの新曲「桜」は、アメリカを歌う海外曲のカバーであった「U.S.A.」からあえて真逆の“和”に振り切った印象の楽曲ですが、「U.S.A.」が1990年代のユーロビートを今に持ってくることにレトロ感があったのに対し、今度の新曲は“桜ソング”の2000年代のレトロ感を持ち得る楽曲です。もしかしたら今後、過去に生まれた“桜ソング”全般が、そのような“懐かしまれる”対象となる未来が待っているのかもしれません。

それでも、年間10曲を切るところまで縮小しているとはいえ、今年も新しい“桜ソング”が生まれています。ある季節の1つのモチーフでその数の曲が生まれるということはこれまでほかに例はありません。日本に季節があり、そこになんらかの気持ちを重ね合わせることができる感性がある限り、“桜ソング”が尽きることはないと思うのです。

※記事初出時、一部曲名に誤りがありました。お詫びして訂正します。

文 / O.D.A.(WASTE OF POPS 80s-90s)

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