西寺郷太が日本のポピュラーミュージックの名曲を毎回1曲選び、アーティスト目線でソングライティングやアレンジについて解説する連載「西寺郷太のPOP FOCUS」。NONA REEVESのフロントマンであり、音楽プロデューサーとしても活躍しながら、80年代音楽の伝承者として多数のメディアに出演する西寺が私論も交えつつ、愛するポップソングについて伝えていく。
第5回では西寺自身もカバーしたCHAGE and ASKAの「恋人はワイン色」にフォーカス。2人のハーモニーが心地よく、どこかアンニュイな雰囲気漂う「恋人はワイン色」の知られざる魅力に迫る。
歌ってみてわかったCHAGEさんのすごさ
2月末にキーボーディストである高木壮太さんのユニット・井の頭レンジャーズとコラボレーションして「恋人はワイン色」をロックステディのスタイルでカバーしたんですね(参照:西寺郷太と井の頭レンジャーズが7inchシングル発売、プリンス&チャゲアスカバー)。1991年リリースのPrince & The New Power Generationによる「Money Don't Matter 2 Night」と、「恋人はワイン色」を選曲しました。アナログを両A面仕様にして、同じジャケットデザインでプリンスサイドは「パープル」、CHAGE and ASKAサイドは「ワイン色」にしてみました(笑)。
カバーしてわかることってたくさんあって。いざレコーディングしてみたらCHAGEさんのハーモニーパートでかなり苦戦したんですよ。CHAGEさん、めちゃくちゃハイトーンボイスで。リリースされた1988年、僕が中2の冬からずっと好きな曲なので、常に鼻歌では歌ってきたんですけどね(笑)。
で、その直後、ASKAさんが3月に10枚目のオリジナルアルバム「Breath of Bless」を発売されたタイミングでタワーレコードから「ASKAさんと対談されませんか?」と話が来て、「え?」と。僕はソングライターとしてのASKAさんの大ファンなんですけど、CHAGE and ASKAや彼のソロワークスに詳しいわけではないので。じゃあ、なぜそんなにASKAさんを尊敬しているんだという話になると、グループ名を冠した光GENJIの1stアルバムや「STAR LIGHT」「ガラスの十代」「パラダイス銀河」「荒野のメガロポリス」といったシングル群に作詞作曲で携わっていたから、ということに尽きるんですね。毎回、光GENJIの話が出てくるんですけど、この連載(笑)。
作家的才能のぶつかり合い
1987年夏に「STAR LIGHT」でデビューした光GENJIの衝撃はすさまじくて。自分と同い年のメンバー、佐藤敦啓(現・佐藤アツヒロ)さん、赤坂晃さんが国民的スーパースターになられている、ということ自体、わりと最初の経験で驚きだったんですが。何より、CHAGE and ASKAお二人のソングライティングが光る、1988年1月リリースのデビューアルバム「光GENJI」が素晴らしすぎたんですね。日本人が作ったアルバム史上最高傑作だと、僕は常日頃訴え続けてるんですよ。当時、僕は中学2年生で、小学生の頃からプリンスやThe Beatlesにも夢中、ビルボードのヒットチャートを必死で毎週追いかけているような今と変わらぬいわゆる“洋楽マニア”だったんです。ただ、ジャニーさんの作り出す少年隊と光GENJIの世界観とクオリティにだけはぶっ飛ばされていた感じでした。ちなみに対談のときASKAさんに伺ったところ、彼らにオファーをくれたのはジャニー喜多川社長ご本人。「デビューアルバム、シングルも連続して3枚を任せます」という話もジャニーさんとのミーティングであっという間に決まったと。今の視点で見れば、「STAR LIGHT」「ガラスの十代」「パラダイス銀河」の3連打が衝撃的なクオリティを持つ傑作シングル群だとわかるんですが、期待をかけた新人グループをいわゆる職業作家でない2人のアーティストに即断で任せ切る、その感覚がすごいですよね。例えば筒美京平さんや馬飼野康二さんに作曲を、松本隆さんや康珍化さんに作詞を、船山基紀さんに編曲を依頼するとか、それまでのヒットソングの方程式はいくらでも使えたはずなのに。子供だった僕にとってCHAGE and ASKAは、「ザ・ベストテン」で観たワーナー時代の「万里の河」での演歌フォーク的なイメージしかなかったんです。ただジャニーさんは2人がキャニオンに移籍してすぐの「モーニングムーン」やアルバム群、それぞれの作家仕事に潜んだ才気を見抜かれていたんでしょうね。これは僕の勝手な憶測ですが、もしかするとジャニーさんは作詞・飛鳥涼(ASKA)、作曲・CHAGEというコンビに最初は期待していたのかもしれません。アメリカ育ちのジャニーさんは生粋のアメリカンポップス好き、オールディーズ愛好家です。そのうえで聴き心地のよさだけに留まらず、アクのあるパンチの効いた歌詞を乗せるのが好きな方でした。1984年にCHAGEさんが作曲され、石川優子さんとデュエットして大ヒットした「ふたりの愛ランド」で、CHAGEさんの明るく伝統的なメロディを書く才能が発揮されたと思うんです。そしてその前年、葛城ユキさんの歌唱で大ヒットした「ボヘミアン」では飛鳥涼さんが破壊力のある歌詞を作り上げました。そういった流れをくむと、ジャニーさんは2人の作家的な才能のぶつかり合いに賭けたのかもなと思います。これはあくまでも僕の想像ですが。
実際、「STAR LIGHT」はCHAGEさんがポップなAメロからBメロまでを書かれ、「カッコ悪いと思わない」のブレイクから感動的なブリッジに至る部分をASKAさんが書かれたようです。ネットに出回っている情報では「ブリッジの作曲だけがASKAさん」とされていて、実は僕もその情報の拡散に加担しちゃってたんですが、直接ASKAさんに尋ねたあと、コードの癖などを改めて研究してみるともっと入り組んだ共作になっているなと。ただ、シングルリリースを重ねるごとにASKAさん個人のパワーが爆発してゆき、最終形の「荒野のメガロポリス」に至っては、磨き抜かれた光GENJIのパフォーマンスも含めとんでもない領域に達しているんです。
ASKAさんの歌詞は洋楽的
アルバム「光GENJI」が1988年1月に出て大ヒットする中、2月に「恋人はワイン色」がリリースされました。僕が、この曲を初めて耳にしたのはJFN系で土曜日のお昼に放送されていた「コーセー化粧品 歌謡ベスト10」というラジオ番組。なぜ“火曜(かよう)日”に放送してないんだろうとリアルに疑問に思ってました(笑)。その番組で聴いた瞬間から心奪われましたね。
「恋人はワイン色」を作詞作曲したのはASKAさん。「すれ違う 君に見とれて スローモーションはねたワイン」という冒頭の歌詞で、たぶん、立食パーティのような場所で出会った男女のイメージが描かれます。次に「君のドレス 紅に染まって 戸惑いは 恋の顔」。ワインをかけてしまった主人公とかけれられた女性が恋に落ちるという展開の早さ(笑)。主人公はその女性のオレンジを絞る横顔が好きだったようで、2番にその描写が出てくるんですが、サングリアでも作っていたんですかね(笑)。「アパルトのミセス達は 噂好きで 君のさよならの理由に花を咲かせていた」という歌詞もありますから、2人は高級マンションで同棲していたんでしょう。
歌ってみて実感したんですが、ASKAさんの選ばれた言葉とメロディのこの感性がかなり洋楽的と言いますか、グローバルな音楽に聴こえるんですよね。意味を1個ずつ追いかけると不思議な表現も多いんですが、音楽として聴いたときのケミストリー、歌ったときの唇や胸の響き、謎と快楽が半端ない。よく言うんですが、日本人の多くが好む歌詞、言葉って、「なんて言ってるか、よくわかる」ということが、かなり大きな位置を占めていて。もちろん聴いて意味がすぐ伝わる、間違いなく正しく理解できるべき、という部分は当然大切ですけど、本当の音楽の素晴らしさってそれだけじゃないと思うんですよ。答えが1つしかないわけじゃないと言うか、仮にロールプレイングゲームだとしたら、ゴールにたどり着き一番強い敵を倒すだけで終わりじゃない、そういう歌詞や楽曲作りに僕は魔力を感じるんですよね。もちろん「恋人はワイン色」にもキラーワードが多いんですが、あくまでもすべてが“イメージ”と言いますか。写実ではなく抽象画。だからASKAさんの楽曲は聴きとりやすい日本語であっても洋楽的に響くんですよね。わかりやすすぎるゲームって1回クリアしたらもう遊ばないじゃないですか。「恋人はワイン色」を最初に聴いたのは中学生の頃でしたが、自分が若者と呼ばれる時代を経て、30年以上経って40代になっても、聴けば聴くほどまさにワインのように曲が熟成されていく過程を感じられるんです。
音楽作りが格闘技なら
CHAGE and ASKAと言えば、「YAH YAH YAH」の「これから一緒に殴りに行こうか」というキャッチーな表現だったり、ドラマ効果もあり国民的なバラードとなった「SAY YES」の2曲が、グループのお茶の間的なイメージの完成形とも言えるのでしょう。ただ僕にとってはその少し前、「恋人はワイン色」の時代が、2人のスタイルがいい塩梅に反映されていたと思うんです。ちょっとアンニュイで、いい意味で華やかに力の抜けている感覚というか。マイケル・ジャクソンで言えば「Off The Wall」は好きだけど、「Thriller」や「Bad」はあんまり……というソウルファンが多くいるんですが、僕にとっての「恋人はワイン色」は「Off The Wall」期の「Rock With You」を聴く感覚に近いのかもしれません。
もしも音楽作りが格闘技だとしたら、CHAGE and ASKAはボーカル、パフォーマンスなどの実演、キャラクターのキャッチーさなど、トータルバランスで国内最強のグループの1つだと思うんです。ヘビーデューティなメロディに、ワード選びの感覚の鋭さ……海外にも素直に伝わる日本を代表するアーティストですし、延期された2020年東京オリンピックで本当なら2人に歌ってもらいたいくらいです。客観的に見て、ある種のオリエンタリズムを俯瞰しつつ、日本がパワフルな時代に世界を視野にパワーを放った彼らこそが最強であることはわかるので。
西寺郷太(ニシデラ ゴウタ)
1973年生まれ、NONA REEVESのボーカリストとして活躍する一方、他アーティストのプロデュースや楽曲提供も多数行っている。文筆家としても活躍し、代表作は「新しい『マイケル・ジャクソン』の教科書」「ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い」「プリンス論」「伝わるノートマジック」など。近年では1980年代音楽の伝承者としてテレビやラジオ番組などさまざまなメディアに出演している。
しまおまほ
1978年東京生まれの作家、イラストレーター。多摩美術大学在学中の1997年にマンガ「女子高生ゴリコ」で作家デビューを果たす。以降「タビリオン」「ぼんやり小町」「しまおまほのひとりオリーブ調査隊」「まほちゃんの家」「漫画真帆ちゃん」「ガールフレンド」といった著作を発表。イベントやラジオ番組にも多数出演している。父は写真家の島尾伸三、母は写真家の潮田登久子、祖父は小説家の島尾敏雄。
文 / 西寺郷太(NONA REEVES) イラスト / しまおまほ