「SUMMER SONIC 2023」に出演し、日本の音楽シーンでも大きな関心を集めているNewJeans。彼女たちは、音楽性はもちろん、ミュージックビデオやメンバーのスタイリングを含めたビジュアルメイキング、CDやグッズのデザイン性など、クリエイティブ面でも多くの人々を惹きつけている。
デビュー作である1st EP「New Jeans」は、メンバー全員のバージョンと5人のメンバーにそれぞれフォーカスした個人盤をラインナップした「Bluebook Ver.」、グループを象徴するウサギのキャラクターをプリントした「Weverse Albums Ver.」、そして円形のポシェット状のバッグが付属する「Bag Ver.」などが用意され、アーティストの世界観が凝縮された大ボリュームのフォトブックやステッカー、フォトカードなどもたっぷり封入された。初めてK-POPの“CD”に触れた人は、その豪華さに目を丸くしたのではないだろうか。
形態数に多少の幅はあれど、日本のCDショップに陳列されるK-POPの輸入盤も例外ではない。BiSHやKing & Prince、ELLEGARDENといったアーティストのクリエイティブを手がけてきたTI_ALTのアートディレクター・Shinya Hanafusa氏はK-POPの“CD”について次のように語る。
「アイテムの実物を手にして思うのは、明らかに日本よりも予算が多いということ。ヘタしたら桁が違うレベルです」
日本にもクリエイティブに膨大な予算を投じるアーティストもいるが、そう多くはないのが現状だ。なぜ韓国の音楽業界はアートワークに膨大な予算を投じられるのだろうか? そもそも、韓国の音楽シーンでは“クリエイティブ”をどのように捉えているのか。本稿では、1990年代以降のJ-POPのアートワークを参照しつつ、日韓それぞれのクリエイティブ現場で活躍するディレクターへのインタビューを通じてこれを紐解く。
取材・文 / 宮崎敬太
韓国盤にあるワクワクと興奮
僕が初めて買ったK-POPの韓国盤は2012年にリリースされたSHINeeの「Sherlock : SHINee 4th Mini Album」だったと思う。個人的な感覚だが、当時は韓国盤を取り扱ってるお店が少なかった。タワレコの大型店舗の中ですらほとんど見かけなかった。だからブートレグアイテムだらけの新大久保に行って購入した記憶がある。
「Sherlock」のCDはめちゃくちゃカッコよかった。今では当たり前だけど、メンバーごとに全然違うアートワークのCDが5つのバージョンもあったことにとても驚いた。どれを買えばいいのか迷いまくった。ブックレットは超分厚くて重い。おまけにでかいポスターもくれた。価格は2000円するかしないか程度だったはず。中身もアート作品のように作り込まれていて感動した。あのCDを買ってから、自分の中の“アイドル”の概念が大きく変わった。
デザイナー / アートディレクターの田中絵里菜氏の著書「K-POPはなぜ世界を熱くするのか」(2021年)には、当時韓国でリリースされていたK-POPのCDについて以下のような記述がある。
miss A「Bad but Good」(2010年)の規格外の三角CDや、SUPER JUNIOR「Mr.Simple」(2011年)の30センチ四方の巨大なCD、さらにはBIGBANG「ALIVE」(2012年)の、タイトル通りにだんだん錆びていく鉄の容器など、日本ではまず見たことがないようなパッケージには韓国人クリエイターのデザインに対する探究心が詰め込まれていた。
K-POPの韓国盤にはワクワクと興奮がある。それはずっと変わらない。音源はサブスクで聴くけど、好きなアイドルのCDはちゃんと買いたい。そう思わせる魅力がある。
日本以上に売るための努力が求められる
日本と韓国では、なぜこんなにも音楽を取り巻くアートワークの状況が違うんだろう。K-POPでつながった知人の紹介で、日本でBiSHやKing & Prince、ELLEGARDENをはじめとするさまざまなアーティストのアイテムを手がけてきたTI_ALTのアートディレクター・Shinya Hanafusa氏に話を聞くことができた。
「ものすごく詳しいわけではないんですが、僕もK-POPが大好きなんです。ハマったきっかけは、それこそアートワークでした。なんの前知識もなく『ヤバイな』と思って手にしたのがf(x)で。最初はヨーロッパのアーティストだと思いました。そしたら韓国の、しかもアイドルで。『これは面白いことになってるかも』とチェックしはじめたんです。すごくコンセプチュアルに活動してて、どんどんのめり込んでいきました。最近はNewJeansとaespaのコンセプトに注目しています」
そんなHanafusa氏はL’Arc-en-Cielの結成30周年を記念したアルバムリマスターボックス「L’Album Complete Box -Remastered Edition-」にて、パンドラの箱を想起させる豪華で楽しい特殊仕様のボックスアイテムを制作している。ただこうした作品は前述のとおり、日本ではあまり見かけない。それはなぜなのだろうか?
「僕は韓国の作品にどれくらい予算がかかっているかはわからないですが、アイテムの実物を手にして思うのは明らかに日本よりも予算が多いということ。ヘタしたら桁が違うレベルです。もちろんアートワークに大きな予算と時間を割けるアーティストは日本にもいるけど、そこまで多くない印象です」
日本と韓国の経済状況がそこまで乖離してるとは思えない。ではなぜ韓国の音楽業界はアートワークに予算をかけられるのだろうか? 韓国では印刷コストなどを抑えられるため、日本よりも安価で制作できることはよく知られている。聞くところによると、NewJeansのようなアートワークを日本で制作したら売値は軽く1万円を超えてしまうんだとか。だがそれ以前に韓国はクリエイティブをどのように捉えているんだろう。
韓国のストリートブランド・thisisneverthatで働く鈴木タカト氏に話を聞いた。thisisneverthatは1つのシーズン中にさまざまな企画のルックを制作する。見せ方の切り口やスタイリングを変えることで異なるフィーリングが出せる、というブランド側から提案する柔軟さが面白いと思った。鈴木氏は「アパレルと音楽では違う部分はありますが」と前置きしたうえで、こう話してくれた。
「韓国って日本人が思ってる以上にインターネットが発達してるんです。僕は1997年から2005年頃まで向こう(韓国)に住んでいたんですが、当時ですら、今の日本とそれほど変わらないスピード感でネットを使ってた印象ですね。むしろ日本に帰ってきて、インターネットの回線の遅さに驚きましたもん(笑)。当然、そんな韓国では違法アップロードやダウンロードが盛んだからCDもDVDも買わない。でもそれじゃあ産業として成立しないじゃないですか。だから商品を買ってもらうために、クリエイティブやブランディングにお金をかけるんです。根本はそこだと思います」
韓国クリエイティブシーンの根底にあるもの
韓国人の友人であるイ・ムジンくんとSo!YoON!について話していた。ムジンくんは釜山のセレクトショップ・Sound Shop Balansaに勤務している。So!YoON!は韓国のバンド・SE SO NEONでボーカル・ギターを務めるファン・ソヨンのソロプロジェクト名だ。今年2ndアルバム「Episode1 : Love」をリリースした。このアルバムからは2本のMVが公開されたが、どちらも非常にクオリティが高く、しかもお金がかかってそうだった。人気アーティストではあるが、彼女はあくまでもインディアーティストだ。この予算はどこから出てくるのだろう? 何気なくムジンくんに聞いてみた。すると彼はこんなふうに答えてくれた。
「YouTubeって世界中のみんなが観てるプラットフォームじゃないですか。そこに無料で広告を出せるって考え方をすれば、多少無理してでも予算をかけるでしょ?」
「なんて柔軟でクレバーな発想なんだ!」と衝撃を受けた。と同時に、鈴木氏の「商品を買ってもらうために、クリエイティブやブランディングにお金にかけるんです」という言葉もリフレインした。なるほど。韓国はマーケットが小さいがゆえに、知恵を絞って、試行錯誤して、世界の人にも“商品を買ってもらうため”の努力を当たり前のようにしているのか。そのスタンスが韓国のクリエイティブを取り巻くスタンダードなのかもしれない。
そういえば、後藤哲也氏が編著した「K-GRAPHIC INDEX 韓国グラフィックカルチャーの現在」(2022年)のコラムには「韓国はアジアの中でも特に中国の科挙に強く影響を受けた国で、身分・階級を問わず誰にでもチャンスがあるということを国民は信じている。平等を前提にするゆえに強烈な競争も生まれ、チャンスにより近いところを目指してソウルに人口の半分以上が集中するという超一極集中状態も生まれた」とあった。この感覚はK-POPやドラマ、映画など、韓国カルチャーが好きな人であればすぐに納得できるだろう。想定外の大胆さで世界を驚かせている韓国クリエイティブシーンの根底にあるのは、平等で公平な競争を信じる気持ちなのかもしれない。
デジタル技術の使い方をアナログ脳で工夫していた90年代
この記事の構想をしている段階で、友人を介してグラフィックデザイナーのesqweくんと仲よくなった。彼は90~00年代の日本のストリートカルチャーに精通した資料ディガーでもある。そんな彼がInstagramにとあるアーティストのアートワークを投稿した。
「LE SSERAFIMの『FEARLESS』のジャケみたいだな」と思ったら、なんとglobeのツアーグッズだった。esqweくんによると「globe『SWEET PAIN』のCDジャケットに使われたタブロイド誌のプロップをノートに落とし込んだもの」とのことなので、おそらく1996年に制作されたもの。これ、ヤバくないですか? この投稿をきっかけに僕自身の記憶もどんどんよみがえってきた。
当時はCD屋さんに行くのが楽しかった。面白いアートワークのCDがたくさんあったからだ。僕がCD屋さんに行き始めたのは中学生から。最初は音楽のことを全然知らなかったけど、ホログラムを使用した松任谷由実「天国のドア」のアートワークや、サザンオールスターズ「HAPPY!」の洗剤みたいなパッケージは見てるだけで楽しかった。
自分の“好きな音楽”がわかり始めた頃にめちゃくちゃハマったのがCorneliusだった。Corneliusは音楽ももちろんだが、アートワークもビジュアルもMVも超スタイリッシュだった。Corneliusの音楽そのものはかなりマニアックだったけど、ポップなビジュアルの力で、当時の僕みたいな音楽素人のダサい高校生にもリーチした気がする。
Corneliusの1stアルバム「The First Question Award」の初回盤はスリーブ仕様で、CDケースも特殊だった。通常のプラケースはジャケット面となる蓋が透明で、CDをはめる台座が白いプラスチックだった。だがこの作品は逆。蓋面が白で、台座面が透明。ジャケット写真はシールとして貼られていた。そのこだわりが当時の僕にはかっこよく思えて宝物だった。
だけど、もっと好きなのは1995年に発表された2ndアルバム「69/96」だ。まず先行シングル「Moon Walk」はカセットテープでリリースされた。しかもカセットテープ本体は9色あって、価格は1本200円。そして発売されたアルバムの初回盤CDはピンクのビニールシートに覆われたブックレット仕様だった。本作のテーマは「1996年の自分が、自分が生まれた1969年を眺める」というもの。サウンドは小山田圭吾が影響を受けたヘヴィメタルを、当時の最先端だったサンプリング&コラージュのレコーディング技術を駆使して1996年仕様にアップデートした内容だった。それに合わせてブックレットの中身もヘヴィメタル的な悪魔感、レトロSFなどをごちゃ混ぜにコラージュ&エディットしたアートブックのような内容だった。
これらを手がけていたのが、今年2月に亡くなった信藤三雄氏率いるコンテムポラリー・プロダクションだった。信藤氏が、僕の印象に残り続けていたユーミンやサザンのデザインも手がけていたと知ったのはずっとずっとあとのこと。
90年代は音楽でもクリエイティブでも、生まれたばかりのデジタル技術を、アナログ脳の人間が工夫して創作する時代だった。80年代に頭で思い描けても実現できないことが、90年代はApple製品などの登場で形にできるようになった。2023年の現在から見ると90年代はとてもレトロだけど、80年代との大きな違いはデジタル技術の一般化にある。
90年代半ばに発表された「69/96」にはそんな時代感が刻まれている。残念ながら本作はサブスクにない。だけどメルカリには状態のいい中古品が安く出品されているので、NewJeansに食らった若い子たちにも見てもらいたい。きっと共通のバイブスを感じてもらえるはずだ。
「いいものを作れば評価される」という健全な信念
デジタルネイティブな若い子と話していると、やはりアナログで育った僕たちとは物事の捉え方が違うなと感じる。でも若い子から中年まで、人種も国境も関係なく、多くの人がNewJeansに夢中になっている。
この現象を目の当たりにして、僕は田中氏の前述の著書を思い出した。本書でもっとも感銘を受けたのは、K-POPの裏方たちが「いいものを作れば評価される」という、青臭くもあるが絶対に忘れたくない創作の信念を言外ににじませているところだった。ムジンくんの発言にも、鈴木氏の発言にも、同じマインドを感じた。
韓国ではすさまじい数のアイドルがデビューしている。いくらNewJeansが韓国最大規模のレーベルに所属していようが、たくさんの予算をかけようが、いい作品でなければヒットしない。僕が経験した90年代の日本の音楽シーンも、すごい数の新人がデビューしては消えていった。僕自身がCorneliusを好きであることもあり本稿で大々的にフィーチャーしたが、Corneliusに限らず、当時は特殊パッケージだらけだった。そういう意味でも今のK-POPの状況と似通っている。
Hanafusa氏によると、今音楽の仕事だけをするデザイナーはとても少ないという。確かにサブスクが浸透した現代ではビジネス的な旨味が少ないのかもしれない。だけど「いいものを作れば評価される」。だってどこのお店もK-POPコーナーはいつも賑わってるから。若い子も僕のような中年も、性別も関係なく、みんなわくわくしてる。
90年代と現代とでは日本の経済や音楽を取り巻く状況が全然違う。日本と韓国でも大衆文化の捉え方が違う。でもカッコいいもの、かわいいものにわくわくする気持ちに時代や国境は関係ない。1995年に藤原ヒロシがリリースしたミニアルバム「HIROSHI FUJIWARA in DUB CONFERENCE」はシンプルな紙ジャケットだったが、CDを収納する不織布のシートに香水が染み込ませてあって、包装ビニールを開けるとほんのりとおしゃれな香りした。こんな体験はやはりフィジカルでしか表現できない。近年ではKID FRESINO「20, Stop it.」やDEKISHI「CULT REMIX BY YUSAKU ARAI」のアートワークが秀逸だった。手にして、開封したとき、やはり僕は90年代のあの頃のようにわくわくして楽しい気持ちになった。
最後は鈴木氏のこんな発言で締めくくりたい。
「親の仕事の都合で小2で韓国に引っ越しました。最初は韓国語が話せないこともあってなかなか輪に入れず、学校生活はけっこう大変でした。でも僕は文化に救われたんですよね。韓国では当時、日本文化がすごく人気あったんです。サザンのカバー曲が大ヒットしてたし、雑誌か何かで広末涼子さんが履いてたナイキのエアマックス95が“ヒロスエマックス”と呼ばれてめっちゃ流行ってたりとか。僕は当時からファッションが好きだったから、そういうきっかけで学校に友達ができたりしたんです。うち(thisisneverthat)の韓国スタッフも日本文化がすごく好きで、NIGOさんや藤原ヒロシさんをすごくリスペクトしてます。あと最近だと映画『THE FIRST SLAM DUNK』がめちゃくちゃヒットしましたし、日本のドラマや映画も人気あります。文化っていろんなことを乗り越える力があるんです。僕はそれを半生で実感しました」
日本と韓国は影響を与え合っている。K-POPが大ヒットしていることから学べるのは、「いいものを作れば評価される」という健全な信念ではないだろうか。日本は日本の、韓国は韓国のヤバいカルチャーをレペゼンし合って、それぞれの文化を発展させていきたい。今はそういう時代なのだ。