ラッパーのKEN THE 390がホストとなり、MCバトルに縁の深いラッパーやアーティストと対談する本連載。EPISODE.7の前編では、ゲストのサイプレス上野と輪入道が自身のバトル史を振り返った。
後編では、バトルブームに火を点けるきっかけとなった番組「フリースタイルダンジョン」で、モンスターという重役を担ったサイプレス上野と輪入道、審査員を務めたKEN THE 390が当時のエピソードと、今後のMCバトルとの関わり方について語り合う。
取材・文 / 高木“JET”晋一郎 撮影 / 斎藤大嗣 ヘアメイク(KEN THE 390) / 佐藤和哉(amis)
モンスターの絆が深くなった「ダンジョン」晋平太戦
──サイプレス上野さんは初代モンスターとして、番組放送開始から「フリースタイルダンジョン」に関わりました。
サイプレス上野 Zeebraさんから「新しくMCバトルの番組が始まるから協力してほしい」という直電があったという流れは、みんなと一緒かな。ただ、その時点では“ラップ素人と戦う”という話だったんだよね。だからこっちも「素人大学生をラップでコテンパンにする……いいっすね!」ぐらいの気持ちで(笑)。
──イキり学生をラップで合法的に滅多切りにできる!……って、歪んでますね(笑)。
サ上 モンスターのメンツも最高だったから、これは楽しそうだなって。だけどフタを開けたら現役のラッパーがチャレンジャーとして戦うことになったから、これを毎月収録するのはかなり過酷だなと……実際過酷だったし。あと、最初はスタッフ側にもMCバトルに対する間違ったイメージがあった。例えば「怖い顔をして戦ってください」とか。つまり「ラッパーが怖い顔して、お互いに嫌なことを言い合う」という見せ方を目指してたよね、最初は。
──「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」の「平成口ゲンカ王決定戦」の延長というか。
サ上 「そうじゃないとわかりにくいし、コンテンツとして盛り上がらない」みたいに言われて。「俺はそういう人間じゃないし、それをやったら俺じゃない」と断ったけど、あれはカルチャーショックだったな。ラップはまだそのレベルの認識なんだ、って。
KEN THE 390 普段はやらないのに、番組で求められたからそれを演じるのは……。
サ上 超ダサいじゃん。だから「俺がオファーされたのは演技じゃなくてMCバトルだから、それは違う」と。そうやってモンスター側で軌道修正していった部分はけっこうある。
──T-Pablowさんの回でも「収録前にモンスター内でサイファーをしていた」と話していました。
サ上 DOTAMAが「やりましょう!」ってうるさいから(笑)。
KEN T-Pablowは、そこでの上野の切り返し能力に影響を受けたって話してて。
サ上 番組開始当初はT-Pablowも慣れないテレビの現場に食らっちゃってたし、みんなでリラックスするためにもサイファーは必要だったよね。DOTAMAは毎回対戦相手に関するデータのレジュメを作ってきて、対戦前にそれをモンスターたちに配るんだけど、漢くん(漢 a.k.a GAMI)がそれ捨てたりしてたもん、右から左に(笑)。
輪入道 ははは。
サ上 それも仲がいいからできるんだけどさ。モンスター卒業直前の頃は、絆がとにかく深くなってて。晋平太戦は舞台袖までみんな見に来てたもんね。
KEN あのときの結束力はすごかったよね。
サ上 俺も「1回戦で終わらす!」ってかなり気合入ったしね。
KEN それでスーツ着て、菊の花束持って出ていって。
──それが「俺 死ぬのかな? これいるのかな? この菊の花」という晋平太のパンチラインを引き出すことになって。
サ上 晋平太が蹴った菊の花束がキレイに客席に飛んでった(笑)。菊の花束もそうだけど、スーツも自腹だからね。
KEN 衣装にも毎回こだわってたよね。
サ上 殺害塩化ビニール(“バカ社長”ことクレイジーSKBが運営するインディーズレコードレーベル)のTシャツ着て出たら、放送直後にめっちゃ売れたらしくて、バカ社長からお礼の連絡があった(笑)。
KEN これだけMCバトルが浸透して、出場する人間も増えたら、キャラクターを立たせる必要があるし、それにはファッションもやっぱり重要な要素だよね。
サ上 あのTシャツを着て出た、はなびとの試合は自分でも好きな試合。お客さんを巻き込んで楽しめたと思う。あと、会場がSTUDIO COASTに変わった第1回目は、「チャレンジャーにはわかんないだろうけど、俺は楽屋からステージまでの導線も、トイレの位置もわかってるぜ」と思ってた。
KEN なにそのマウントの取り方(笑)。
輪入道 地の利があったんですね(笑)。
漢を覚醒させたチャレンジャー輪入道
──輪入道さんは最初はチャレンジャーとして登場しますね。
輪入道 その年はバトルに出ないって決めてたんで、最初はオファーを断ったんですよ。ただZeebraさんからの直電があったんで「これは出なきゃな」と(笑)。「俺にもオファーが来た」っていうのは驚きましたね。自分としてもあのときの漢さんとのバトルは記憶に残ってて。
サ上 あれは最高だった。漢くんがあの試合から覚醒したんだよね。
KEN 番組開始当初、漢さんの調子はあんまりよくなかったけど、輪入道戦で一気にエンジンがかかったよね。
輪入道 言うたら、漢さんの着火剤になって燃え尽きたんです、チャレンジャーの俺は(笑)。
サ上 勝って楽屋に戻ってきた漢くんに「お疲れ!」って言ったら、バコーンって殴ってくるぐらい興奮してたもん(笑)。でも、モンスターとしてめちゃくちゃうれしかったな。「これでいいんだよ!」って。
輪入道 あのバトルで「漢 a.k.a. GAMI これが無言の蓄積」と言ったんですけど、(「無言の蓄積」は、漢 a.k.a. GAMIが中心となって結成したクルー・MSCの曲名)それに客席が沸かなくて「あ、これみんなわかんないの?」と、単純にびっくりしましたね。
サ上 引用とか比喩みたいな“うまいこと言う”がなかなか伝わりづらくなってる気がする。リスナーが増えるほど、会場が大きくなるほど、ベタな表現じゃないと伝わりにくいし、細かい部分は届きにくいのかな。
KEN 知識が必要なワードは、ヒップホップのリテラシーが高いお客さんやジャッジ陣には伝わっても、ヒップホップを聴き始めたばかりのオーディエンスには伝わりづらかったりするから、うまい例えでもツルッとスベることがある。でも逆に俺ら世代が、バトルで「呪術廻戦」や「チェンソーマン」みたいな新しいカルチャーを例えに出されると難しいというのもあるよね。
──テレビを観ていたら、若手芸人が「中堅芸人は『ドラゴンボール』と『北斗の拳』で例えるのはやめてくれ。最低でも『ワンピース』以降にしてくれ」と言ってたんだけど、それに通じる部分がありますね。
KEN あと、バトル自体からの引用も難しい。バトルの歴史も長くなって、バトルがネイティブなラッパーも、バトルを中心に見るオーディエンスも多いし、そこで過去のバトルの引用もキラーフレーズになることがあって。だけど、それが余計にハイコンテクストに、初心者に難しくなってしまう傾向がある。
サ上 その塩梅は今後も難しくなるんだろうな。
アンサーにふさわしいラインや韻でしっかり落とす
──話を「ダンジョン」に戻すと、輪入道さんは2017年に2代目モンスターに起用されます。
輪入道 その話は普通にありがたくお受けしましたね。2代目モンスターの間にも忘れられない友情が生まれたし、特別な関係になったと思います。やっぱり、対戦相手によっては立ち振る舞いが難しいときがあるんですよ。でも、そういったときにチームとして戦うことは心強かったし、地元や仕事関係とはまた違う、特別な仲間意識は生まれてましたね。
サ上 俺はモンスターを卒業したあと、いろいろあって司会に抜擢されたんだけど、2代目モンスターのとこにもちょこちょこ顔出して。
輪入道 いろんな話をしてくれたっすね。
サ上 「ケアしたい」っていうと上からだけど、モンスターの大変さはわかるし、ちょっとでも役に立てればなって。かなりナーバスになるのはわかってるから。
KEN 輪入道のバトルは、どんな形であっても着地をハズさないのがすごいと思うんだ。ちゃんとアンサーにふさわしいラインや韻でしっかり落とすというのは、ダンジョンでもしっかり形になってたと思う。
輪入道 やっぱり、それだけはハズしちゃいけないと思うし、リスナーを意識すると自然にそうなるんですよね。
KEN その部分を考えてるんだ。
輪入道 「自分が楽しければいい」みたいな、自己満足で終わらそうとは思ってないんですよね。やるなら自分も楽しく、相手も楽しく、オーディエンスも楽しくしたいし、それを考えると自然にそういう流れになる。
サ上 すげえな。そういうシミュレーションもするの?
輪入道 一応は頭の中で「こういう言葉で落とせたらいいかもな」と考えはするんですけど、そこに無理に着地させようとは思わないですね。いいバトルになれば、自分がノってれば、もっといい韻や言葉が浮かぶこともあるし。あと着地をきっちり決めちゃうとフリースタイルにならないし、それまでのヴァースがもったいないし、何よりも自分が気持ち悪いから、結局想像するぐらいですね。逆にKENさんは最後を決めたりします?
KEN 俺もほぼ考えたことがない。基本は出たとこ勝負だし、うまく落ちなかったら……とりあえず声を大きくして、踏んでないけど踏んだっぽく見せるとか(笑)。
フリースタイルじゃなくても表現する方法はある
──「ダンジョン」で起こったフリースタイルブームを、渦中にいる2人はどのように感じていましたか?
輪入道 単純に知名度は上がったし、バトル経由でライブにも呼んでもらえる機会が増えたから、目指してる所への近道になったと思いますね。
サ上 俺も知名度が上がって、仕事も増えたけど、一方で「建設的」のような自分のイベントの集客につながらないジレンマがあったな。あと風俗のキャッチからめちゃくちゃ声かけられるようになった。
輪入道 僕も一緒ですね。キャッチがめちゃ声かけてくる。
──指標がキャッチだ(笑)。
輪入道 あと、中学生も番組を観てることがわかったのも大きかったですね。子供が観るってことがわかってから、バトルがやりやすくなったんですよ。
KEN それはなんで?
輪入道 大学生以上の大人しか観てない、キャッチしか観てないと思ってたときは(笑)、どうキャラを出したり、空気を作ればいいかにちょっと悩んでたんですよ。でも、そういう層だけじゃなくて、子供も観てることがわかって、あえて過激なことをやったりする必要はないし、自分のやりたいようにやればいいんだなって。そこでスランプからも抜けることができました。
KEN 子供が観てることがリミッターになってしまうことはなかったんだ。
輪入道 そうですね。「自分が小学生だったら、カッコいいと思うこと」をイメージすればいいんだなって。逆に言えば「ヒーローになればいいんだ」って、カッコつけきれるようになったんですよ。
KEN その発想は面白いね。
──ブーム以降、バトルへの感触は変わりましたか?
輪入道 簡単になったかもしれない。昔のほうがいろいろ考える必要があったけど、ブーム以降のほうがシンプルにわかりやすいものが求められるようになったし、そういう意味で簡単になったかなと。それが勝率とイコールではないんですけど。
サ上 あと、バトル力のほかにパフォーマンス力、ライブ力が問われるようになってるよね。大舞台では特に。
輪入道 最近はいわゆるバトルヘッズが少なくなって、分け隔てなくヒップホップを聴くリスナーが多いから、余計にそうかもしれないですね。
──MCバトルがネイティブな世代と戦うときに、組手の違いなどを感じることは?
輪入道 やっぱり若い子は単純にラップがうまいですよね。特に会場が大きくなったら、「うまくて聴きやすい」は重要な要素だと思うし、そういう相手と戦うのは、自分としてはワクワクしますね。相手がうまければうまいほど、「食らったままは負けたくねえ」と思うから、いい感じの相乗効果が生まれて、結果いいバトルになる手応えもある。
サ上 昔は生き様とかメッセージが評価軸としてあったと思うけど、今はもっと単純なラップのうまさが評価されるし、ウケやすくなってると思う。だからプロレスと総合格闘技の違いというか。俺はプロレスが好きだから、試合に至るまでの背景とか“技をどう受けて、どう返すか”みたいな部分も興味があるけど、今のバトルはもっと“一撃の勝負”みたいなクイックな感じかも。でも、その波もまた変わるかもしれないけどね。一撃必殺スタイルが飽和したら、掘ることの楽しさみたいな方向に回帰することもあるのかもしれない。あと、韻踏合組合がライブバトルの「ENTER LIVE BATTLE」を始めたり、DJにはサウンドクラッシュもあるし、MCバトル以外の戦い方はたくさんあるから、その中で自分の求める方向を選べるのはすごくいいよね。
KEN 「ラップスタア誕生」も人気だし、入り口が増えて、それを自分で選べるのは健康的だと思う。
サ上 フリースタイルじゃなくても表現する方法はあるからさ……それを言ったらこの企画が成り立たないけど(笑)。
“名脇役”を目指す輪入道、“すげー勝ちたい”サイプレス上野
──最後にお二人は今後どのようにMCバトルに関わっていきますか?
輪入道 個人的には“名脇役”ですかね。
──主役じゃなくて?
輪入道 どう注目されるかは自分が決めることではないんですけど、自分としては“周りを引き立てる役”が、自分のあるべき姿なのかなって。単純にそっちのほうが自分としても渋いと思うし。もう16年ぐらいバトルに出てると、「ここで自分が勝つべきなのか?」と感じるときもあるんですよね。もちろん、勝つ気ではいるんですけど、「俺が絶対にナンバーワンだ」みたいな我欲は薄れてきているし、負けるとしてもいい形で負けたり、相手のよさを引き出したり、主役にできるような“一番いい形の脇役”みたいなあり方も考えますね。特に若手に対しては。
KEN それはキャリアを経たから思うことだよね。10代から40代超えまでが同じ土俵で戦うような、こんなに年齢差のある競技ってほかにはないと思うし、その中でベテランになればなるほど、次の世代のことを考えるようになる気がする。20歳下の、これからスターになろうとしてるやつを、完膚なきまでに叩き潰す気にはなかなかならないもんね。
輪入道 相手をコテンパンに潰す、俺の強さを見せつけるみたいなモチベーションでバトルには出ないですよね、もはや。それよりも自分に声がかかるうちは、シーンの力になりたいというほうが大きい。「全然うまくバトルが運べないな」という時期はあるんですけど、それは年齢のせいではないと思うんで、まだ衰えは感じてないし、バトルを楽しめてるうちは、そういうスタンスでいようかなって。
──サ上さんはいかがでしょうか?
サ上 俺が地元で開催してるMCバトル「ENTA DA STAGE」は、2023年末に最大規模の大会を開いて……まあそれで大借金を背負ったんですけど(笑)。「自分は取りまとめをするようなキャラじゃねえんだけどな」とも正直思うし、でも俺は横浜にこだわってるし、横浜で誰もそういうイベントをやってくれねえなら自分でやるしかないなって。だからこそ横浜を代表するイベントにしたいと思ってるし、運営もするし、自分も出場して、全国から賛同してくれる仲間たちを集めて、年に一度の祭りにしたい。ただ、祭りだけど巨大化はしたくないかな。誰でもエントリーできるような野良犬の大会でありたいし、その面白さを「ENTA DA STAGE」に落とし込みたいね。
KEN ほかのバトルには出るの?
サ上 面白い大会があったら、声をかけてくれれば出たい。やっぱりバトルに出るのは面白いから。結局、俺がバトルに出るのはサ上とロ吉の活動の延長だし、これまでの活動の延長であって、「音楽を楽しみたい」「シーンを沸かせたい」っていうのがモチベーションなんだよね。ただ、俺はすげー勝ちたい(笑)。完全にベテラン枠に入ったから、そんな俺が勝ったらどうなるのかな、ということにも興味があるし。だからKENや輪入道にもスパーリングしてほしい。
輪入道 それはぜひとも!
サ上 RISANO(テレビ朝日系「フリースタイルティーチャー」でサイプレス上野が講師を務めた)とかドリーム(サイプレス上野主宰の自主制作レーベル・ドリーム開発)のキッズと一緒に練習すると、そこでヤバいラインが出てきてハッとすることがあるんだよね。自分の引き出しを増やすためにも、そういうことは必要なのかな……というのが、俺のアナザースカイ(笑)。
KEN なんかオチつけなきゃダメなの?(笑)
サイプレス上野(サイプレスウエノ)
サイプレス上野とロベルト吉野のマイクロフォン担当。通称・サ上。大型フェスやロックイベントへの出演、アイドルとの対バンなどジャンルレスな活動を展開。2020年にはサイプレス上野とロベルト吉野が結成20周年を迎え、同年7月に結成20周年コラボEP「サ上とロ吉と」をリリース。2022年には漢a.k.a GAMI、鎮座DOPENESS、TARO SOUL、KEN THE 390、tofubeats 、STUTSらが参加する7枚目のオリジナルフルアルバム「Shuttle Loop」をリリースした。2015年よりテレビ朝日系で放送開始されたMCバトル番組「フリースタイルダンジョン」では初代モンスター、2代目司会進行役を務めた。
サイプレス上野とロベルト吉野official website
輪入道(ワニュウドウ)
1990年、東京生まれ千葉育ち。2007年にラッパーとしての活動を開始。2013年に自らが主宰するレーベル・GARAGE MUSIC JAPANから1stアルバム「片割れ」をリリースした。フリースタイルを得意とし、数々のMCバトルで好成績を収める。「MC BATTLE THE罵倒」では2014年、2016年、2018年の3度優勝。テレビ朝日系「フリースタイルダンジョン」では2017年8月より2代目モンスターを務めた。2023年7月に5枚目のアルバム「朝が満ちる」をリリース。
KEN THE 390(ケンザサンキューマル)
ラッパー、音楽レーベル・DREAM BOY主宰。フリースタイルバトルで実績を重ねたのち、2006年、アルバム「プロローグ」にてデビュー。全国でのライブツアーから、タイ、ベトナム、ペルーなど、海外でのライブも精力的に行う。MCバトル番組「フリースタイルダンジョン」に審査員として出演。その的確な審査コメントが話題を呼んだ。近年は、テレビ番組やCMなどのへ出演、さまざまなアーティストへの楽曲提供、舞台の音楽監督、映像作品でのラップ監修、ボーイズグループのプロデュースなど、活動の幅を広げている。