細野晴臣が生み出してきた作品やリスナー遍歴を通じてそのキャリアを改めて掘り下げるべく、さまざまなジャンルについて探求する「細野ゼミ」。2020年10月の始動以来、「アンビエントミュージック」「映画音楽」「ロック」など全10コマにわたってさまざまな音楽を取り上げてきたが、細野の音楽観をより深く学ぶべく昨年から“補講”を開講している。
ゼミ生として参加するのは、氏を敬愛してやまない安部勇磨(never young beach)とハマ・オカモト(OKAMOTO'S)という同世代アーティスト2人だ。今回のテーマは「ハマ・オカモトが細野さんに聞きたい、あの曲のこと、この曲のこと」。前編ではYMO「Tong Poo」「TECHNOPOLIS」「Chinese Whispers」の3曲をピックアップし、各曲のベースプレイについて掘り下げていく。
取材・文 / 加藤一陽 題字 / 細野晴臣 イラスト / 死後くん
ハマ・オカモトが提唱する“細野的ベースライン”
──前々回、前回は安部さんが細野さんに尋ねたいことを掘り下げましたが、今回からはハマさんの回になります。
安部勇磨 前回、いろいろ聞けました。
ハマ・オカモト 僕は勇磨の回とは視点を変えて、ベースのフレーズに着目したいと思います。
細野晴臣 覚えているかな。
──ハマさんは、細野さんがベースを弾いている曲をいくつかセレクトしてきてくださいましたね。それを聴きながら進めていくという感じで。
ハマ ベースも持ってきたんですよ。お孫さんの(細野)悠太くん(Chappo、CHO CO PA CO CHO CO QUIN QUIN)にアンプをお借りしたので、実際に弾きながらお話ししたいなと。まずは、4月に出たYMOのライブ音源のボックスセット「YMO 1979 TRANS ATLANTIC TOUR LIVE ANTHOLOGY」から。僕、ずっと思ってることがありまして。このCDにも収録されている1979年のTHE GREEK THEATRE公演の「Tong Poo」、あの時代のどのライブよりもベースラインが冴え冴えなんです。すごいんですよ。やってることがいつもと全然違う。聴いてみましょう。(1分ほどで止めて)このあたりの時代、ほかのライブだと細野さんはこの部分はほぼオクターブ(ルート音とそのオクターブ上の音を交互に弾く奏法)で弾いてる。それが、この公演だけかなり細かくベースが動くんですよ!
細野 そうなの?(笑)
ハマ そうなんです! いつもは(オクターブ奏法のみで弾きながら)こういう感じで。でもこの日は、(オクターブ奏法に細かいフレージングを混ぜて弾きながら)ずっとこうやってるんですよね。2番も。僕、コロナ中に家でこのバージョンのベースをめちゃくちゃ練習したんです。映像も残っているので、確認しながら。それでね、勇磨さん。
安部 はい?(笑)
ハマ これがツーフィンガー……要は人差し指と中指で弾いていたら、こうして細かいノリが出るのはわかる。でも、そうじゃないんですよ。細野さんはこれを親指でやる。細野さんのベーシストとしての1つのポイントは、この親指弾き。
安部 あー、細野さんは親指で弾いているよね。
細野 親指弾き、こんなに前からやっていたかな? そうか。
ハマ こんなに速いノリでも親指で弾く。加えて音の短さと長さの緩急、そしてゴーストノートと言われる休符ですよね。“鳴ってない音”をどれくらい入れるか。それが今日の大テーマ。“細野的ベースライン”の肝だと思うんですけど。
細野 初めて聞いたよ(笑)。
ハマ 細野さんは、このライブの日は「違うことをやろう」と思ったんですか?
細野 全然考えてないと思うね。
安部 このときのテンションで?
細野 うん。
ハマ そのときのテンションで普段と違うことをやること自体は、同じミュージシャンとしてわからなくもない。でも、それにしても、この日は「とってもいいことがあったのかな?」っていうくらいで(笑)。あと、かなり意識的に弾かないとできないような、あまりに大胆なアレンジなんです。渡辺香津美さんのギターソロのとき細野さんはコードを追うんですけど、このときもずーっと(弾きながら)こうやって跳ねた感じで弾いていて。これがね!
安部 ハッてなるよね。
細野 1979年ということは、まだ僕は“ベーシスト”なんだよね。ベーシストとしてのアイデンティティがまだ崩れてない頃の最後の時期で、ティン・パン・アレーで演奏していたようなノリだったんだと思う。そこから先はシンセベースのほうにいっちゃうから、修飾的にときどき使うくらいになっちゃったんだ。
細野晴臣、YMOのライブ音源と向き合う
ハマ こうして解剖していくと、YMOの曲って機械的なノリと肉体的なノリが、メンバー全員のバランスでうまいこと成り立ってるのがよくわかる。
細野 特にメンバー同士でそんな話はしたこともないけどね。
安部 お互いに「ここをこうしよう」みたいなやりとりもなく?
細野 ないない。ドンカマを先に録っちゃって、(高橋)幸宏がドラムを入れるんだ。それを、「すげえな」って思いながらみんなで見てる。幸宏はドンカマとすごく相性がいい。その頃の多くのドラマーは、ドンカマにピタッと合わせるのが苦痛という人が多かったんだよ。でも幸宏は、喜んでやるわけ(笑)。それを見ているだけで、「こうしよう、ああしよう」とかはない。その場で全部が進んでいく。ベースもそうだった。みんなただ聴いているだけで。
ハマ 時代的に、ほかの人に比べて幸宏さんはドラマーとしては特殊というか。ドンカマに対して楽しんで合わせていける。とはいえライブに関しては、人間が演奏しているから、やっぱり“プレイヤー”の部分が出るじゃないですか。でも幸宏さんは本当に的確。しかも、ハット1発で一気に人間的になったりするし、それからまた機械的に戻ったりする。その中で細野さんの休符の入れ方だったり、ほかのメンバーの方の演奏だったりは、ロックっぽいというかバンドっぽい。YMOの作品は、音源のレコーディング芸術とライブのバンドっぽい魅力が別の軸としてありますよね。
細野 そうだね。本当にバンドっぽい。今回のライブ音源をいろいろ聴いて思ったよ。「あ、すげえロックバンドだ」って。しかし、なんだか初めて聴いたような気がするんだよね。YMOのライブ音源。ちゃんと聴いたことがなかった(笑)。
ハマ 「YMO 1979 TRANS ATLANTIC TOUR LIVE ANTHOLOGY」は細野さんが選曲したりも?
細野 選曲はすでにしてあったけど、何しろ生き残りなんで責任があるし、チェックはしたよ。サウンド的にはGOH HOTODAくんが素晴らしいんで、安心して任せられたね。
安部 ベースに話を戻すと、このときの親指でのプレイはそういう気分だったっていうこと?
細野 いや、いつから親指で弾くようになったのかは覚えてないんだけど、ある時期まではずっと2本指で弾いていたんだよ。それから親指で弾くようになったんだ。
ハマ はっぴいえんどの頃、ツーフィンガーをやっている写真も多く残っていますよね。
細野 僕はスタジオだけで弾いていたから、家にベースを持って帰ったことがないわけ。でもある日、1日だけなんだけど、ベースを持って帰って練習したんだ。なぜかと言うと、チャック・レイニーみたいな16ビートの速弾きができなくて。本人が弾いているところは見たことがないから音だけ聴いて研究しながらやってみたら、親指と人差し指でしかできなかった。でも、これで16ビートができるなと。そのときに親指って大事だと思った。
ハマ その練習日が、親指で弾くようになるターニングポイント(笑)。
細野 でもやっぱり、THE GREEK THEATREは移行期だよね。2回目のライブだから。
「ちょっとは考えるよ」
ハマ 今回、いろいろ聞けてうれしいな(笑)。次は「TECHNOPOLIS」です。
ハマ シンセベースの曲ですが、曲を通して生のプル(人差し指などで弦を引っ張って音を出す奏法。スラップ奏法の一部)が差し込まれるじゃないですか。シンベの中でプルだけが生のベース……なぜこれをやろうと思ったのか。初めて聴いたのが高校生の頃だったと思うんですけど、「なんで!?」と思った。
安部 わかる(笑)。
細野 なんでだったかな。うーん……誰かに「ベースを付け加えて」と言われたのかもしれないよ。
ハマ この閃ききがね、ものすごくカッコいい。っていうのと、細野さんはスラップはやらないじゃないですか。でも意外とプルは多い。装飾として入れるのが好きなんだろうなと。僕は細野さんのプルに影響を受けていて、自分のバンドの曲にも入れることが多いです。
細野 「TECHNOPOLIS」は古典的な作りなんだ。「歌謡曲みたいな曲を作ろう」って話からできた曲で。シンセベースも「♪ウッダ、ウッダ、ウッダ」って非常にシンプルじゃない? ちょっと寂しいんだよね。それでプルを入れたんじゃないかな。
安部 自分だったら、あのフレーズを思いついても、常識だったり曲の流れとかだったりを気にして「どうなんだろう」とか考えちゃう。細野さんはそういうとき、「面白そうだからそれでいいじゃん」ってなるんですかね?
ハマ 何も考えてない人みたいに(笑)。
細野 ちょっとは考えるよ(笑)。
安部 「これはちょっと違うな」ってときもありますか?
細野 それはあるよ。そういうときはパッとやめる。そんなに判断に時間はかからない。
「ベースって、考えたら弾けないんだよ」
ハマ ご本人の前で言うのもアレだけど、センス抜群ですよ。続いてはYMOの「サーヴィス」から、幸宏さん曲の「Chinese Whispers」。ベースがとんでもないんですよ。僕、昨日やってみたらコピーできなかったんです。
細野 ひさしぶりに聴くから、覚えてないなあ。
安部 (聴きながら)うおー! カッコいい!
ハマ 何これ!
細野 これはツーフィンガーで弾いてるね。
ハマ 全体的に細野さんの特長が出ている曲。細野さんのフレーズって、“1つのフレーズの、どこまでを1と捉えているのか”がたまにわからないことがあるんです。
細野 どういうこと?
ハマ 思ってもないところでフレーズが止まったりするから、「2小節くらいを1つのフレーズとして捉えているのかな?」と思うときもあって。この曲のAメロとかもそうなんですよ。
安部 わかる。そういうところ、聞いてほしかった。
細野 意識はしてないね。体質だよ、これ(笑)。
安部 えー!
ハマ 体質! 普通のプレイヤーがやるとノリが止まっちゃったり、聴いている人に「ワンテイクで録っていて、あそこはちょっと迷っちゃったけどノリがいいから採用したのかな」みたいに思われたりする。それはそれでいいんだけど、細野さんの場合は全然そう聞こえないんですよ。「おっ?」と思ったこっちが間違いというか(笑)。
安部 そうそう。違和感なく、違和感があることを普通にやっている感じ。正攻法的には変なことしているはずなのに、みたいな。
細野 たぶん、体質。
ハマ “体質”、今度から使おう(笑)。
細野 1曲通して録音するときは、「間違えたから、ちょっとそこだけダビングしよう」とかはあまりなかったよ。やり直しはしない。
ハマ 細野さんの曲をいろいろ聴いていて、間違えたところだけ直すとか、そういうことをしてきたわけではないというのはわかる。「何回もやって」とか「ものすごい考えて」みたいなフレーズ、特に1970年代のプレイにおいてはないと思う。
細野 ないない。ベースって、考えたら弾けないんだよ。
安部・ハマ うわああ!!!!
ハマ その言葉だけで1ページ使っていいくらいですね。
細野 だって、曲はどんどん進んでいくんだから。
安部 僕はてっきり、「これだと普通だから、わざと外してみよう」と考えているのかと思ったんですよ。
ハマ そのいやらしさはないですよね。そうすると、いやらしく感じるときがあるんだよ。アレンジになっちゃうから。でも、それにしても「Chinese Whispers」の集中力は異常ですよ、細野さん。あの演奏を4分もやるんですから。
細野 今聴いたら、自分でもそう思った。こんなの今は弾けないよ。
安部 ハマくんでも難しい?
ハマ ツーフィンガーだとしても、プルを入れるタイミングとかが意味がわからない。自分の中にないタイミング。
安部 体質だ!
ハマ そう、体質が違うから! これはかなり“細野体質”が出ていますね。そして細野さんのベース演奏の中でもかなりテクニカル。ほかの曲と比べても、際立って違うものを感じますね。
細野 この頃も、まだベーシストだったんだよね。ベーシストってやっぱりピークがあったりするわけだよ。今は指が動かないからこんなの弾けないけど、当時は一番指が動いた頃。
ハマ とまあ、今回の補講はこんな調子ですが、まだお付き合いいただけますでしょうか。
細野 もちろんだよ(笑)。
<後編に続く>
プロフィール
細野晴臣
1947年生まれ、東京出身の音楽家。エイプリル・フールのベーシストとしてデビューし、1970年に大瀧詠一、松本隆、鈴木茂とはっぴいえんどを結成する。1973年よりソロ活動を開始。同時に林立夫、松任谷正隆らとティン・パン・アレーを始動させ、荒井由実などさまざまなアーティストのプロデュースも行う。1978年に高橋幸宏、坂本龍一とYellow Magic Orchestra(YMO)を結成した一方、松田聖子、山下久美子らへの楽曲提供も数多く、プロデューサー / レーベル主宰者としても活躍する。YMO“散開”後は、ワールドミュージック、アンビエントミュージックを探求しつつ、作曲・プロデュースなど多岐にわたり活動。2018年には是枝裕和監督の映画「万引き家族」の劇伴を手がけ、同作で「第42回日本アカデミー賞」最優秀音楽賞を受賞した。2019年3月に1stソロアルバム「HOSONO HOUSE」を自ら再構築したアルバム「HOCHONO HOUSE」を発表。この年、音楽活動50周年を迎えた。2021年7月に、高橋幸宏とのエレクトロニカユニット・SKETCH SHOWのアルバム「audio sponge」「tronika」「LOOPHOLE」の12inchアナログをリリース。2023年5月に1stソロアルバム「HOSONO HOUSE」が発売50周年を迎え、アナログ盤が再発された。2024年より活動55周年プロジェクトを展開中。
安部勇磨
1990年東京生まれ。2014年に結成されたnever young beachのボーカリスト兼ギタリスト。2015年5月に1stアルバム「YASHINOKI HOUSE」を発表し、7月には「FUJI ROCK FESTIVAL '15」に初出演。2016年に2ndアルバム「fam fam」をリリースし、各地のフェスやライブイベントに参加した。2017年にSPEEDSTAR RECORDSよりメジャーデビューアルバム「A GOOD TIME」を発表。日本のみならず、アジア圏内でライブ活動も行い、海外での活動の場を広げている。2021年6月に自身初となるソロアルバム「Fantasia」を自主レーベル・Thaian Recordsより発表。2024年11月に2ndソロアルバム「Hotel New Yuma」をリリースし、初の北米ツアーを行った。never young beachとしては2025年12月8日に初の東京・日本武道館公演を行う。
ハマ・オカモト
1991年東京生まれ。ロックバンドOKAMOTO'Sのベーシスト。中学生の頃にバンド活動を開始し、同級生とともにOKAMOTO'Sを結成。2010年5月に1stアルバム「10'S」を発表する。デビュー当時より国内外で精力的にライブ活動を展開しており、2023年1月にメンバーコラボレーションをテーマにしたアルバム「Flowers」を発表。2025年2月に10枚目のアルバム「4EVER」をリリースした。またベーシストとしてさまざまなミュージシャンのサポートをすることも多く、2020年5月にはムック本「BASS MAGAZINE SPECIAL FEATURE SERIES『2009-2019“ハマ・オカモト”とはなんだったのか?』」を上梓した。
