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西寺郷太のPOP FOCUS 第9回 嵐「A・RA・SHI」

4年以上前2020年07月09日 11:04

西寺郷太が日本のポピュラーミュージックの名曲を毎回1曲選び、アーティスト目線でソングライティングやアレンジについて解説するこの連載。NONA REEVESのフロントマンであり、音楽プロデューサーとしても活躍しながら、80年代音楽の伝承者としてさまざまなメディアに出演する西寺が、私論も交えつつ愛するポップソングについて語っていく。

第9回では嵐のデビュー曲「A・RA・SHI」の魅力を掘り下げると共に、ジャニーズ事務所のタレントの中でも一目置かれているという大野智のパフォーマンス力について、西寺が独自の視点で分析する。

文 / 西寺郷太(NONA REEVES) イラスト / しまおまほ

ヒット曲を連発する先輩、大旋風を巻き起こす後輩

2020年の今、嵐が日本を代表するアイドルグループであることを否定する人はいないでしょう。ただ、嵐が彼ら自身の物語を振り返る際、デビューしてしばらくの間、順風満帆というわけではなかったことが必ず語られます。その理由は明白で、“嵐の時代”は、ジャニーズ事務所に所属するデビュー組の数がそれまで前例のないレベルで、嵐より上の世代も下の世代も百花繚乱、充実していたからではないでしょうか。

これはジャニーズに限らない世界的な話ですが、それまでのいわゆる複数の少年たちが組んだアイドルグループ、ボーイバンドのスタイルで一世を風靡したユニットは20代前半までを人気の頂点とし、ファンが年齢を重ねると共に解散の道を選ぶのが普通でした。もちろんテレビから本格的ミュージカルに活躍の軸足を移した少年隊のような例外を除きますが……。しかし、1991年9月にデビューしたSMAPがその歴史を塗り変えたんです。彼ら以降、1994年のTOKIO、1995年のV6、そして1997年のKinKi Kidsと、嵐がデビューした1999年には、脂の乗り切った先輩グループがバラエティでの大活躍も含めて凌ぎを削り、ブラウン管の中でヒット曲を連発。その勢いは衰えるどころか増す一方だったのです。

それだけでなく、「8時だJ」で人気を博し、「ジャニーズJr.黄金期」などとも呼ばれた嵐と同世代の仲間たちや後輩の台頭も続きました。タッキー&翼(2002年)、NEWS(2003年)、関ジャニ∞(2004年)、特に全員が成人したあと、満を持してのデビュー大旋風を巻き起こした不敵なイメージのKAT-TUN(2006年)の登場には、新時代の到来を感じました。そんなある種の“逆風”の中で、5人が国民的ポップグループにまで上り詰めた理由を、音楽家である僕なりに探っていきたいと思います。

ノーナのラジオで猛プッシュ

1999年11月にリリースされた嵐のデビューシングル「A・RA・SHI」が発売当初からとにかく好きで。当時、僕のバンド、NONA REEVESが文化放送でMCを担当していたラジオ番組「LIPS PARTY 21.jp」で猛プッシュしてかけまくっていたことを思い出します。まだ、ミュージシャンがジャニーズソングを好きだと公言するのが珍しい時代でした。僕はもともとジャニーズのグループのデビュー曲を研究するのが大好きなんですが、それまでの先輩グループのデビュー曲とはまったく違う「A・RA・SHI」の曲調に衝撃を受けたんです。いくつかの曲を切り貼りしてコラージュしたような複雑な作りが面白くて、舞台のために作るメドレーの発想に近いというか。僕がそのとき何度もアピールしたのは「この曲はプリンスにおける『Batdance』なんだ」と。「Batdance」は、1989年にプリンスが放った全米ナンバー1獲得曲で、映画「バットマン」のサウンドトラックからのシングルカットです。映画に登場するセリフをサンプリングし、別々のテンポの数曲を組み合わせて1曲にまとめた予測不能のかなり“変態的”な楽曲なんですが。テーマに出てくる「バットマーン!」という超キャッチーなコーラスと、プリンスの小気味のいいギターカッティングが最高なんで世界的に大ヒットしたんです。「タモリ倶楽部」でタモリさんと安斎肇さんが担当するコーナー「空耳アワー」のファン的には、5分10秒過ぎに連呼される「農協牛乳!」でよく知られていますよね。

3つ以上のテンポが混在するトリッキーさ

デビュー曲「A・RA・SHI」には、異なる3つのテンポが混在しています。僕の感覚で言えば、世の中で愛されている98%くらいの楽曲はイントロからエンディングまでのテンポは一定。あるとしても最初はバラードで、元気になってテンポアップしてスタートというアレンジが多いんです。中居正広さんのソロから始まるSMAPの「君色思い」みたいなパターンですね。3つ以上のテンポが混在するとなるとQUEENの「ボヘミアン・ラプソディ」のような組曲っぽい作りになって、そもそもかなりトリッキーなんですよね。細かく分析していきましょう。まずスタートから1分40秒までは、BPM118。“BPM”というのは“Beats Per Miniute”の頭文字、つまり1分間を118回に分割したテンポで進む、ディスコ的な心地よく軽快に乗れるビートです。この曲、いわゆる通常のAメロに当たる部分が櫻井翔さんが担当するラップで展開されていて、1番Aメロ(ラップ)からいきなり「You are my SOUL! SOUL!」の1番サビに突入。Bメロに相当する場所はありません。そしてすぐさまラップで2番A。次にサビかと思いきや、いきなり大野智さんがソロで歌う「Step by step」部分へ。これは構造上Bメロにも思えるし、ブリッジ(大サビ)とも捉えられる不思議なパートで、「え?」というタイミングでの転調から考えて僕はもともと別の曲だったんじゃないかな?と予想してます。この伸びやかな新しいメロディにつながるまでわずか1分しか経っていない急展開(笑)。その後「You are my SOUL! SOUL!」の2番サビに戻り一旦安心させ、1分40秒でブレイクしてヘビーなギターソロパートへ。ここでテンポが突然BPM126まで上がり、さっきまで小刻みに時間を使っていたのが嘘のように長めの間奏が繰り広げられます。このあたりの間奏ゆえの盛り上がりは連載第4回で取り上げたSnow Manの「D.D.」にも踏襲されているジャニーズの伝統ですね。しばらくしてラップが復帰、テンポは上がったままブリッジ(Bメロ?)の大野さんのソロパート「Step by step」。3、4回目のサビを繰り返す間にまたラップが重なってくる。盛り上がり切った3分40秒でテンポがいきなりBPM85までガクンとダウン。5回目となる「You are my SOUL! SOUL!」の唐突なソウルバラードアレンジセクションは、これまた大野さんの独壇場。ソロボーカルとハーモニーで大団円を迎えるわけです。

大野智をマネしなさい

「A・RA・SHI」で何よりも特徴的だったのは、やはりこの楽曲のエンディングと2度の転調大サビ(「Step by step~」)で展開される大野さんのソロパートでした。「こんなに歌のうまい人はいない」というのが大野さんに対する最初の印象で……。僕がそれまで特に好きだったジャニーズのシンガーは錦織一清さんと、1996年にSMAPを脱退した森且行さんでした。これはあくまで個人の趣味ですが、リズムの中のここしかないという一瞬の隙間、あるべき絶妙な“ポケット”に素直に乗っかって抗わずに歌える人が好きなんです。1994年発表の「がんばりましょう」の冒頭で森さんが「かっこいいゴールなんてさ」と歌い出すんですけど、ビートとコードに乗せていくボーカルの柔軟性が素晴らしくて。あと僕は「自分がうまい」と自覚しながらも、それを必要以上に打ち出してこない謙虚なボーカリストが好きなんですよね。そういう人ってうまさをアピールしないから気が付かない人も多い。欲がないと言えばそれまでですが、うまい人ほど自分の歌唱に酔ってしまうことが多い中で、大野さんのボーカルに感じたのは、驚くほどの客観性とグルーヴを包み込む“究極のリズム感”でした。

僕はNetflixで配信されている嵐のドキュメンタリー「ARASHI's Diary -Voyage-」を毎回観ているんですが、その中で印象的だったのが、櫻井翔さんが合宿所時代のレッスンでジャニー喜多川さんに「彼(大野)の後ろで踊ってマネしなさい」と言われたエピソード。カルガモが最初に見た動くものを親と認識する習性と一緒で、他の4人の基準は大野さんなんじゃないかな、と改めて思ったんですよね。だからこそ「彼のマネをしなさい」とジャニーさんはおっしゃった。その話を改めて櫻井さんが話されたことからも、「歌と踊りは大野智を信じよう」というのがメンバー間での総意だったんじゃないかなと。僕は、嵐が国民的なボーカルグループになった理由は、魅力的な4人が少なくとも音楽面に関しては大野さんを軸に置き、年長でもある彼をリスペクトし、いい意味でマネをしながら成長したということに尽きるんじゃないかと思ってるんです。

最初のシングルで摩訶不思議コラージュポップ、急激なテンポチェンジを経てバラードで終わる構成は、その後のNEWSのデビュー曲「NEWSニッポン」も同じ。ジャニー社長も「このパターンはいける!」と思われたんでしょうか。錦織一清さんの話によると、ジャニーさんは「2番のAメロ、Bメロ」が戻ってくるのが嫌いで「同じパートがもう1回くるのはなんで? パッパッと切ってつなげちゃおう」みたいなことを舞台演出の際によく言われた、と。その意味で「A・RA・SHI」のようにラップありバラードあり、聴いていて飽きさせないジェットコースターのような作りは、ジャニーさんならではの感覚だと思います。ちなみに作詞を手がけているJ&Tはシンガーソングライターの菊池常利さん、Sexy Zoneの菊池風磨さんのお父さんだそうですね。風磨さんがオーディションに受かり入所したあと、父親のことを黙っていたらジャニーさんから叱責された、というのはよく知られるエピソードですが。

嵐の曲が愛される理由

今にして思うと「なぜ嵐5人のボーカルがこれほどまでに愛され続けるのか」という謎に対する答えは、先ほど指摘した「大野智を中心にした圧倒的ユニゾンのふくよかさ、彼ら全員の信頼関係」に尽きるのではないかと思います。メンバーが互いの才能を信じている、同じ方向を向いている。特にすごい魅力を持つパーソナリティが集まり栄華を極めたグループであればあるほど難しい“協力”を彼らはここまで続けられた。もちろん、近年の「Reborn」シリーズでのトライは現状のシーンに対応したまったく別のベクトルなので、それについてはまた次回に触れたいですが。

僕は2001年に少年隊の舞台「MUSICAL PLAYZONE 2001 “新世紀" EMOTION」のテーマ曲「プリマヴェラ~灼熱の女神~」を作詞させてもらったんですけど、そのステージに若者役としてトリプルキャストで松岡昌宏さん、井ノ原快彦くん、そして大野さんも出演していて。僕が作った曲で彼らが踊ってくれたのは心から光栄でした。櫻井さんとは2002年頃、一度だけお会いしたことがあって。日本語ラップを好きな彼らしく YOU THE ROCK★さんと僕らNONA REEVESがタッグを組んだ「DJ!DJ!~とどかぬ想い~」を聴いてくれていたのはうれしかったですね。

西寺郷太(ニシデラゴウタ)

1973年生まれ、NONA REEVESのボーカリストとして活躍する一方、他アーティストのプロデュースや楽曲提供も多数行っている。7月22日には2ndソロアルバム「Funkvision」をリリースする。文筆家としても活躍し、著書は「新しい『マイケル・ジャクソン』の教科書」「ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い」「プリンス論」「伝わるノートマジック」「始めるノートメソッド」など。近年では1980年代音楽の伝承者としてテレビやラジオ番組などさまざまなメディアに出演している。

しまおまほ

1978年東京生まれの作家、イラストレーター。多摩美術大学在学中の1997年にマンガ「女子高生ゴリコ」で作家デビューを果たす。以降「タビリオン」「ぼんやり小町」「しまおまほのひとりオリーブ調査隊」「まほちゃんの家」「漫画真帆ちゃん」「ガールフレンド」「スーベニア」といった著作を発表。イベントやラジオ番組にも多数出演している。父は写真家の島尾伸三、母は写真家の潮田登久子、祖父は小説家の島尾敏雄。

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