小坂忠のメモリアルコンサート「THE LAST SESSION~with Chu's Friends」が7月7日に東京・恵比寿ザ・ガーデンホールで開催された。日本を代表するソウル / ゴスペルシンガーとして活躍し、昨年4月に全身がんによる肝不全で亡くなった小坂。彼が残した「ありがとう」「HORO」「People」「Connected」といったアルバムはジャパニーズR&Bの名作として、時代を超えて高く評価され続けている。メモリアルコンサートには小坂と彼の音楽をこよなく愛する多くのアーティストが参加。小坂の楽曲をそれぞれのアプローチで歌い演奏し、最大限のリスペクトを捧げた。
開演前のロビーでは“WELCOME パフォーマンス”と称して、バンバンバザールと佐藤克彦が陽気な演奏で来場者を出迎える。またロビー後方には、小坂愛用のギターや衣装、写真などが展示されており、来場者たちは貴重な品々を興味深そうに観賞していた。
開演時刻になると、坂崎幸之助(THE ALFEE)と大野真澄がアコースティックギターを手にしてステージに登場。2人は軽妙なトークで会場を温めると、この日のオープニングナンバー「みちくさ」を弾き語りで演奏した。続けてステージに呼び込まれたのは、70年代に小坂のバックを務めていた、後藤次利(B)、駒沢裕城(Pedal Steel)、林立夫(Dr)、松任谷正隆(Key)からなる伝説的なバンド、フォージョーハーフ。前半のパートではフォージョーハーフに、この日の音楽監督である佐橋佳幸(G)とDr.KyOn(Key)を加えたスペシャルバンドによる演奏のもとステージが展開されていった。
大野と坂崎がボーカルを取る「好きなんだから」、坂崎のソロ歌唱による「どろんこ祭り」が届けられたのちステージに登場したのは鈴木慶一(ムーンライダーズ)。ムーンライダーズの前身バンド・はちみつぱい時代から、フォージョーハーフと交流があったものの、共に演奏するのはこの日が初めてだという鈴木は「初めて一緒にやれる」と、うれしそうな様子。鈴木は「機関車」をゆったり力強く歌い上げると、「また会いたいな!」と小坂に惜別の言葉を残してステージを後にした。続く「からす」では松任谷が鍵盤を演奏しながらボーカルを担当。ひさびさながらも息の合ったバンドの演奏に乗せて、端正な歌声を聞かせる。本公演に先駆けて、フォージョーハーフとして4人が演奏するのはこれが最後であるという旨がアナウンスされていたが、松任谷がメンバーに向けて「また一緒にやりたい感じしない?」と呼びかけると会場から盛大な拍手が沸き起こった。前半のラストに届けられたのは大野、坂崎、鈴木がボーカリストで参加した「ありがとう」。バンドが繰り出す滋味豊かなサウンドとともに3人の穏やかな歌声が会場に響きわたった。なお前半パートのMCではフォージョーハーフのメンバーが、若かりし日に小坂と過ごした埼玉・狭山市の米軍ハウスでの日々を振り返るなど貴重なエピソードを披露し、来場者を楽しませた。
ステージ転換時には小坂の妻・高叡華さんがステージに登壇し、ゆかりのアーティストから寄せられた手紙を朗読。佐藤奈々子、久米大作、久米小百合(久保田早紀)、松たか子、矢野顕子、鈴木茂、細野晴臣から寄せられた手紙を次々と読み上げていった。最後に読み上げられたのは、この日の午前に亡くなったPANTAの手紙。闘病を続けながらアルバムを制作していたPANTAからの「アルバムが完成した折には、ぜひ天国の忠さんに届けたいものです」という結びの言葉に続けて、高さんが「今、2人は会ってるかなと思います」と穏やかに語ると、場内は温かな拍手で包まれた。
ライブ後半では、佐橋佳幸(G)、小原礼(B)、屋敷豪太(Dr)、Dr.kyOn(Key)、斎藤有太(Key)、西海孝(Cho)、Lauren(Cho)、そして小坂の娘であるAsiah(Cho)と孫のRaine(Cho)からなるThe Last Bandがバックバンドを担当。まずは西海、Lauren、Asiah、Raineによるコーラス隊がアカペラで「I Love People~夢を聞かせて」を披露し、美しいハーモニーを場内に響かせる。続けてステージに登場したのは高野寛。高野は、自らが歌詞を提供した楽曲「everyday angel」をスタイリッシュかつ艶やかに歌い上げた。金子マリがチョイスしたのは「Hot or Cold」。バンドが繰り出すヘビーなファンクサウンドに乗せ、金子は持ち前のパワフルな歌声で観客を圧倒した。尾崎亜美が心地よさそうに体を揺らしながら「ボン・ボヤージ波止場」を歌い場内にハッピーなムードを作り上げたのち、ステージに登場したのはさかいゆう。晩年の小坂にかわいがられていたという彼は、張りのある歌声で「風来坊」を歌唱。凄腕ぞろいのミュージシャンによるバックアップに興奮を隠しきれない様子のさかいは、続けて、あふれ出す昂揚感をそのままに「しらけちまうぜ」をテンション高く歌い上げた。洋楽しか聴かなかった頑固な10代の終わり頃に、小坂の歌を聴いて衝撃を受けたという中納良恵(EGO-WRAPPIN')はミディアムチューン「つるべ糸」を情感たっぷりに歌唱。この選曲は高さん直々によるものだという。続くゲストは田島貴男(Original Love)。ギターのセッティングを終えた田島は威風堂々とした佇まいで「ほうろう」を熱唱。存在感たっぷりのソウルフルな歌声で会場の空気を震わせる。本編最後の「ゆうがたラブ」では、さかい、中納、田島が順繰りにボーカルを担当。それぞれの歌声を通じて互いのソウルをぶつけ合った。
アンコールではスペシャルゲストとして佐野元春が登場。佐野はデビュー前に小坂と出会った頃のことや、自らのアルバム「Cafe Bohemia」のトリビュートライブに小坂が参加してくれたことをしみじみ振り返ると、「ふたりの理由、その後」を歌唱。自らが小坂に提供したミドルバラードを噛みしめるようにして歌った。ライブの最後を飾ったのは小坂の娘・Asiah。彼女は父の死後に佐橋と共作したという楽曲「Just Like You」を凛とした佇まいでまっすぐ歌い上げてメモリーライブの幕を下ろした。
終演後にはステージ後方のスクリーンに在りし日の小坂の姿が映し出された。はっぴいえんど結成前の細野晴臣や松本隆と組んでいたロックバンド、エイプリル・フール時代から、ソロシンガーとして精力的に活動していた20代、約25年間クリスチャンミュージック改革に集中していたための活動休止期間を経て2001年にシンガーとして本格復活した50代、そして闘病生活を送りながら歌い続けた晩年の姿に至るまで。シンガー小坂忠の人生が、彼の歌う「機関車」をBGMにスクリーンにゆっくりと投影されていく。楽曲がフィナーレに差しかかり、最後にスクリーンに映し出されたのは、若かりし日の小坂&高さん夫婦の仲睦まじいツーショット写真。2人の穏やかな笑顔が来場者たちを優しく送り出していた。
「THE LAST SESSION~with Chu's Friends」2023年7月7日 恵比寿ザ・ガーデンホール セットリスト
01. みちくさ / 大野真澄&坂崎幸之助
02. 好きなんだから / 大野真澄&坂崎幸之助
03. どろんこ祭り / 坂崎幸之助
04. 機関車 / 鈴木慶一、坂崎幸之助
05. からす / 松任谷正隆
06. ありがとう / 坂崎幸之助、大野真澄、鈴木慶一
07. I Love People~夢を聞かせて / 西海孝、Lauren、Asiah、Raine
08. everyday angel / 高野寛
09. Hot or Cold / 金子マリ&高野寛
10. ボン・ボヤージ波止場 / 尾崎亜美
11. 風来坊 / さかいゆう
12. しらけちまうぜ / さかいゆう
13. つるべ糸 / 中納良恵(EGO-WRAPPIN’)
14. ほうろう / 田島貴男
15. ゆうがたラブ / 田島貴男
<アンコール>
16. ふたりの理由、その後 / 佐野元春
17. Just Like You / Asiah
※「Cafe Bohemia」の1つ目の「e」はアキュートアクセント付き。