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パンチライン・オブ・ザ・イヤー2023(後編:ヒップホップと日本の貧困、ラッパーのライブとフェス事情など)

パンチライン・オブ・ザ・イヤー
9か月前2024年02月29日 3:04

「2023年もっともパンチラインだったリリックは何か?」をテーマに、Isaac Y. Takeu、二木信、MINORI、渡辺志保という4人の有識者たちが日本語ラップについて語り合う企画「パンチライン・オブ・ザ・イヤー2023」。前編の記事では大ヒットした「Bad Bitch 美学 Remix」や、Elle Teresa、7、MAX、MARIAといったフィメールラッパーたちの楽曲について意見を交わしたが、後編ではパンチラインに関するトークにとどまらず、2023年の日本のヒップホップシーンについて総括する。

2023年の一番のパンチラインは何に決まるのか。最後までお見逃しなく。

取材・文 / 宮崎敬太 題字 / SITE(Ghetto Hollywood)

最初から最後まで全曲大合唱だった「POP YOURS」でのguca owl

──ヒップホップではよく「リアル」という言葉が使われますが、それはバイオレンスを許容しているわけではないんですよね。ヒップホップにもルールがある。だからみんなヒップホップをゲームと表現をする。争うならクリエイティビティやスキルで、暴力はNG。じゃないとヒップホップである意味がない。その意味で次の話題は、志保さんとIsaacさんがノミネートしたguca owlの「DIFFICULT」が最適かなと思います。

Isaac Y. Takeu guca owlはラップを始めた理由が面白いんですよ。

渡辺志保 自分からWikipediaでヒップホップについて調べて「持たざるもののための音楽だ」みたいなことが書いてあるのを読んでからラップを始めたと伺いました。ラップが好きで始めたんじゃなくて、表現したいことがあってラップを始めている。私が選んだのは「成り上がるのに必要なのは / 魅力と実力と少しのメディア / レーベル、客演、フェス、案件 / ワクワクしなきゃだれだってやんねえ」です。

──「DIFFICULT」は2022年10月が初出ですが、2023年4月に発表されたアルバム「ROBIN HOOD STREET」の収録曲として今回ノミネートされています。

渡辺 私は「POP YOURS」に出たguca owlのステージがものすごく印象的だったんですよ。「ROBIN HOOD STREET」が出てそんなに経ってない時期なのに、最初から最後まで全曲が大合唱で。去年の「POP YOURS」は本人的にも満を持して、というタイミングでのステージになったんじゃないかなと思います。

──僕も現場で観てましたが、あのステージは観客の雰囲気も含めて圧巻でした。

渡辺 ですよね。会場の熱気もとんでもなかった。それこそIsaacくんが選んだラインをあの舞台で体現していたというか。

Isaac 「前例がそこにありゃ旅じゃなく観光」ですね。

渡辺 この「遊びでやってるんじゃねえんだ感」がたまらないな~。

Isaac 僕も弟と一緒にポッドキャストでコンテンツを作ってて、去年はこれまでやったことないジャンルにトライしたり、ビビっちゃうような内容に踏み込んで話をしてみたりしたんですよ。不安もすごくあったけど、この「DIFFICULT」にすごく勇気付けられたんですよ。guca owlのリアルが自分のリアルを結びついたというか。

二木信 guca owlの地元は東大阪じゃないですか。彼のラップの表現からは、ヒップホップの世界やそこの住人のきらびやかな生活じゃなくて、本人も地元は工場の町と言っていますけど、曲によってはそういう地域の風景やそこでがんばって生きている人々の姿がありありと浮かんできますよね。例えば「6TH CORNER」とか。そこが僕は好きです。

JUMADIBAの抜け感とkZmの構成力

──あと複数ノミネートされたのは、MINORIさんと志保さんが選んだkZm「DOSHABURI feat. JUMADIBA」ですね。

MINORI 私が選んだのはJUMADIBAの「JU ride the Husky stu / Her pistol go 街を救う Skrrr / ワンツーツィで餃子食べて / 立ち止まって考える」です。正直、リリックの意味はわからないんだけど、この曲はとにかくクラブで一緒に歌ったんですよ。

渡辺 JUMADIBAのヴァースがTikTokですごく流行ったんでしょ?

MINORI 「餃子食べて / 立ち止まって考える」のラインがバズってます。急にローカルな固有名詞が入ってきて「今なんて言った?」みたいな楽しさがありますよね。私的にはパーカッシブなフロウも聴いてて気持ちいいです。

二木 JUMADIBAはいろんな分野の同世代から特に支持されている印象が僕はあるんです。MINORIさんは彼のどこに魅力を感じますか?

MINORI 性的な意味ではなく、色気があるんです。これはJJJにも感じます。例えば、クラブで近くにいても気軽に話しかけられないというか。

渡辺 JUMADIBAはリスナーが受け取っている以上のクリエイティビティを持っている感じがあります。

MINORI あと選ぶビートも毎回カッコいいですよね。

Isaac オルタナっぽいですよね。

MINORI うん。よくある感じじゃなくて毎回挑戦してる。

Isaac なのにすっごく力が抜けてるんですよね。

MINORI そうそう! そこ重要かも。

渡辺 しかもこの「DOSHABURI Remix」は、kZmとralphというすごい強度のラッパーに挟まれてるんだよね。それでも、TikTokでバズるのはJUMADIBAのラインだったという現象もすごい。みんなの耳をキャッチする魅力があるんだろうね。

MINORI ラップ的にもワードを詰め込みすぎない抜け感があると思う。

Isaac たぶんralphのラップって普通の人には絶対にできないじゃないですか。だから「すごい……」って思いながら聴くけど、JUMADIBAのラップはフィールできる感じというか。まあJUMADIBAみたいなラップも普通の人はできないんですけど(笑)。

二木 自分がわかっていなかったJUMADIBAの魅力が少しずつわかってきました。

渡辺 この曲はものすごく耳に残るんですよ。私が選んだのはkZmのフック部分「土砂降りのような / YEN Won Dollar / 実家の空に降らす For ma mama / Wet / I make u wet」。お皿洗いながらめちゃ聴いた(笑)。母親目線で聴くと「実家の空に降らす For ma mama」にもグッとくる。最初、「YEN Won Dollar」のとこがなんて言ってるか分からなかったので、リリックを調べたんですよね。ちなみにJinmenusagiも「GOAT」で「イェン ドル 元 ウォン 稼ぐ男」ってラップしてて。昨今のラッパーは外貨を稼ぐことにより一層興味があるのかなと感じました。完全な偶然かもしれないけど。

Isaac わかんないですけど、ストリーミングの収益で人民元や韓国ウォンの割合が増えてきてるのかも。

渡辺 日本のラッパーが韓国や中国でメイクマネーする時代なのかな? フックのリリックは、「make it rain」というアメリカのスラングから着想を得たのかもしれないけど、そこから連想ゲームのように、「Wet」とか「傘」といった単語が出てきて、さらに「I make u wet」で女の子にもアプローチしている構成が、よくできているなと感じました。

「仕事が遊び / 遊びが仕事」を勝ち取るための努力

二木 お金、メイクマネーつながりでいえば、LANAの「BASH BASH feat. JP THE WAVY & Awich」から「仕事が遊び / 遊びが仕事」を僕は選びました。

MINORI LANAちゃんの曲もめっちゃ歌ったなあ(笑)。

二木 「仕事が遊び / 遊びが仕事」は、エイベックスの松浦勝人氏のブログのタイトル「仕事が遊びで遊びが仕事」がルーツだと思います。このフレーズは、彼のラジオ番組にも使われていました。で、僕の知るかぎり、このフレーズを国内のラッパーで最初に使ったのはSEEDAだと思います。2009年の「GET THAT JOB DONE」という曲で「仕事が遊びで遊びが仕事 / まるでavexの松浦 max」とラップしてて。活躍しているラッパーの人らは、歌っている姿や内容はそう見えなくても勤勉な人が多い。このLANAのラインはそうした労働倫理を端的に言い表していますよね。かつてKOHH(現・千葉雄喜)は「働かずに食う」なんてラップしていましたけど。

二木 Elle Teresaも日々音楽制作、曲作りに集中している、というようなことを何かのインタビューで語っていたと記憶があります。曲の内容やMVが享楽的な「遊び」や「パーティ」と結び付きますから、どうしても勤勉さとは程遠いと錯覚してしまいがちですけど、実はそんなことはない。

──ちなみにElle Teresaの「Pink Crocodile」では、現行のUSで局地的に盛り上がってるLuh Tylerのフロウとサウンドを取り入れてると友達のDJが教えてくれました。

Isaac そうなんだ!

MINORI 毎日決まったルーティンがあって、その中で制作されてるんですよね。

渡辺 そうじゃないとあんなペースでリリースできないですよね。マジで近道はないんだなと感じますね。

Isaac 自分が選んだAuthority「18's Map」の「好きなことして貧乏 / もうあと少しだけ辛抱」もそういうラインかも。

MINORI がんばれ! 苦労してる人は報われるべき!

Isaac 「18's Map」がリリースされたのは最近なんですけど、Authorityくんは前から知り合いで、自分のポッドキャストにも出てくれてたから、早いうちからこの曲を聴いていて超いいなと思ってたんです。なんか、2023年前半の自分の活動とすごくリンクしてるように感じて。その頃の僕はまだ札幌に住んでて、バイトしながら自分のコンテンツを作るという日々で、毎日10時間ずつ働いてたんですよ。2カ月に1回くらいのペースで東京に行ってたので、マジでいくらバイトをしても金がないんですよ。そんなときにこの「18's Map」を聴いたのでめちゃくちゃフィールしましたね。

MINORI あー、なるほど。

Isaac 僕は最近やっと東京に引っ越してきて、まだ生活の余裕は全然ないけど、バイトに時間を取られず好きなことができるようになったんです。きっとその頃の僕と同じように、アートやクリエイティブに携わってるけどお金に困ってるような人たちは、この「好きなことして貧乏 / もうあと少しだけ辛抱」というラインを聴いたらめっちゃ食らうと思います。

MINORI Authorityくらい活躍してるラッパーでも、まだ辛抱しなきゃならないんですね……。私はこのラインの「辛抱」ってところがすごく好きです。めっちゃ気持ちが入ってる気がして。

Isaac わかります。フロウはほかと一緒だけど、ここだけ言い方が違うんですよね。Authorityくんの思いが込められてるんだろうなって。

東北にある、なんともいえない微妙な閉塞感みたいなもの

二木 最後にLunv LoyalとPAZUを紹介したいんです。

──Lunv Loyalの「Loyalty」はすごいアルバムでした。傑作です。

二木 そのアルバム収録の「SHIBUKI BOY」については先ほど話題が出た「ミュージック・マガジン」でも重要作品として語り合いました。Lunv Loyalは秋田北部の土崎港が地元で、この曲ではその土崎港の祭りのお囃子の笛や太鼓をサンプリングしているみたいなんです。まずそのトラップ / ドリルとお囃子のリズムの混ぜ方がとてもカッコいい。

──本来何もないはずの土崎港をクリエイティビティでカッコよく見せてる。

二木 自分は母が秋田出身なので幼少期は頻繁に土崎港に近い追分という町に里帰りしていたんですよ。ニートtokyo(YouTubeで配信中のショートインタビュー番組)で地元の秋田について聞かれたLunv Loyalが、秋田の人口減少率の高さや日照時間の少なさを挙げて、秋田は閉鎖的で病んでいるという話をしていますよね。「東北自体がコンプレックス」と。僕は地元ではないので彼ほどのリアリティはないですし、秋田は大好きな土地なので、秋田ディスみたいに勘違いしてほしくないんですけど、東北地方独特の仄暗さって感覚的にはなんとなくわかる。そんな彼が地元の祭りのお囃子を使ったダンサンブルなトラックで、秋田の伝統行事のなまはげを引用して、「悪い子はいねがって / 悪い子しかいねな / 酔っ払ってキレた先輩が / ナマハゲに見えた」って秋田弁を使って面白おかしくラップするのが痛快で。一方、PAZUは岩手のラッパーなんです。日本海側のLunv Loyalとは反対の太平洋側。

渡辺 岩手県の中でも盛岡市だと Jazzy Sportの拠点もありますし、ヒップホップのコミュニティが栄えている印象があります。

二木 今回選んだ「真っ向」のMVから推測するに三陸の港町じゃないでしょうか。この曲が収録された「Back To The Hood」というEPのタイトルとジャケットの地図が暗示していますが、東京で数年活動したのちに地元に戻ったそうです。そこで僕が選んだのは、「15のガキ掻き分ける瓦礫 / 夜のとばり行き先なんてない / バイクで走る道なんてない / 羨ましすぎる尾崎」です。このリリックの背景には、2011年の東日本大震災で津波の甚大な被害を受けたとき、その津波でお父さんを亡くされたつらい経験があるとfnmnlのインタビューを読んで知りました。自分の過酷な震災の経験と尾崎豊が「15の夜」で歌う青春を比較しながら、「羨ましすぎる尾崎」という歌詞で笑いも誘っていて。で、実はこのあと、尾崎の歌詞について「まるで暇な奴が書く歌詞」と辛辣な言葉が続く。とても重い体験をもとにしながら、絶妙なアイロニーがあるのがいいなと。

──「真っ向」が収録された「Back To The Hood」のアートワークも素晴らしいですね。

二木 ですね。茨城県という、都道府県の魅力度ランキングで最下位が常連の北関東出身の僕からすると(笑)、Lunv Loyalが言うような、東北のなんともいえない微妙な閉塞感ってわかる気がして。それは、自分が生まれた地域にあまり誇れるものがないっていう感覚とつながっているというか。

Isaac 確かに札幌のラッパーは往々にして暗めかも。札幌は札幌で都会ではあるんですけど、東京に対するなんとも表現しがたいやっかみというか嫉妬というか、対抗意識もあって。

ヒップホップシーンと日本の貧困

──これでノミネート曲はひと通り出そろいました。「パンチライン・オブ・ザ・イヤー」を決める前に、簡単に2023年の日本のヒップホップシーンを総括していただけますか?

渡辺 JJJの「MAKTUB」とか、取りこぼした作品もあるよね。

MINORI 「MAKTUB」からワンラインを選ぶかめちゃくちゃ迷いました。シンプルにものすごく聴きましたから。だけど聴けば聴くほど、1カ所だけ切り抜く作品ではないかなと思って。「MAKTUB」はアルバムとして通して聴きたい。なので今回はあえてピックアップしませんでした。

渡辺 個人的にはNORIKIYOの「犯行声明」もかなり迷いました。どれか1曲というよりも、アルバムとして素晴らしかったですよね。彼は今収監中ですけど、以前から国の指定難病である重症筋無力症を患っていて、症状を緩和するために自分で大麻を育てていて逮捕されたんですよね。大麻の所持は違法だけど、昨年末には大麻草を原料にした医薬品の使用が解禁されるという動きもあって。こういう話をヒップホップに絡めて話すと日本社会では必ず反発されるような気がしますが、NORIKIYOの状況を知った上で彼のラップを聴くと、こうした状況に翻弄される歯痒さを感じました。

──僕は不眠症なので睡眠導入剤と安定剤、抗鬱剤を毎晩飲んでいるんですが、飲まないと眠れないので依存性が心配なんです。そういう意味では天然由来の医療大麻を使えたら安心だなって思います。

渡辺 そういう立場の人もいますよね。これは「ミュージック・マガジン」で二木さんとも話したけど、ヒップホップほど大麻について言及してるジャンルってほかにないと思うんですよ。安易に使用を認めたいというわけではないですが、大麻について議論するプラットフォームになればいいのになという気持ちもあります。

二木 問題提起の場としてね。

──2023年はヒップホップというかラップがものすごく日本に広まったけど、暴力性ばかりが安易にクローズアップされて、文化的意義がおざなりになっていると感じました。

Isaac 日本って不良文化が根付いているじゃないですか。それに日本で社会的弱者として育った人たちが環境の中で自然と不良的なライフスタイルになっていくことも仕方がないと思うんですよ。でもヒップホップはそれを肯定しているわけではなくて、抜け出すための手段なわけで。それこそさっきのPUNPEEのラインじゃないけど。

──そこを描いたマンガ「スーパースターを唄って。」の連載がスタートしたのも2023年でした。

渡辺 現在のアメリカのヒップホップシーンを見ていても、些細な諍いが原因で若いラッパーが命を落とすことがすごく多いんですね。ただ同時にポジティブな動きもあって。ドクター・ドレーがAppleの重役になったり、事業家として成功しているラッパーも多い。

──ファレル・ウィリアムスはルイ・ヴィトン・メンズのクリエイティブディレクターに就任しました。

渡辺 そういうクリエイティビティを極めていくキャリアもあるし、例えばハリケーンで甚大な被害が出たりすると地元のラッパーたちが率先して支援物資を被災者に配ったりするんです。自分たちの影響力を利用して「今ここのガソリンスタンドにいるから、食べ物がない人は集まってくれ」ってSNSで発信したり、新学期には子供達に学用品を配ったりという社会貢献的な活動もかなり盛んです。

──みんな軽々しく「レペゼン」って言葉を使うけど、ヒップホップの根本にある縄張り意識には、地域への奉仕も含まれているんですよね。これはD.Oの自伝を手伝っているときに教えていただきました。

渡辺 日本だとヒップホップのポジティブな面がほとんど広まってないなと感じます。「どうせヤンキー文化でしょ?」「犯罪者の音楽でしょ?」みたいな。でも、行き場を失った人や更正を目指す人たちにとっての救済の場にもなりうるんですよ。ヒップホップにはいろんな側面があるからこそ、世界中で受容されているんだと感じます。

Isaac 僕が¥ellow Bucks「Higher REMIX」からYZERRの「気の合う仲間と耕す会社 / 10億じゃ売らねえいくらで売却?」ってラインを選んだのもそういう流れですね。日本人でも明確な成功者が必要だと思う。アイコンみたいな。だって普通に考えて、友達と作った会社を10億で売却するってビジネス的にもものすごいじゃないですか(笑)。「ラッパーはそんなこともできるんだ」って思える。その意味でBAD HOPには2月の東京ドームを大成功させてほしい(※座談会は1月に実施)。

渡辺 単なるフレックスに聴こえない説得力があるもんね。実態が伴っているというか。

Isaac ¥ellow Bucksが「ラップスタア」で優勝して300万円をもらったときに「何に使いますか?」って聞かれたんですよ。そしたら「普通の生活に戻りたいです」って。電気も止まってたらしくて。そういう人が今や毎週「エアフォース1」を買っているっていうと、そこには夢があると思うんですよね。

渡辺 とはいえ、今の若い子たちが感じている閉塞感は私や二木さんの世代の人が感じていたものとは絶対に違うと思うんです。「がんばっても報われない」という状況で、日本の景気は悪いし、これからよくなる兆しも見えない。低賃金で働く若い世代にとって、分かりやすいフレックスのような拝金主義は当たり前なのかもしれない。

二木 ラップやヒップホップで人生の一発逆転を狙うというのはありますよね。

渡辺 そうそう。iPhoneさえあればラップゲームに参加できるんですよね。だから、急速にラップ人口が増えているんだと思います。

日本のヒップホップのライブパフォーマンスを取り巻く問題

渡辺 日本のヒップホップシーンのライブパフォーマンスを取り巻く問題はありますよね。クラブを細かく回っているような人たちの持ち時間は20分とか、長くて40分くらい? バッと出てきてヒット曲で観客を沸かせることはできるけど、ライブパフォーマンスとしての精度を高めていくということに関しては、みんなどうやってスキルを高めているんだろうかと思います。

二木 田我流は昨年11月に日比谷公園大音楽堂で3時間近くのすごいライブ(「OLD ROOKIE」)をやりましたね。

MINORI 泣きました。

二木 あのライブは自分も泣いちゃいました。田我流はその野音でDJのMAHBIEに加えて、ホーンセクションの3人(後関好宏、上運天淳市、川崎太一朗)とパーカッションのIZPONという編成でライブしていて。そういう編成の工夫でライブを華やかにしていましたね。

──Daichi Yamamotoがワンマンライブで、おなじみのバックDJ・Phennel Kolianderと、トークボックスのKzyboostに加えて、コーラスに有坂美香、Bobby Bellwood(sauce81)をバンドメンバーに迎えてたのもすごく新鮮でした。

渡辺 他ジャンルのアーティストが出演する音楽フェスに出ているラッパーも増えていますよね。それもすごく重要だと思う。ヒップホップのオムニバスイベントに出ている若いラッパーたちが、そういう舞台に立っときにどこまでオーディエンスを魅了できるのかっていう。

Isaac それは志保さんが僕のポッドキャストに出ていただいたときにも話されてましたね。

渡辺 そうなんですよ。「FUJI ROCK FESTIVAL」なり「SUMMER SONIC」なりでぶちかまして自分のワンマンにがっつり人を呼べるようなラッパーが増えていかないと、ヒップホップはまた一過性のブームで終わってしまう可能性が高いのかなと思います。

──では皆さんが2024年に注目している動きはありますか?

二木 2024年の注目している動きという話からは少し逸れるかもしれませんが、昨年末に出たCreativeDrugStoreの1stアルバム「Wisteria」がすごくよかったです。RIP SLYMEとかJurassic 5、あとBrockhamptonなんかを思い出すというか、飛び跳ねたくなるヒップホップの楽しさがありますよね。

渡辺 皆さんがそれぞれ個々に研鑽してきたものがうまく混じっている感じがしました。

二木 そうなんですよ。マイクリレーがとにかくカッコよくて。

MINORI あのマイクリレーは聴いてて楽しかったです。

二木 そうそう。個人的には、あの「楽しい」っていう感覚が意外に新鮮で。うまいとか面白いとかカッコいいとかカワイイとか感じさせてくれるのはたくさんあるけど、楽しいって感じさせてくれるラップミュージックは意外に少ないのかもなって。

渡辺 きっと、みんな本当にラップがうまいからこそ成立しているという側面もあるんですかね。各メンバーのオーガニックな仲のよさみたいなものを感じましたね。

Isaac 僕、個人的にBonberoと仲がいいんですよ。彼の相方のTade Dustとの掛け合いがヤバいんですね。でもやっぱああいうのって本当に仲がよくないとできないらしくて。

二木 掛け合いはお互いに理解し合っていないとできないですもんね。

Isaac そうですそうです。Bonberoは以前別の人と掛け合いをしてみたんだけど、なかなかうまくできなかったって話してました。スキルはもちろんだけど、マイクリレーや掛け合いはMC同士の関係性も重要なんだなって思いました。そういうことができそうな次のヤバいクルーって誰なんでしょうね?

2023年の「パンチライン・オブ・ザ・イヤー」は?

──ではそろそろ2023年の「パンチライン・オブ・ザ・イヤー」を選んでいただきたいと思います。

MINORI 普段は裏方の私たちがこうやって集まって、お酒も飲まずに真面目にヒップホップ談義する機会って意外とないから、つい盛り上がりすぎちゃいましたね(笑)。

Isaac でもめっちゃ楽しかった!

渡辺 で、どうしよう?(笑)

Isaac 個人的にはguca owlの「DIFFICULT」かPUNPEEの「お隣さんより凡人REMIX」ですね。

二木 PUNPEEの歌詞はパンチラインと言うにはすこし長めで説明的かもしれませんが、重要なメッセージですよね。

渡辺 釘を刺す意味でもね。

二木 BADSAIKUSHの「お前の曲はパクリで / 俺のはレクイエム」はパンチラインとしての強度がありますし、個人的には推したいですが、その年のパンチラインとして選ばれるものはより汎用性が高い言葉が妥当だとは思います。

渡辺 同感です。私たちはビーフの当事者ではないし、煽るようなこともしたくない。だからPUNPEEを選びたい気持ちもあるけど、なんせ音源化されてない(笑)。

──僕は選者ではありませんが、MINORIさんがノミネートしたElle Teresa「Nail Sounds」の「楽屋で鳴る、お金数える音 / よく言われるそれまるでウルヴァリン / 調べたらそれ、爪じゃない骨らしい」か、二木さんが選んだLunv Loyal「SHIBUKI BOY」の「悪い子はいねがって / 悪い子しかいねな / 酔っ払ってキレた先輩が / ナマハゲに見えた」がすごく印象的でしたね。どちらも日本でしか生まれ得ないラインだし、カッコいいし、ユーモアもある。センスがヤバい。

MINORI こんだけ真面目な話をして「Nail Sounds」が「パンチライン・オブ・ザ・イヤー」になるのも最高です(笑)。ただ、世の中で一番流行ったヒップホップの曲は「Bad Bitch 美学 Remix」で、クラブでアンセム化してたのは「DOSHABURI」なんですよ。

渡辺 むずーー。個人的には今年はフィメールMCのラインがこれだけ挙がってるから「Bad Bitch 美学 Remix」から選びたい気持ちはあるんだよなー。

二木 こうやって振り返ってみると2023年は本当にいろんなことがありましたね……。

MINORI それだとguca owlの「前例がそこにありゃ旅じゃなく観光」がよくないですか?

二木 確かに。いろんな意味合いが込められているし、受け取る人がいろんな解釈をできる。

──今日皆さんが話してきた内容にもハマります。

Isaac 僕は2023年はguca owlの年だったと思う。それに普遍的なことを彼の言葉で表現したという意味でも僕はguca owlを推したいです。

渡辺 うん。guca owlにはこれからもっともっと大きなラッパーになってほしいしね。では、2023年の「パンチライン・オブ・ザ・イヤー」はguca owl「DIFFICULT」から「前例がそこにありゃ旅じゃなく観光」で決まりました。おめでとうございます!

 

 

 

 

 

 

Isaac Y. Takeuが選んだパンチライン

Authority「18's Map」

好きなことして貧乏 もうあと少しだけ辛抱

guca Owl「DIFFICULT」

前例がそこにありゃ旅じゃなく観光

¥ellow Bucks「Money in the Bag」

楽しさと意義をかき分けて / アートとビジネスを成り立たせる

¥ellow Bucks「Higher Remix」

気の合う仲間と耕す会社 / 10億じゃ売らねえいくらで売却?

舐達麻「FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD」

俺たちとこいつらがどうグルで / 色眼鏡ゴーグルで / 膨らまされた風船 / 次の空気入れがもう来るぜ

プロフィール

アメリカ・ロサンゼルスで3年間、フリーランスの映像クリエイターとして広告やMV、ショートフィルムなどの制作に携わり、2021年に日本に帰国。2022年よりヒップホップ業界の人々をゲストに迎えて雑談をするポッドキャスト「GOLDNRUSH PODCAST」でホストを務めている。
GOLDNRUSH(@goldnrushpodcast)・Instagram
Isaac Y. Takeu | Podcast(@isaacytakeu)・Instagram

二木信が選んだパンチライン

Lunv Loyal「SHIBUKI BOY」

悪い子はいねがって / 悪い子しかいねな / 酔っ払ってキレた先輩が / ナマハゲに見えた

PAZU「真っ向」

15のガキ掻き分ける瓦礫 / 夜のとばり行き先なんてない / バイクで走る道なんてない / 羨ましすぎる尾崎

LANA「BASH BASH feat. JP THE WAVY & Awich」

仕事が遊び / 遊びが仕事

Elle Teresa「Bubble」

お尻ぶりぶり / 平日、金、土曜日 / お金がどしゃぶり

舐達麻「FEEL OR BEEF BADPOP IS DEAD」

お前の曲はパクリで / 俺のはレクイエム

プロフィール

1981年生まれの音楽ライター。単著に「しくじるなよ、ルーディ」、編著書に「素人の乱」(松本哉との共編著)、「ヒップホップ・アナムネーシス ― ラップ・ミュージックの救済」(山下壮起との共編著)など。漢 a.k.a. GAMI著「ヒップホップ・ドリーム」の企画・構成を担当。
shinfutatsugi - 二木信 / X

MINORIが選んだパンチライン

Awich「Bad Bitch 美学 Remix(feat. NENE, LANA, MaRI, AI & YURIYAN RETRIEVER)」

一括で買ったベンツで帰宅 / Skrrrrrrr

kZm「DOSHABURI feat. JUMADIBA」

JU ride the Husky stu / Her pistol go 街を救う Skrrr / ワンツーツィで餃子食べて / 立ち止まって考える

MAX「BLAH BLAH BLAH」

こんなん誰でもできるって? / やらんかったのお前らやんけ

MARIA「Perfect」

ネイルまつげ髪の毛長め / 体態度器もでかめ

Elle Teresa「Nail Sounds」

楽屋で鳴る、お金数える音 / よく言われるそれまるでウルヴァリン / 調べたらそれ、爪じゃない骨らしい

プロフィール

1997年東京生まれ、川崎育ち。音楽ライター。主にヒップホップ関連のレビュー、イベントレポート、インタビューなどを執筆。
MINORI YATAGAI(@minorigaga)・Instagram

渡辺志保が選んだパンチライン

PUNPEE「お隣さんより凡人REMIX」(「THE HOPE」や「AVALANCHE」などで披露していたリミックスバージョン)

バイオレンスから抜けるためのヒップホップが / バイオレンスに戻ってる今の日本 / こんなんじゃラップやめれるわけない

Awich「Bad Bitch 美学 Remix(feat. NENE, LANA, MaRI, AI & YURIYAN RETRIEVER)」

自分で自分の荷物は持つ / 気分であなたの荷物も持つ / 人は助け合ってこそ長く持つ

guca owl「DIFFICULT」

成り上がるのに必要なのは / 魅力と実力と少しのメディア / レーベル、客演、フェス、案件 / ワクワクしなきゃだれだってやんねえ

7「NANA」

奴隷のように働いたUNIQLO / 服畳みながら鼻歌でもフロー / 荒れた肌とリリックが証拠 / 帰ったらサンクラにでもあげよう

kZm「DOSHABURI feat. JUMADIBA」

土砂降りのようなYEN Won Dollar / 実家の空に降らす For ma mama / Wet / I make u wet

プロフィール

広島市出身。音楽ライター。主にヒップホップ関連の文筆や歌詞対訳などに携わる。これまでにケンドリック・ラマー、エイサップ・ロッキー、ニッキー・ミナージュ、ジェイデン・スミスらへのインタビューも経験。共著に「ライムスター宇多丸の『ラップ史』入門」(NHK出版)などがある。
渡辺志保/Shiho Watanabe(@shiho_wk) / X
Shiho Watanabe(@shiho_watanabe)・Instagram

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