細野晴臣が生み出してきた作品やリスナー遍歴を通じてそのキャリアを改めて掘り下げるべく、さまざまなジャンルについて探求する「細野ゼミ」。ゼミ生として参加するのは、氏を敬愛してやまない安部勇磨(never young beach)とハマ・オカモト(OKAMOTO'S)という同世代アーティスト2人だ。
細野の活動55周年に際して、今回設けたテーマは「細野さんに聞きたい、あの曲のこと、この曲のこと」。ゼミ生の2人に細野がこれまで関わってきた楽曲の中からいくつか作品を挙げてもらい、それぞれの視点から細野本人にあれこれ疑問をぶつける企画だ。前編では、「最後の楽園」や「蝶々-San」、「恋は桃色」「ハニー・ムーン」の制作秘話、細野が手応えを感じた曲のエピソードなどを聞いた。しかし、取材の後半の突入すると安部の質問はだんだん脱線していき、それが細野の知られざる一面を炙り出すことに……。
取材・文 / 加藤一陽 題字 / 細野晴臣 イラスト / 死後くん
毎日ダラダラ生きてるのが好き
──前回から、安部さんが細野さんに聞きたいことを直接質問していく企画をお届けしています。今回はその後編です。
安部勇磨 細野さんって、日常的に「曲を作りたいな」と思うタイプですか?
細野晴臣 いやいや、作るって決めなきゃできないの。陶芸作家みたいなもんで、陶芸って窯に火を入れて焼くでしょ。僕にとってはその火を入れないと制作のモードに入らない。だから普段はミュージシャンでもなんでもない。ただのおじいちゃんだよ。毎日ダラダラ生きてるのが好きだね。
安部 そのスイッチはどうやったら入るんですか?
細野 スケジュール(笑)。
ハマ・オカモト 一貫して「スケジュール」(笑)。
安部 自分から「出すぞ!」みたいなときってあまりないんですか?
細野 「HoSoNoVa」の頃はそうだったね。部屋でずっと曲を作ってたんだよ。それでいっぱいできたんで、アルバムにしたんだ。今は逆なの。「アルバム作りませんか?」というプレッシャーが1年くらいずっと続いてて(笑)。
安部 さっき「ダラダラ生きているのが好き」とおっしゃいましたけど、細野さんがダラダラしていても、その中から何かを得て、それが音楽に変わっていくんだろうな。ダラダラするときって、どんな時間の過ごし方をされてるんですか?
細野 昔はゲームにハマって、スタジオまで持ってったくらいだよ。今はゲームに興味はなくて、その代わりパソコン。YouTubeって世界の窓だと思ってるから、Macでいろんな情報を探してる。特にコロナ禍以来、ずっと映像を溜めてるんだよ。陰謀論とかも大好きだからね(笑)。
“人間”細野晴臣の習性
安部 以前、「細野観光」(※細野晴臣のデビュー50周年を記念して行われた展示会。東京、大阪、埼玉で実施された)があったじゃないですか。そこで細野さんのさまざまな私物が展示されていたことからもわかる通り、細野さんっていろんなものをストックしている。ああいう癖はいつ頃からあったんですか?
細野 遺伝だね。あと、僕が知らないものまで残っているのは、母親のせいなんだよ。捨てなかったから。
ハマ 確かにご自身で残すようなものじゃないもの、いっぱいありましたよね。
安部 そうそう! 「なんでこれが残ってるんだろう」みたいなものもあった。
細野 捨てるのが下手で。
安部 「使うかも」みたいなことなんですか?
細野 そうなんだよ。割り箸まで取ってあるしね。最近はコンビニでごはんを買うのをやめたんだけど、コンビニでごはんを買うと、プラスチックのトレーが付いているでしょ。ああいうのを全部取ってある。
安部・ハマ えええええ!?
安部 使わないのに?
細野 いや、使ってるんだよ。
安部 何に使うんですか? ごはんを食べるときに?
細野 そうじゃないんだ。台所のシンクの底に直に物を置きたくないから、そこに敷いているの。すごく神経質なんだよ。
ハマ シンクにコンビニのトレーを敷いて、その上にコップを置いたり?
細野 そう。みんなやらないんだね。だからボコボコしているものはすぐ捨てる。シールが付いていたりすると、もうイヤなんだよね。キレイにするか、そのまま捨てちゃう。あと、使えそうなプラスチックの容器があるでしょ。小物入れに使えるかもしれないし。輪ゴムも取っておくから。
安部 「捨てたほうがいいんだろうけど」とは思うんですか?
細野 思うよ。でも半々だね。「なんだろう、この癖」とは思ってて。
ハマ 面白いですね。細野さんの音楽家の側面とは違う、人間本来の面。
安部 その“人間”の部分もあって、音楽が形成されるから。
細野 コロナの2、3年の影響ってすごくあるんだよ。だってあの頃は、コンビニでごはんを買うしかなかったから。自分で料理をするわけでもないしね。それでそういうものが増えたんだ。昔からの癖じゃないんだよ。あとね、2人はペットボトルは取っておかないよね?
ハマ まあ、溜まったら捨てるって感じですかね。
細野 あれ、いい音がするんだよ(笑)。
安部 あー(笑)。ポンポンって叩くってことですか?
細野 うん。あとはトイレットペーパーの芯ね。
安部 どう使うんですか?
細野 糸電話が作れるなって(笑)。
安部・ハマ あははは!
安部 普通だったら捨ててしまうようなものも、「楽器にならないかな?」って(笑)。
細野 そういうものはそう多くはないんだけど。ほかは全部平気で捨てちゃうし。それとね、ペットボトルのお茶を買うでしょ。口をつけて車で飲んだりするじゃん。それ、帰るともう中が汚れてんだよね。雑菌が増えてる。それが嫌だから、小さいペットボトルにお茶を小分けにして車に入れておく。そうすると本体は汚れない。でも厄介なのは、今度は小さいペットボトルをいっぱい集めておくという癖がね……。
ハマ マトリョーシカみたいになって(笑)。
細野 だから蓋も取ってある。つまり、なんて言ったらいいんだろう……カラスが針金のハンガーを集めたり、アライグマが何でも集めてきたりするでしょ。それと同じだよ。自分じゃよくわかってないけど習性だね。
ハマ 想像以上でしたね。細野さんに収集癖があるのは知ってましたけど、そのレベルなんだ。すごいな。
安部 そういう几帳面なところ、音楽でもあったりしますか?
細野 あるある。ずいぶん前だけど、安田成美さんの「風の谷のナウシカ」をレコーディングしたときに、時間に制限がないので、何度もミックスを修正して。何バージョン作ったかわからないくらいデータがあるんだよね。それを自分で顧みて、「漆磨きみたいなもんだな」と。職人なんだよね。職人気質があることを、より最近自覚しているよね。
ハマ 細野さんの周りのミュージシャンにも、その気質がある方は多いじゃないですか。誰に影響されたというよりも、みんなそういう感じなんでしょうね。山下達郎さんや大瀧詠一さんも、インタビューなどを拝見すると、締め切りがあるから制作が終わってるだけで。なければ一生ミックスやってるっておっしゃってるし。細野さんもそういうことですよね。
細野 音楽を作る人であれば、その気質はみんな持っていると思う。画家もそうだと思うし、どこで終わらせたらいいかわからないよね。
安部 細野さんが音楽制作で一番シビアになるのは、ミックスですか?
細野 ミックスだね。それがあまりにも度が過ぎてて、ミックスをやりたくないんだよ。いろんな可能性があるのに、最終的に1つを選ぶのは酷だなとも思う。そのときは「こうすることでよくなる」って自分で思っていても、あとで聴くとわからないこともあるし。なんでもそう。作るものって、最後は1つになるでしょ。でも作る前は、無限なんだよ。そのときが一番楽しいんだよね。
YMOはキュート
安部 ここまで話を聞いていて感じるのが、音楽って、実際は細野さんのトレーに対するこだわりとか、そういう作り手の“何か”の集合体だとも思うんだよね。
細野 動物界において習性ってけっこう大事なんだよ。生きてるだけでそれぞれに絶対習性はあって、この歳になるとよりわかってくるというか、自分で「何やってんだろう」と思う(笑)。家族に怒られるからね。捨てられちゃうんだよ。何で溜めてるのかって問い詰められるからね。
安部 そのときなんて言うんですか?
細野 何も言わないよね。「捨てられちゃった……」って。みんなもそういう習性、あるでしょ?
ハマ 僕は喫茶店とかに入ると出てくるおしぼりが入っているビニールを、その喫茶店にいる間に出た自分のゴミを入れるゴミ袋として使います。あと、箸袋は縦に1回細く折って軽く結んで、箸置きにする。あと、ミルフィーユは縦に切るし。勇磨もあるでしょ?
細野 なんで自分は言わないの。
安部 本当にないんです、そういう変わった習性。逆に恥ずかしいんですけど。からあげにケチャップいっぱいかけちゃうとか? ちなみに、ご家族にトレーを捨てられても何も言わないっておっしゃっていましたけど、細野さんは本気で怒ったりするときはあるんですか?
細野 5、6年に1回はあるんじゃないかな?
安部 それって音楽に関わることですか? うまくいかなくて、バンドメンバーとギスギスする、みたいな。
細野 音楽は全然関係ないかな。
ハマ やっぱりトレーを捨てられちゃうときとか(笑)。
安部 ハマくんはそういうタイミング、ある? バンドで曲作りが行き詰まって、スタジオの雰囲気が重い、みたいな。
ハマ 全然あるけど、それが常だから、別になんとも思わない。
細野 それはそうだね。YMOのときもそうだったし。
安部 そういうときのお二人の対処法とかありますか? これをやったら場の空気が明るくなったとか、率先して雰囲気をよくしようとか。
ハマ うちはサポートのキーボーディストの人とか、エンジニアの人とか、メンバーじゃない人がそういう要素を入れてくれるよね。メンバーだけだと、真剣に突き詰めすぎるから、なかなかね。細野さんはありますか? YMOのときとか。
細野 あったよ。
ハマ そういうときは、シリアスなトーンで制作が進んでいく?
細野 そうだね。一番自分が鬱気味でつらかったとき、ヨーロッパのツアーが始まっちゃったんだ。最初は誰にも会いたくなくて1人でホテルに閉じこもっていたんだけど、このままじゃダメだと思って。それで滅多にやらないけど、メディテーションをしたんだよね。波の音が出る機械を持っていってたんで、それを流しながら。そのおかげで立ち直れたの。その後、率先して……ってほどでもないけど、みんなに明るく振る舞ったんだよね。そしたら、アッコちゃん(矢野顕子)に褒められたんだよ。
安部 周りもちゃんと気付いたってことですよね、細野さんの振る舞いの変化に。そのツアーを今振り返って、楽しかったと思えたこともあるんですか?
細野 そのツアーのロンドン公演が終わって、楽屋から出たら地元の若い女の子たち3人が走って追っかけてきたんだよ。「キュート!」とか言って。「え? キュートなの?」って。別にそれだけなんだけど、すごくうれしかったね。「ウケたんだ」って初めて実感したな。女の子たちが走ってくるくらいだから。そのときの「キュート!」って言葉が耳に残ってる。YMOは薄っぺらいけど、キュートなんだって(笑)。「“キュート”って言葉にはそういう作用があるのか、大事だな」と思った。Kraftwerkとかは“キュート”ではないじゃない?
ハマ 確かに! YMO全体を振り返ると、キューティーさがありますよね。コミカルなところもあるし。
もっと問い詰めたい!
安部 ちなみに、ライブでミスしてしまったとき、2人とも引きずったりしないですか?
ハマ まあ、考えてもしょうがないからな。それよりもMCのほうがよっぽど引きずるね。「なんであんなこと言ったんだろう」って。そういうほうがある。
細野 ライブでは、あんまりミスをしなかったっていうのはある。
安部 カッコいい……。
ハマ カッコいいね。確かにYMOのライブを観ていると、本当に細野さんはミストーンがない。シンベもエレキも。冴えまくってるなって、同じパートとしてすごく思う。あの時期の細野さんは特に。
細野 働き盛りだったんだね。
──そろそろ時間ですので、安部さん、最後に感想などがあればお願いします。
安部 すっごい楽しかったです。いろんな話を聞けた。でも、もっと問い詰めたい……「問い詰める」って変ですけど(笑)。
細野 余計な話をいっぱいしちゃったよ。やっぱり印象に残ったのはトレーか(笑)。
安部 そういった几帳面なところも知れてよかった。世の中の人は、細野さんの余裕ある感じというか、そういうところだけを真似してしまうところがあるので。
細野 そういうイメージがあるって、「笑っていいとも!」に出たときにタモリさんに言われたよ。「ずっとありんこを見てるでしょう?」って。
ハマ いいなー(笑)。
安部 でも僕も細野さんには、暖かそうな国のイメージだったり、ちょけてくれるイメージがあって。ご本人が何かに対して几帳面になっているところが知れてうれしいんです。
細野 そういう面もあるし、ありんこを見ている面もある。
──次回からは、ハマさんが細野さんに質問をしていく回のスタートです。よろしくお願いいたします。
<終わり>
プロフィール
細野晴臣
1947年生まれ、東京出身の音楽家。エイプリル・フールのベーシストとしてデビューし、1970年に大瀧詠一、松本隆、鈴木茂とはっぴいえんどを結成する。1973年よりソロ活動を開始。同時に林立夫、松任谷正隆らとティン・パン・アレーを始動させ、荒井由実などさまざまなアーティストのプロデュースも行う。1978年に高橋幸宏、坂本龍一とYellow Magic Orchestra(YMO)を結成した一方、松田聖子、山下久美子らへの楽曲提供も数多く、プロデューサー / レーベル主宰者としても活躍する。YMO“散開”後は、ワールドミュージック、アンビエントミュージックを探求しつつ、作曲・プロデュースなど多岐にわたり活動。2018年には是枝裕和監督の映画「万引き家族」の劇伴を手がけ、同作で「第42回日本アカデミー賞」最優秀音楽賞を受賞した。2019年3月に1stソロアルバム「HOSONO HOUSE」を自ら再構築したアルバム「HOCHONO HOUSE」を発表。この年、音楽活動50周年を迎えた。2021年7月に、高橋幸宏とのエレクトロニカユニット・SKETCH SHOWのアルバム「audio sponge」「tronika」「LOOPHOLE」の12inchアナログをリリース。2023年5月に1stソロアルバム「HOSONO HOUSE」が発売50周年を迎え、アナログ盤が再発された。2024年に活動55周年を迎えたことを記念して、アニバーサリープロジェクトが始動。
安部勇磨
1990年東京生まれ。2014年に結成されたnever young beachのボーカリスト兼ギタリスト。2015年5月に1stアルバム「YASHINOKI HOUSE」を発表し、7月には「FUJI ROCK FESTIVAL '15」に初出演。2016年に2ndアルバム「fam fam」をリリースし、各地のフェスやライブイベントに参加した。2017年にSPEEDSTAR RECORDSよりメジャーデビューアルバム「A GOOD TIME」を発表。日本のみならず、上海、北京、成都、深セン、杭州、台北、ソウル、バンコクなどアジア圏内でライブ活動も行い、海外での活動の場を広げている。2021年6月に自身初となるソロアルバム「Fantasia」を自主レーベル・Thaian Recordsより発表。2024年11月に2ndソロアルバム「Hotel New Yuma」をリリースした。
ハマ・オカモト
1991年東京生まれ。ロックバンドOKAMOTO'Sのベーシスト。中学生の頃にバンド活動を開始し、同級生とともにOKAMOTO'Sを結成。2010年5月に1stアルバム「10'S」を発表する。デビュー当時より国内外で精力的にライブ活動を展開しており、2023年1月にメンバーコラボレーションをテーマにしたアルバム「Flowers」を発表。2025年2月には10枚目のアルバム「4EVER」をリリースする。またベーシストとしてさまざまなミュージシャンのサポートをすることも多く、2020年5月にはムック本「BASS MAGAZINE SPECIAL FEATURE SERIES『2009-2019“ハマ・オカモト”とはなんだったのか?』」を上梓した。