ラッパーたちがマイクを通して日々放ち続ける、リスナーの心をわしづかみする言葉の数々。その中でも特に強烈な印象を残すリリックは、一般的に“パンチライン”と呼ばれている。
音楽ナタリーでは昨年に続き、「2020年にもっともパンチラインだったリリックは何か?」を語り合う企画「パンチライン・オブ・ザ・イヤー2020」を実施。2020年に音源やミュージックビデオが発表された日本語ラップを対象に、有識者たちがそれぞれの見地からあらかじめ選んできたパンチラインについて語り合う座談会を行った。
選者としてこの座談会に参加いただいたのは昨年と同じく、音楽ライターの二木信氏と斎井直史氏、雑誌「DAWN」の編集者でストリートカルチャーに造詣が深い二宮慶介氏、書籍「インディラップ・アーカイヴ もうひとつのヒップホップ史:1991-2020」の著者でUSラップの紹介を専門にしているGenaktion氏の4名。パンチラインという切り口で2020年の日本語ラップシーンを振り返りつつ、この時代の日本の空気を表しているラッパーたちの言葉に迫った。
取材・文 / 橋本尚平 題字 / SITE(Ghetto Hollywood)
2020年の大ヒット作となったZORN「新小岩」
二木信 2020年の顔となる国内のラッパーは誰だったか? という問いへの1つの答えがZORNであることに異論はほぼないのではないかと。そこで、ZORNの話から始めたいです。彼が昨年発表した「新小岩」というフルアルバムは大ヒットしたうえに、その内容も高く評価されている。そして、今年1月には日本武道館公演も成功させています。この座談会では、パンチラインという観点からZORNのラップと「新小岩」の何がすごいのか、という議論になるかと思います。まず、自分はこの作品から「Rep feat. MACCHO」の「仲間たちはWeedとコケイン / 俺はいらねぇBeatよこせ」を選びました。選んだ理由は、「新小岩」に一貫している手法を端的に示しているからです。それは、提示した対概念、異なる価値観、または2つの対象をライミングで比較して、ZORNの生き方や信念を効果的に聴く人に伝えています。それがとにかくうまい。このフックのラインに関して言えば、最初のヴァースを締めくくる「Thug LifeじゃなくHug Life」とも呼応している。つまり、「俺の仲間には大麻やドラッグをやったり、売ったりするサグもいる。そんなハードな環境でも俺はラップにストイックに取り組み、大事な家族をハグして生きている」というセルフボースティングですよね。さらに付け加えれば、このラインは、客演のMACCHOの「仲間たちはスピードにコデイン / 俺はいらねぇWeedよこせ」と対になっている。このコントラストが、2人の個性を際立たせるうえに、敬愛する先輩のラッパーとの共演の中でも前述したラインを歌う、「人は人、俺は俺」というZORNの態度を如実に表していると思います。
二宮慶介 自分も同じ曲から「俺は滝川クリステル / でもとしやがマリファナ売りつける」っていうラインを選びました。このラインはZORNが最近言っている「韻の飛距離」、つまり言葉の落差の大きさがもっとも出ていると思うんです。「滝川クリステル」と「マリファナ売りつける」は、韻を全踏みしつつすごく飛距離がありますよね。“としや”っていうのはたぶん、地元の連れだと思うんですけど、そういう仲間にしかわからない言葉をあえて持ってきて「マリファナ売りつける」と。このラインだけでZORNの背景が伝わってきますよね。
Genaktion 僕はZORNさんの作品から2曲選んだんですが、いわゆるパンチラインらしいパンチラインを駆使しているのって、正直彼くらいしか思い浮かばなかったんですよ。ライムの固さも構成のうまさも段違いで。あくまで僕の認識ですが、ラップは基本的に2小節が最小単位で、それを反復して4小節、8小節、16小節と展開していくことでヴァースになる、というのがベーシックな構造だと理解しています。その中で、2小節内でどれだけ面白く話を落としつつライムするかというのがパンチラインに問われる部分だと思うんですけど、日本語のラップではこの「2小節」をあまり意識することがないのか、2小節内できれいに落とせているラインが意外と少ないんですよね。で、僕が今回一番に選んだのは「No Pain No Gain feat. ANARCHY」の、「これが俺の痛みの作文 / 今じゃ家にしまじろうが来る」という、ちょっと笑えるラインです。
Gen 「痛みの作文」というのはANARCHYさんの本のタイトルで、「しまじろうが来る」という部分はZORNさんの子供がおそらくベネッセの通信教育「こどもちゃれんじ」を購読していて、冊子とグッズが毎月家に届くっていう意味ですね。このヴァース最後のラインには、彼がストリートから這い上がって家庭を持って子供を育てているというヒップホップ的な態度が表現されているし、ANARCHYさんも自身のヴァースの最後に「DARKNESSから抜け出したラフネック」とZORNさんの旧名を引用しつつ曲を締めているわけで、曲としてお互いが参加している意図が明確になっています。あと、やっぱりZORNさんはライムの仕方がうまいんですよ。「痛みの作文」のところは子音の「ん」をほとんど強調しないことで、全部の母音がきれいに踏めているかのように聞かせています。「Have A Good Time feat. AKLO」の「表参道のオープンカフェ / よりも嫁さんとの醤油ラーメン」も同じですね。「醤油ラーメン」の「ん」をほとんど発音しないで、普通は踏めないような踏み方をしています。
Gen 曲を聴く限り、ZORNさんは地元の新小岩をすごく大事にしていて、地に足をつけて身の丈に合った生活をしているようです。そういう彼の背景を知っているとスーッと入ってくる、という意味では、「表参道のオープンカフェ / よりも嫁さんとの醤油ラーメン」は自身の生まれ育ったストリートを大切にするアメリカのハードコアラップのようなパンチラインだと思いました。「Life Story feat. ILL-BOSSTINO」での「武道館の翌朝も俺は作業着」というラインもそうですね。
斎井直史 僕もまさに、ラップがめちゃくちゃカッコいいのに、身の丈に合った生活の視野が表現されていることがアルバム「新小岩」の一番いいところだと思ってて。今、世界的に見てラップって多様性を重んじたり、社会的な物事の正しさに沿ったリリックが増えていて、リスナーもそういう曲を求めているところがあると思うんです。だけどZORNはアルバムの1曲目「Shinkoiwa」で、世界的な意識改革なんて気にしていない社会に生きている様子を描いている。それがよくも悪くもおおざっぱそうな下町のイメージと噛み合って、アルバムの2曲目以降を聴く心構えができるんです。だから、数多のパンチラインが詰まったZORN「新小岩」の中から、その要素が凝縮されているアルバム終盤の曲「Evergreen」のリリック、「俺の課題 / homiesが爆笑するようなライム / 誰がイケてたって俺ら以上だとは思わない / どんな芸能人より余裕で達也の方がオーラある」を選びました。
二木 近年のZORNが表現し続けてきて、「新小岩」で成し遂げたことは、労働者階級のラッパーの“成功”の新たなモデルを提示したことじゃないですか。音楽以外の職に就き真面目に働きながら音楽を続けるカッコよさをヒップホップの中で証明した。これはすごく大きいと思います。そんな彼には変遷がありますね。ZONE THE DARKNESS名義の初期には、降神、THA BLUE HERB、Shing02などからの影響を伺わせる楽曲も作っています。そして「洗濯物干すのもヒップホップ」という、ZORNを象徴するパンチラインを含む楽曲としてしばしば言及される「My life」があります。
二木 2015年に発表されたこの曲では、ダミ声ではなく、穏やかな声音で歌っている。その頃にダミ声でのラップがなかったわけではないですが、基本は穏やかなデリバリーに比重があり、それが彼の“パパキャラ”を強く印象付けていました。ところがそうした家庭的で穏やかな表情ではなく、ダミ声で闘争心を剥き出しにする「I Wanna Be A Rap Star」、そして地元賛歌の「All My Homies」という2019年発表のアルバム「LOVE」に収録された2曲が、地元をタイトルにして、いわゆる“ストリートからのプロップス”も意識した「新小岩」の布石となったのではないかと。「新小岩」は9枚目のアルバムとしても、ラッパーの変遷としても稀有だと思います。
二宮 確かに珍しいですね。ただ、個人的にはこのアルバムについて、「サブスクで配信してくれよ」って思いましたね。日本の市場ではサブスクに流さないほうが結果的にマネタイズできるという判断だと思うんですが、これだけいい作品を作ったんだからもっと広げてほしかったなって気持ちは正直あります。
二木 「新小岩」はチャートアクションもすごかったです。
斎井 そうですね。ダウンロードランキングがほとんどZORNで。一時期、LiSAの「鬼滅の刃」の曲よりも上位にZORNの曲が入ってましたよ。
二木 Billboard JAPANのダウンロードアルバムチャートでは2週連続で1位、さらにiTunes Store総合アルバムチャートでは1週間連続1位を記録しました。それだけでなく、iTunes Storeのヒップホップのソングチャートでトップ10がすべてZORNの曲になった時期もあった。国内のラッパーのアルバムでこれほどのチャートアクションを見た記憶はありません。
時勢を表した「バカばっかだ全く」
二木 LSBOYZ(LONG SLEEP BOYZ)という1992~95年生まれのメンバーからなるクルーが、12月に1stアルバム「LSBOYZ」を発表しました。その収録曲「SHOWDOWN」から、Meta Flowerの「このすでに暴徒と化した音楽で生活を立て直す」というリリックを選びました。さらに同じ曲で彼は「マイノリティを源泉としたコミュニティを形成する / この腐り切ったヒップホップカルチャーに先制攻撃を仕掛ける」ともラップしています。選んだ理由は、こうしたある意味では様式化した反体制的言語をアクチュアルな詩的表現として聴かせる才能があると感じたからです。これらの硬派な言葉がMeta Flowerの声とラップと結び付くと、とても美しく新鮮に響くことに魅了されました。
二木 また、「SHOWDOWN」の冒頭からは、何かのドキュメンタリーか報道番組のサンプリングと思われる、人々が言い争う声が聴こえてきます。労働争議の現場の喧騒のようにも思えます。ここで僕は、漢 a.k.a. GAMIがリーダーを務めるMSCが2006年にリリースした「新宿STREET LIFE」に収録されている、「Fuck野郎充満」というインタルードから「心にゆとりとさわやかマナー」への流れを思い出しました。端的に言えば「心にゆとりとさわやかマナー」はN.W.Aにおける「Fuck Tha Police」です。で、その導入となる「Fuck野郎充満」で「ゴッド・スピード・ユー!BLACK EMPEROR」という映画の一部をサンプリングしているんです。この映画はドキュメンタリー作家の柳町光男監督が1976年に発表した、ブラックエンペラーという暴走族の新宿支部に密着取材して撮った作品で、MSCは暴走族の少年と警察の小競り合いなどのシーンを使っていました。
二宮 Meta Flowerとは知り合いなんですが、やっぱり今どき珍しいくらい硬派なヤツですし、二木さんが言うように2000年代前半のMSCや降神などから受けた影響は多少なりとも感じますね。加えて彼は、東京藝大の大学院生で彫刻家としても活動していて、DUSTY HUSKYのアルバム「WHY NOT」のジャケットに写ってる像もMeta Flowerが作ってるんです。芸術や文学に深く傾倒しつつも、硬派なヒップホップを継承しているラッパーだと思います。
二木 さらに、同じくアルバム「LSBOYZ」に収録されている「DUTY LOVE FEAR LUST」という曲でMeta Flowerは「下らねえ資本家 / 睨みつけ ぶちかませ」とラップしています。これにはちょっと驚きました。というのも今は、特に日本では、社会においても、ラップ表現においても、アイデンティティポリティクス(人種や民族、性的指向、ジェンダーなどの特定のアイデンティティを持つ集団が社会的に不当な扱いを受けている場合に、社会的地位の向上を目指して行う活動)のほうが主題になりやすく、またメディアや人々の注目が集まり、議論の対象になる傾向が強いです。そんな中、「資本家をぶちかませ」という、いわばマルクス主義的な階級闘争の純度の高い硬派なメッセージを放つラッパーが出てきたので、「いったい何者だ?」とすごく気になったのです。
斎井 メッセージの強いラッパーと言えばMoment Joonを外すことはできません。議論が盛り上がりそうなパンチラインがたくさんある中から悩んだ結果、「BAKA(Remix)[feat. あっこゴリラ&鎮座DOPENESS]」の「バカじゃないとバカにされるくらい日本はバカ / 『そんなのバカらしい』って言っちゃった瞬間、君もバカ」というラインを選んだんですけど、この感じはすごく2020年っぽいですよね。コロナ対策や大統領選挙などで、意見が違う相手に遭遇すればマウントを取り合い、他者をバカと決め付けあってるから歩み寄りも進まない様子を、第三者も呆れてバカにすることしかできない……そんなことがたくさんありました。もう1つ、Awich「洗脳」の「バカばっかだ全く」を選んだのもまったく同じ理由です。どちらの曲にも参加している鎮座DOPENESSが、「BAKA(Remix)」のリリックで「洗脳」の「バカばっかだ全く」を引用してるのも面白いですよね。
二宮 自分も「洗脳」の「バカばっかだ全く」を選んだんですけど、これはまさに今の時勢を的確に表してますよね。言いづらいことをおもっいっきり言っていて。
斎井 気持ちいいですよね。Awichは「洗脳」のほかにも、「Open It Up」の最初のヴァースも丸々挙げたかったです。しっかりリリックを読むと、サイケデリックな映像を見せ付けられているような気持ちになるんですよ。ほかにも「4:44」の「忙しいでしょ?なんて気取らずになりふり構わずに邪魔してよ」とか、「Shook Shook」の「『まさか女が来るとは』『君臨するとは』」とか、力強さを感じさせるパンチラインが多かったと思います。
Black Lives Matterへの国内ラッパーからの反応
二宮 Moment Joonはアルバム「Passport & Garcon」で“移民からみた日本の世界”をコンセプチュアルに描きましたよね。2020年はBlack Lives Matterが世界的に話題になった一方、国内では「日本に差別なんてないじゃん」と一部から上がった声に対してMoment Joonのアルバムは「これが事実だよ」というのを明確に提示していたので、2020年にこの作品がリリースされたのはすごく大きな意味があったと思います。AwichもBlack Lives Matterのデモに参加したり、Black Lives Matterを支援するためのアートエキシビションを主催したりとすごく活動的でしたよね。あとはRYKEYも「JUSTICE feat. 仏師(BUSHI)」というBlack Lives Matterをテーマにした曲を発表して、その中で「誰かの悲しみがまた誰かの憎しみを生み / 生まれた憎しみがまた悲しみを生む」と訴えたりもしています。ラッパーには、時代の空気を捉えて声なき声を代弁する役割があるとも思うんです。2020年上半期はあまりそれがなかったので「日本はこんなもんなのかな」って思ってたんですけど、下半期にはそういった動きが見れてうれしかったですね。
斎井 自分も2020年上半期は「思ったより静かだな」と思ってました。実は僕は昨年のBlack Lives Matter運動の高まりに対して、加勢したいのにたいした行動をしなかったことを、今になって後悔しています。正直、アフリカンアメリカンに遠くから憧れているだけの自分が1人でデモに参列したところで、それってミーハーや偽善なのではないか?と思ってしまったんです。でも本当はそんな話ではなく、サポートしたい気持ちよりも、恥を恐れる気持ちが上回ってしまっただけなんですよね。そのせいかMIYACHIが「ALLERGY」という曲で「アメリカ暴動、国燃えてる / マジ涙 俺の町燃えてる / おまえら気にしないの、マジでうける / 俺仲間のため、外デモに行ってる」とラップしていたのが、すごく印象に残りました。
Gen 日本国内でBlack Lives Matterに対する発言が極端に少ないのは、そもそもアフリカンアメリカンが日本にあまりいないからですね。2019年にインディアナ大学の大学院生LaTeeka Grayさんがレイクランド大学日本校で「The African American Expat Community of Greater Tokyo」という講演をしたのですが、彼女がFacebookのコミュニティ機能を駆使して調べたところ、日本に住むアフリカンアメリカンはおよそ5000人ほどだったそうです。しかも在日アフリカ系米国人は米軍基地に勤めていることが多いので、そういう人たちは契約が満了する2、3年でアメリカに帰っちゃって留まらないし、自分たちのコミュニティ内で固まるから日本のヒップホップコミュニティと全然密にならないんです。だから実際のところ、日本のラッパーも日本にいるアフリカンアメリカンとほとんど関わることがない。例えば僕の友達が渋谷のRUBY ROOM TOKYOでイベントを打っているんですけど、彼のイベントには日本人はほとんど来ないですからね。
斎井 あー、RUBY ROOM TOKYOは長く渋谷で経営していて、定期的にオープンマイクもあるからか外国人が多いですよね。
Gen 黒人のルーツを持ちつつそれなりに日本語が話せるラッパーはだいたい日本育ちのミックスですし、おそらくコミュニティも日本人寄りで、アメリカで育った人はかなり少ないと思うので、そのあたりの事情やアメリカで暮らすアフリカンアメリカンの境遇や実情をたぶん知らないんですよね。Black Lives Matterにフォーカスした曲が日本で作られづらいのはそういう背景があると思います。もちろん皆さん“ブラック”というアイデンティティがあるんですが、それはBlack Lives Matterとは別な形で曲に落とし込まれているんじゃないかなと。Moment Joonさんに話が戻りますけど、移民である彼は実際に日本で体験したことや、自分が思っている韓国との違いをダイレクトに曲に投入しているから、そこにハッとするようなリアリティがあるんですよ。彼自身の体験から来る言葉なので。
日本で暮らす移民とシステミックレイシズム
Gen 自分のライムでテクニカルに言葉を組み立てていくZORNさんに対して、Moment Joonさんは正直テクニカルなタイプのラッパーではないんですが、言葉の持つリアリティが強い。僕はMoment Joonさんの「Hunting Season」という曲から「『休憩中でも子供と日本語で話すな』と言う学校の先生 / 外人だったら外人をやれ そうじゃなかったら牽制 / 俺より英語が下手な白人 俺の時給の1.5倍 / それでも頑張って働いたのに先月分が入ってこない」をパンチラインに選んだんですけど、これって日本で外国人労働者が経験する典型的な内容なんです。
Gen 彼はたぶんバイトで英語の先生をやっているんだと思いますが、インターナショナルスクールとかで外国人が英語の先生として働くと「学校にいる間は休憩中でも子供に日本語で話すな」と言われるんです。あと、非ネイティブだけど白人だからという理由で英語の先生をやっている人は多くて、そういう人のほうがMoment Joonさんのようなアジア人の先生よりも給料はいいし出世もする。そういうシステミックレイシズム(構造的人種差別)の影響というのは日本にもあるんですよね。「英語スクールの経営・雇用状況が悪くて、がんばって働いたのに先月分が入ってこない」みたいな話は、僕も周囲から聞くのでよくわかります。日本にいる外国人の環境を知っていると、すごく共感できるラインだと思いますよ。
斎井 なるほど。
Gen この曲には「ナタシャは就活中 / 聞かれた『いつまでアルバイトで大丈夫?』」というリリックもあるんですが、実際、外国人が日本で正社員になるのは大変なんですよね。ビザの関係もあるんですけど、多くの会社は「いつ自分の国に帰っちゃうかわからないから」と外国人を正社員にしたがらない。Moment Joonさんはこの曲で外国人労働者の不安定な雇用をラップしましたが、昨年Meisoさんが発表した「Immigrate Us」もそういう曲なんですよね。僕がこの曲から選んだのは「何も自分に限ったことじゃないさ / 線を越えた者にはある二つの視座 / そんな白黒はっきりしてないよ / 俺らは見てるフェードするグレーを色調とした七色」というラインです。
Gen 彼はおそらくアメリカ人のお父さんと日本人のお母さんのミックスなのだと思いますが、「線を越えた者にはある二つの視座」というのは、大陸を渡った彼にはアメリカ人と日本人のどちらの視点・価値観もあるということでしょう。つまり彼の中には明確に分けられない、混ざり合った2つのアイデンティティがあるんですね。例えば1色刷りのマンガって、グレーの濃淡の具合で、実際にはモノクロなのにカラフルな世界を表現することができるじゃないですか。「フェードするグレーを色調とした七色」というリリックには、彼がこれまで両親に連れられてアメリカやハワイに住み、今は日本でミックスの子として暮らしている経験がポエティックに描かれているんです。
成り上がりと「まともにやってもどうにもならない」というあきらめ
二木 今Genさんが日本で暮らす移民の視点や環境について話してくれましたが、自分はPlayssonというラッパーにとても注目しています。彼は1997年にブラジルのミナスジェライス州に生まれ、2011年に来日し、愛知県豊田市に移住してきたそうです。昨年発表した「Real Trap」という5曲入りのEPの中には「HOMI」という曲があります。最初にこの曲のMVを観て、何よりラッパーとしての存在感が強烈で釘付けになりました。ちなみに「HOMI」とは彼のフッドである保見団地を指しています。
二宮 日本最大級のブラジル人コミュニティですよね。
二木 自分はまだまだ保見団地については知識が乏しく理解も浅いですが、1990年の入管法改正によってブラジル人を中心とした外国人が大量に居住するようになっていったそうです。その保見団地に部屋を借りて、ブラジル人住民を被写体の中心に3年間撮り続けた名越啓介さんという写真家が2016年に「Familia 保見団地」という写真集を出しています。さらに、4年ほど前にこの写真集の背景を捉えたショートドキュメンタリーがYouTubeにアップされました。そこでは、団地内で日本人住民と外国人住民の間に緊張関係がある事実や、右翼の車が燃やされた1999年の事件が団地に与えた影響などについても語られます。そして、このドキュメンタリーにPEDROという名前で登場して仲間と一緒にラップしているのがPlayssonなんです。
二木 Playssonは今West Homi Recordzというレーベルをやっています。そこに所属しているMaRIというラッパーが2020年に発表した「Ima Bad Bitch」と「LIL DICK」という2曲もぜひ聴いてほしいです。Playssonに話を戻すと、「Real Trap」にはその名も「Gang」という曲があります。そこで彼は「俺らはアングラ / 本当のギャングだ / 安倍と絶対写真撮らない」とラップしている。
二宮 AK-69のことですよね。
二木 そうですね。2019年3月3日にAK-69のTwitterオフィシャルアカウントに安倍前首相とのツーショットがアップされました。このリリックは、それに対するリアクションでもあります。なぜそう判断できるかと言うと、あるアカウントが、ツーショット写真とともにこのリリックをツイートすると、Playssonは引用リツイートで、「わかるか?」と応じているからです。その直後に、「結構聞かれるけど 嫌いじゃないからね 皆も嫌いな相手じゃなくても これはないなって思う時は あるだろ?笑」とツイートしています。
二木 「アングラで本物のギャングであるために、一国の首相とは写真に収まらない」と因果関係を整理すると、このラインからはある種のアンダーグラウンド経済と国家権力の緊迫した力学が見えてくるのではないかと。もちろん、これは自分の推測の域を出ないです。それほどこのリリックの背後にあるPlayssonの経験してきたリアルや見てきた景色は自分には計り知れない。まだまだ可視化されていない日本の現実があるのだろう、という想像力を刺激されます。だから選びました。
二宮 「HOMI」は、自分も挙げようか迷いました。「真面目に働いたら貧乏 / でもこれじゃまた捕まるきっと / 音楽で食ってやる一生 / ヘイター達勝手にする嫉妬 / ストリートは遊びじゃねんだ / クソ餓鬼は憧れんな / 俺はもう別の次元だ / 音楽で人生を変えんなら本物じゃねぇな」という部分。「音楽でひっくり返してやろう」という成り上がりのワードであるのと同時に、「まともにやってもどうにもならない」というあきらめもあって、Playssonが厳しい環境下で育ってきたことをこのラインから伺い知ることができます。
二木 東海地方の期待のブライテストホープだと思います。
二宮 そういう期待感もすごくありつつ、いついなくなってもおかしくないなという危うさも多分にあるんですよね。舐達麻から起こったハスリングラップムーブメント再燃の流れで、PlayssonのようなラッパーもYouTubeの再生数が上がって、世の中から見つかりやすくなってきたような気がします。そんな中で今、もっとも際どい表現をするラッパーがREAL-Tだと思うんですけど。
二木 はい、そうですね。
二宮 彼は自分が半グレグループのメンバーだということを、何もオブラートに包まず言っちゃうところがとにかく衝撃的で。印象に残る言葉がかなり多い中で、自分が選んだのは「THUG SCENE」という曲の「あのときのこと 反省してない1ミリも」というラインなんですけど、彼、逮捕されて普通に夕方のニュース番組とかで報道されてるんですよね。で、出所したのかどうかもよくわからない時期にMVが公開されたのが、この「THUG SCENE」なんです。ニュースを観てた人からすれば「この腹のくくり方はなんなんだ」って思いますよね。
二宮 この曲では、どうして事件を起こしたのかという理由もそのまま言ってて。「半グレと誰かの不義理に / 揚げ足と掛け合い筋道 / みんな足運ぶ決まり事 / しっかり済ませろよ義理ごと」って。「不義理を起こした人がいたら、グループ全員でそいつのところに行くのが決まり。だからやったんだよ」ってことですよね。USのギャンスタラップを聴くときに、日本では身近な話題ではないから、どこかファンタジーみたいな感覚で聴いているところがあるんですけど、それが実は目の前にもあるんだとREAL-Tは突き付けてくる。単純に半グレの犯罪は許せないと終わらせるのは簡単ですが、彼が育ったという今里新地の環境を加味して考えると、一概にすべてを否定できないんじゃないかとも思うんです。もちろん犯罪を肯定することはできないけど。ちなみに楽曲としては「SERENA」や「目の詳細」という曲も好きですね。
二宮 「SERENA」は覆面パトカーに使う警察車両の車種を連呼する曲です。このフック、耳から離れなくなるんですよ。REAL-Tはトピックの着眼点やワードチョイスだったりに、悪さの中にもユーモアがあって魅力的なんですよね。だから……ずっとシャバにいて曲を作っていてほしい。
舐達麻の大きな変化
斎井 去年の「パンチライン・オブ・ザ・イヤー」で二木さんが挙げていた、「Roots My Roots」でのBADSAIKUSHのライン「間違ってる事を正しいと歌わない俺は」もそうでしたけど、やってることは犯罪だし悪いことなのに、突き詰めて調べてみるとその人なりの正しさみたいなものが見えてくるというか。REAL-Tには特にそういう面が詰まっていますよね。
二木 手前味噌になりますが、自分が数年前に企画・構成を担当した漢 a.k.a. GAMIの自伝「ヒップホップ・ドリーム」で試みたかったのは、MC漢というギャングスタラップの表現者を通じて、“リアルとは何か”を掘り下げること、そしてもう1つは日本社会の善悪を捉え返す、ということでした。舐達麻は、そうした善悪の捉え返しをさらに促す問題提起を投げかけた存在ではないでしょうか。そしてその後登場したREAL-Tは、聴く者に善悪の捉え返しの間を与えないほどの“リアルの強度”がある。今はそんなふうに捉えています。
二宮 自分もそう思います。それにしても「BUDS MONTAGE」のMVの再生数、すごいですよね。今年のヒップホップの中でもトップクラスに再生されてる。
二木 わかりやすい説明のために比較しますが、昨年リリースされたCreepy Nuts「かつて天才だった俺たちへ」、chelmico「Easy Breezy」、PUNPEE「夢追人 feat. KREVA」などよりもYouTubeの再生回数は上回っています。
二宮 自分はこの曲のBADSAIKUSHのヴァースから「言われ尽くされてるそんな言葉が核となる人生はクソだ / 俺は俺だが お前と俺で 俺になる / 他と同じ筈実力は努力の数 / 見ればわかる奴と奴」ってところを選びました。これまでの舐達麻の曲って仲間たちや、わかってる奴らの方向を向いてラップしてたと思うんですが、ここではより広いリスナーに向けていると解釈できる言葉をつづっている。これは大きな変化じゃないかなと。
二木 なるほど。
二宮 2000年代中頃のハスリングラップのムーブメントは、2009年にD.Oが逮捕されたことで一気に収束しました。このとき、日本で不良を貫いてラップを続けていくことの限界を突き付けられたというか、考えさせられるきっかけになったと思うんです。2020年もMC漢が捕まった。RYKEYも捕まった。じゃあ舐達麻はどうするんだ?というときに、「BUDS MONTAGE」のリリックが生まれたのは必然な気がします(※この座談会は舐達麻のG-PLANTSとDELTA9KIDが大麻取締法違反で逮捕される前に実施)。
二木 そうした解釈もできると思います。例えばBADSAIKUSH Feat. KENNY-G「OUTLAW」でのBADSAIKUSHのリリックからは、“リアルを歌う”ことへの葛藤と覚悟を感じます。「散々に言い尽くしたライマー 未だに口は閉さずに俺なりを吐いた / 真実にも関わらずにこれとこれは言わない方が良い / 誰の都合に扱い これは調書じゃない歌詞 / ただの俺と周りの話し 浮き彫りにする内心」。BADSAIKUSHが犯罪の描写や経験よりも、自分の内面から出てくる言葉をつづることにも比重を移していることは、日本のギャングスタラップの重要な変化を示していると思います。
二木 ちなみに昨年末、まさに昨年の「パンチライン・オブ・ザ・イヤー」に輝いた舐達麻に「サイゾー」でインタビューをしました。ずばりテーマは大麻論でした。そこでBADSAIKUSHが「“勘ぐり”が愛につながっていく」という興味深い見解を語ってくれました。一方で、MONYPETZJNKMN「How Many feat. kZm」の中でJNKMNは「勘ぐりなんて関係ないてくらい目開いてない完全体」と、相変わらず突き抜けた快楽主義を歌っています。
二木 そんなJNKMNは最近、tofubeatsがプロデュースを手がけたA-THUGの「HIGHWAY」に客演していましたが、そのA-THUGがリーダーのグループ、SCARSが日本のラップの重要トピックとして可視化させた“勘ぐり”という心理状態は、いまだ社会と人間の殺伐とした側面を表すキーワードですね。
二宮 そうですね。しかしその中心メンバーのSTICKYが先日亡くなってしまいました(参照:SCARSのSTICKYが死去)。この厳しい時代に、前向きな言葉ばかりを並べている曲を聴くのは逆にしんどいと思うんですよ。だからこそ着色せずありのままをラップするSTICKYの曲をもっと聴きたかった。すごく残念です……。
<後編につづく>
※記事初出時、本文中に誤りがありました。お詫びして訂正します。