もはやパンチラインという単語の説明は不要だろう。音楽ナタリーでは2020年から毎年、年頭に「前年に最もパンチラインだったリリックは何か?」を考える座談会を実施している。それが「パンチライン・オブ・ザ・イヤー」だ。
この記事では、2025年に発表された日本のラップの音源やミュージックビデオの中から、識者がそれぞれの見地からパンチラインを選定。座談会形式で「パンチライン・オブ・ザ・イヤー」を決定する。今回の選者は、音楽メディア「TURN」編集部スタッフでライターの高久大輝、ブロガー / ポッドキャスターのYAMADA KEISUKE、ラッパー・KamuiとのTwitch配信「ラフスタ」やTikTokから情報発信しているポーザー白石、そしてヒップホップシーンを代表するライター / ラジオDJの渡辺志保。ヒップホップカルチャーとラップミュージックが、日本における多様なポップミュージック表現の1つに定着した今日、4名はどんなラインを選ぶのか?
取材・文 / 宮崎敬太 題字 / SITE(Ghetto Hollywood)
「ウチらはウチら」のクールネス
──今回は2025年に飛躍したアーティストの代表格と言えるMIKADOの話題から始めたいと思います。高久さんは「TOES」の「売れたらダサくてもいいんじゃないの / 俺に関係ないしいいんじゃないの」をセレクトされました。
高久大輝 このラインは今のシーンを言い当てていると思ったんです。この「売れたらダサくてもいいんじゃないの」はAwichの「WHORU feat. ANARCHY」でANARCHYがラップしたそもそもかなり含みのあるラインですが、そこにMIKADOは「俺に関係ないしいいんじゃないの」と付け足すことでその意味を限定的にしている。今は、社会的な感覚としてラッパーたちにも「もうこのゲームに参入しなきゃいけない」という共通認識がシーン云々の前に存在していると思うんです。そんな中でもMIKADOは、地元の仲間たちと上がっていくという姿勢を結果を伴う形で示している。それがすごくクールだと思いました。
──その「ゲームに参入する」というのは、ヒップホップカルチャーとラップミュージックが日本でのプレゼンスを商業的な面でも確かなものにしたからこその感覚ですよね。
高久 それもあります。ここ数年でラッパーたちのメディア露出の機会は格段に多くなり、立つステージも大きくて当然という感覚になった。それと合わせてセルアウトという言葉があまり使われなくなりました。ただ、そうは言ってもコアなリスナーの多くはラッパーの真正性を問い続けている。インダストリープラント(後ろ盾もなく自分の力だけで成功したように見せかけつつ、実際には大手レーベルが計画的にマーケティングを仕掛けている新人アーティスト)やレイジベイト(ネット上で怒りや不快感を意図的に誘発してPVやインプレッションを稼ぐコンテンツ)を指摘する声がリスナーから上がってくることがそれを証明しているんじゃないでしょうか。つまり、昔は大きいステージに立つことだけでも若干の偽物っぽさがあったと思うのですが、今は大きいステージに立つのは当たり前になり、その上でそのラッパーが本物か問われているし、本物とされていなくてもラップで稼いでいる人もいる。そういう現状を捉えているという意味でもこのラインは印象的でした。
渡辺志保 MIKADOつながりで、MIKADO、HARKA、ENEL「Intro *GUNSO WALK」を紹介します。この曲に関してはHARKAの「ライブは上がれ / ダサいやつ下がれ」と迷ったんですが、私はMIKADOの「行った事ない ATL / でも QC 地元で」にしました。HARKAのラインは「俺らのことわかるやつだけここにいろ」というメッセージが端的に伝わるし、ライブの盛り上げという意味でもめっちゃ機能する立体的なパンチラインだと思ったんです。だからすごく悩みました。
──そんな中、MIKADOのラインを選んだ理由は?
渡辺 このラインを簡単に解説すると、「ATL」はアメリカの都市・アトランタのこと。じゃあ「QC」は何かというと、アトランタ出身のヒップホップグループ・Migosらを輩出したレーベル・Quality Control Musicの通称なんです。地元でめちゃくちゃプロップスを集めていて、かつグローバルでも成功しているアトランタを代表するレーベルです。トラップ世代以降のリスナーだったらATLとQCが並んでいるだけでも「わかってるじゃん」と感じるはずだけど、その後に「地元で」と言っているんですね。つまりダブルミーニングなんです。アトランタに行ったことはないけど、俺は地元で自分のクオリティコントロールをしているぜって。
──高久さんと志保さんが選ばれたどちらのラインも、言葉の少なさ、明快さに対して、込められた意味がとても豊富ですよね。
渡辺 同感です。シンプルでスマート。しかも本人がアトランタに行ったことないというのもユーモアがありますよね。そういう点で、私はMIKADOのラインを選びました。
音楽ナタリー編集部 MIKADOの曲ではほかに、「Flyday」で7と一緒にラップしている「高級ディナーより仲間とピザ」も流行りました。この間、MIKADOが和歌山でフリーライブを開催したので、ライブレポートを書くために現地へ行ってみたんです(参照:MIKADOが地元凱旋フリーライブ、個性あふれる仲間たちとヒップホップで和歌山を盛り上げる)。全曲大合唱だったんですけど、特にすごかったのがこのラインでした。あとは「ENVY」の「ミカドが1番貧乏やった」も。
渡辺 ただでさえ共感性が高いうえに、地元だからお客さんもより感じるものがあったんでしょうね。
ポーザー白石 高久さんが選んだ「TOES」も、「Intro *GUNSO WALK」のHARKAのラインも「Flyday」も、共通するのは、「ウチらはウチらやし」というスタンスだと思うんです。自分もTikTokで「売れたらダサくてもいいんじゃないの / 俺に関係ないしいいんじゃないの」について話したことがあって。そこで僕は「そもそもANARCHYは『WHORU』のあのラインで本当は何を言いたかったんだろう?」という話をしたんです。でもそのときはコメント欄が「売れたらダサい」「売れるのがそもそもダサい」みたいな流れになってしまって。こうして皆さんのお話を聞いていて改めて思ったんですが、すべてに共通しているのは「ウチらはウチら」というクールさなんですよね。周りは関係ないっていう。
YAMADA KEISUKE あと韻も重要だと思います。少し前までのラップのカッコよさは、フロウやデリバリーが基準になっている場面が多く、韻がそこまで重要視されていなかったと思うんです。でも今は「Flyday」の「ピザ」と「ディナー」のように、2、3文字の短い言葉でも韻を踏んだワードをきちんと置いていくし、さらにはビートに対してワードを詰め込みすぎない。そうなってくるとお客さんも歌いやすいですよね。私自身はそこまで韻に注目して聴くタイプではなかったんですが、Watson、MIKADO、Worldwide Skippaの影響で改めて韻に注目するようになりました。
高久 語弊がある言い方かもしれないけど、うまさを感じさせないんですよね。言葉を高速でまくし立てるような、いわゆるスキルフルなラップとはまた違う、聴き手を巻き込めるラインをこの世代が書いている感じがします。
ポーザー 僕は「参加したい感」があると思うんですよ。「あの中に入りてえ」みたいな。憧れというか。ちょっと例えが古いかもしれないけど、「HUNTER×HUNTER」の幻影旅団みたいな感じ。あいつらだけでしかツルまない、ほかとは仲よくしないというか。でもどこか不思議な魅力もあって。MIKADOのワンマンに行ったときも、観客がみんな明らかにMIKADOに影響を受けているファッションで。あと会場でTikTokの視聴者から声をかけてもらえることがあったんですけど、プレイヤー率も高かった印象があります。ラップを始めたばかりの人とか。
いろんな人にいろんな形の痛みがある
高久 次に僕が選んだのは、「RAPSTAR 2025」でファイナリストになったMasato Hayashiの「Vibes!」から「裸のまま雨曝し / あいつが掴んで離さない俺の魂 / あいつのチンケな言い回し / 俺はまだPTSD」の部分。これは「RAPSTAR 2025」出演前に発表したアルバム「MELANISM」の収録曲です。
渡辺 黒猫のアートワークのアルバムですね。
高久 はい。4行引用しましたが、個人的には後半2行のインパクトが大きかった。PTSDというのは生死に関わる体験をした人がそのことを何度も思い出してしまうストレス障害、例えば戦争から帰ってきた元兵士が、日常で大きな音を聞いたときに戦争体験がフラッシュバックして混乱状態に陥ってしまうようなことです。おそらくこのラインでMasato Hayashiが言っているのは、サグ同士の戯れ合いで「お前殺すぞ」みたいなワードが出てくると、それがたとえ冗談であったとしても、内面に刻まれた痛みの記憶がよぎってしまう、ということなんだと思います。いろんな人にいろんな形の痛みがあって、自分はまだ抜けきれてないんだ、と話しているようなラインだと感じました。リリカルだし、かつ赤裸々で、端的な歌詞だと思います。
──複雑な半生を短い言葉で表現されているんですね。
高久 それもありますし、今言ったようにいろんな人にいろんな形の痛みがあって。過去にDVを経験したことのある人や、学校で教師に暴力をふるわれた経験がある人とか、このラインのメッセージはいろんなニュアンスに通じると思ったんです。そういう経験がある人が、本当に些細な言葉の言い回しひとつで、いきなり過去の記憶がよみがえってしまう、みたいな。この歌詞自体はMasato Hayashiが「RAPSTAR 2025」に出演したことでエピソードとして強化された面はありますが、本質的に過去の痛みに苦しんでいる人を描いていると思ったので、このラインを選びました。あと単純に僕、Pablo Blasta名義で活動されていた時代から彼のことが好きだったんですよね。
ポーザー Masato Hayashi、渋谷のHARLEMで開催した「MELANISM」のリリースパーティがすごかったんですよ。最後、Masato Hayashiがお客さんに「みんなステージに上がってこい! おれら全員兄弟だよ」って呼びかけて。ものすごく記憶に残るパーティでした。
渡辺 兄貴ですね。
ポーザー まさにです。「RAPSTAR 2025」に出て「世間にバレた」と思いました(笑)。番組でも最年長だし、面倒見いい感じもあったし。ちょっと前に出た「0000」のMVも渋谷の路上に100人くらい集めて撮影されていて。兄貴を慕ってついてきた人たち、みたいな感じですよね。「RAPSTAR」のいいところって、「実力はあるけど、どうフィーチャーしていいかわからないラッパー」の取扱説明書みたいな感じだなと思っていて。
──バラエティ番組にも通じるメソッドですよね。どうやって絡むとその芸人を面白く見せるか、みたいな。
ポーザー そうそう。「ゴッドタン」みたいに、特定の芸人さんを生かす企画を作っていく感覚。Masato Hayashiもコワモテだし、怖いことを歌っているけど、本当はどういう人なのかを、フッドステージまで行けば掘り下げてもらえる。そこで人となりがわかると、そのラッパーのリリックをどう捉えればいいのか、受け取り方が変わるというか。
YAMADA 「RAPSTAR 2025」の出場者たちのバックグラウンドは、近年類を見ないハードな環境でしたよね。今の日本社会のムードを反映していると思います。完全無名から這い上がってきたSonsiの登場も含めて「この人たちにラップがあってよかった」と感じました。
音楽ナタリー編集部 Sonsiはすごくキャラクターの強い人でしたよね。彼の「中学校の時にした土方 / パパに送られた場所大阪 / 働くのは嫌だよ心から / 警察署に逃げ出した」(「FUSUMA」)というラインは「RAPSTAR 2025」の中で特にインパクトが強いラインでした。個人的にはここ数年の「RAPSTAR」で一番盛り上がった感覚がありますね。
ポーザー 同感です。「RAPSTAR 2025」がGoogleでもかなり検索された、という話も聞きました。
音楽ナタリー編集部 優勝したPxrge TrxxxperやファイナリストのMasato Hayashiをはじめ、HARKA、ENEL、Tee Shyne、Siero、Worldwide Skippa、Sad Kid Yaz、AOTOなど、すでに知名度のある人が多くサイファーに進出していた、というのもあるかなと思います。
渡辺 それって、Kohjiyaが優勝した2024年ともまた違う感覚なんですかね? 彼は番組に出演した段階である程度スターだったし。
ポーザー 「RAPSTAR 2025」が注目されたのは「今めっちゃ活躍しているKohjiyaが出てきた番組」というのも大きいと思います。「だったら来年は観てみようかな」という感じで今年から見始めた、みたいな。
──それと、報道されない日本の貧困や荒廃の圧倒的なリアリティに共感した人も多いのでは?と思います。
渡辺 そういう要因もあるかもしれないですね。私もよく「『RAPSTAR』に応募しました!」という子と話す機会もあるんですが、そういう子に話を聞いてみると、ラッパーとして活動する足がかりとして、まず「RAPSTAR」で名前を売りたいから応募した、という人がけっこういて。「目的と動機が逆じゃない?」と感じてしまうんですよね。
ポーザー 本当にラップをやりたかった人や、どうしても世の中に伝えたいことがあってラップしている人もたくさんいると思うんですけど、“ラップ人口増えすぎ問題”があるんだと思います。そこから抜け出すために「RAPSTAR」を利用するというか。
高久 「RAPSTAR」に出ることへのハードルがものすごく低いですよね。とりあえずエントリーする、みたいな。
渡辺 記念受験みたいな人はめっちゃ増えたと思います。
高久 「とりあえず何か足がかりを作んなきゃ」みたいな。そういった形でラッパーが増えて、曲が増えているからこそ、今回この企画に参加するにあたって改めて2025年の作品をたくさん聴いたんですが、全体を把握するのは本当に難しかったです。それに「RAPSTAR」の視聴者層の話をすると、別に若い世代だけでなく、上の世代の人たちも観ているし、これだけ観ておけばある程度シーンのトレンドを知ることができると思っている層も一定数いる気がします。
「RAPSTAR」は、いかに自分を露出し続けるかを競うレース
渡辺 「RAPSTAR」はTee Shyneのディスについても話題になっていましたよね(参照:「いい番組だからこそ」Tee Shyneがディス曲に込めた思いを明かす、ついでに今年の優勝者を予想)。
ポーザー オーディション番組もディスもみんな大好きっていう。
渡辺 視聴者は場外乱闘込みで「RAPSTAR」を楽しんでいるイメージがあります。シンプルに、盛り上がるのはいいことだと思う。ラッパーたちも番組に出ることが自分のプロモーションになるとわかっていて、Worldwide Skippaも放送日の翌日にミックステープを発表していたし、さっき話題になったMasato Hayashiの「0000」もファイナルの直後にMVが公開されましたよね。
ポーザー 勝ち上がれた人はそこに合わせてくるし、逆に通過できなかった人のリリースプランにも影響があるんですよ。つまり「RAPSTAR」が放送されているときは、みんな勝っている人の新譜を聴きたがる。そこにしか興味が向かない。
YAMADA それはいろんな意味で寂しいですね。
ポーザー 僕もその話を聞いて「番組なんて関係なく出しちゃえばいいじゃん」と思ったし、実際に伝えたんです。そしたら実はその子、前年に「RAPSTAR」が盛り上がっているタイミングで新曲を出したけど、完全にスルーされてしまったらしくて。本人的にはそれがかなり嫌な経験だったみたいです。
高久 そのラッパーがどうこうではなく、「RAPSTAR」を取り巻く状況という意味で、あまり健全とは言えないですね。
YAMADA WatsonやMIKADOのように優勝しなくても成功しているラッパーがいるからこそ、いろんな道の1つとして「RAPSTAR」を相対化できていますが、「『RAPSTAR』だけ」になってしまうのは、ラッパーにとってもリスナーにとっても歓迎すべきことではないと思います。
渡辺 視聴者にとって「RAPSTAR」はただのコンテンツかもしれないけど、参加しているラッパーたちにも人生があるから。同時に、参加しているラッパーたちも優勝して慢心してしまうと、そのあとが続かない。
YAMADA 「RAPSTAR」は、今のシーンをマッピングするための媒体の1つなんだと思います。先ほど高久さんもおっしゃっていましたが、リスナーからすると、今のヒップホップシーンは広すぎて、自分の好みのラッパーを見つけづらい。でも「RAPSTAR」でサイファーステージまで上がってきたラッパーをチェックすると、自分が好きなラッパーを発見できる可能性が高いですよね。ポーザーさんがやっているTikTokや「ラフスタ」も、誰かのマッピングをサポートするための1つの形だと感じています。
──YAMADAさんは「RAPSTAR 2025」のサイファーステージで話題になったevisvの「Rooftop」から「意味が違う昔と今の口だけ / 社会人になった友達は愚痴だらけ / 今は行けないかも忘年会とか輪抜け / 代わり花火のようにchartにする打ち上げ」というラインを選ばれました。
YAMADA 「Rooftop」というタイトルからもわかる通り、パッと聞くと成り上がっていくことの曲なのですが、リリックに大量のダブルミーニングが込められていて、しかもスピット系のラップではなく歌フロウなんです。そこが新鮮でした。特に驚いたのが「今は行けないかも忘年会とか輪抜け」というライン。最初に聴いたときには、輪抜けは「社会人になった友達の輪から抜けた」みたいなニュアンスだと思っていたんですよ。でも、なんとなく気になったので調べてみたら、彼の地元・高知には「輪抜けさま」という名前の有名なお祭りがあったんです。つまり、このラインでは「お祭りに行けない」という意味もある。
渡辺 地方都市における祭りの重要性って、都会のそれとはまた違うんですよね。私の夫も四国の愛媛県出身なんですけど、年に一度の祭りに賭ける情熱がハンパない。もしかしたらevisvにとって「輪抜けさま」に参加できないことは、私たちが想像する以上に重いものなのかもしれないし、それは地元の日常から抜け出して成り上がる、という覚悟も含んだラインなのかもしれない。
私たちは何に抗うべきで、何と戦わなければいけないのか
高久 僕はフッドステージまで残ったFisongの「Nobody can choose their roots.」という曲から「おれにとって平凡がお前にとってコンシャス」と歌う、かなり重めの節を引っ張ってきました。番組でも紹介されていましたが、Fisongは韓国にルーツがあって日本で生まれ育ちました。自分の居場所をうまく見つけられなかった自身の半生が、日本でいうところの「コンシャス」に勝手になってしまった、というのがこのリリックです。一方で彼は「いい音楽を作りたい」ということも強調していて、同じ曲の中で「こんな歌詞を書けば俺も社会派ラッパー?」と自嘲するようなことも言っています。自分を相対化しながら、しっかりと自分の意思を歌詞に落とし込んでいるんです。だから選ばせてもらったラインだけを取り上げてFisongを社会派と呼んでしまうことも違う。ただ、そう感じつつも、同時に今の日本の状況に対してはとても重要なラインだと思っています。
渡辺 今の高久さんの「彼らにとっての平凡が、社会的なメッセージになってしまう」という話と通じる部分なんですが、私はFisongのフッドステージの映像に登場していたMoment Joonの「入管Freestyle」での「そのたびに気になるアクセント、いやアクセント / 間違ったまま並んでる / 恥ずかしい」でたくさんのことを学びました。私は日本で生まれ育って、両親もその前の世代もずっと日本にルーツがある。だからMomentのように入国管理局(出入国在留管理庁)の扉の向こう側に行かねばならない人たちの実体験がない。でも、この「入管Freestyle」は些細な描写の連なりだけが描かれていて、逆に私に深く刺さりました。Fisongのラインにも言えることですが、「入管Freestyle」は自分自身が平凡だと思っていたことにも問題意識を持たなくてはならないと強く感じさせられた1曲です。この曲はすべてがパンチライン。
──中でも特にその「アクセント」についてのラインをピックアップされたのはなぜですか?
渡辺 この前に「言うよ『すいません』と」というラインがあるんですね。つまり、私が選んだラインは「すいません」のアクセントを間違えて恥ずかしい、という内容です。私は英語を第二外国語として習うときに、会話においては、発音の良し悪しよりもアクセントが大事と教えてもらいました。でもアクセントって教科書を読んでもわからない。例えば日本語でも、「はし」はアクセント1つで「橋」「箸」「端」と意味が変わってくる。こういうのって実際に住んでみないとわからないことですよね。私は「入管Freestyle」を聴いて、もともと日本語が母国語でなかった人や、海外から日本に移住してきた人たちにとっては、我々にとってなんてことない些細なことを、ものすごくチャレンジングに感じているんだ、と気付かされたので、このラインを選びました。と同時に、私たちは何に抗うべきか、何と戦わなきゃいけないのか。山積みの問題を再認識させられました。
──2025年の日本は経済格差と情報格差が相まって、認知の歪みが差別と排外主義に流れていく場面が顕在化してしまう残念な1年でもありました。
渡辺 「団結前夜」という曲が批判の対象になりましたよね。あえて名前は挙げないけど、あの曲に自分と同世代である40歳前後のラッパーたちがたくさん参加していたことがとても恥ずかしかった。と同時に、この世代でリベラルなことを真正面からラップする人はほとんどいないんですよね。少し上に田我流がいて、さらに上の世代にはECDや宇多丸、ILL-BOSSTINOがいるんだけど。
──「団結前夜」は、我々と同じようにヒップホップやブルース、ジャズ、ソウル、ファンクといったアフリカ系アメリカ人たちの音楽を通過してきたであろう人たちが、接種する情報の違いによって、反知性主義の具現化と言っても差し支えない歌を作ってしまった、という点に衝撃を受けました。
渡辺 YouTubeやSNSの情報に突き動かされて、半ば衝動的に「俺たちの大事な日本を守らねば」と感じる点は分かるんです。ブラックのラッパーが自分たちのコミュニティを守ってきたように、俺たちもマルコムXのように戦うんだ、ファイト・ザ・パワーだ、と。同時代を生きてきた人間として、ある意味、その構造はわかるっちゃわかるんですよ。でも、そうじゃない。誰がマイノリティなのか、誰が周縁化されているのか、ということを考えると、マジョリティ男性が同じ図式で抗うのは違うと思う。しかもそれがラップという形で創出されてしまった。そこにすごく悩むし、悲しくもあります。
<中編に続く>


