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渋谷系を掘り下げる Vol.7 吉田豪が語るアイドルソングとの親和性

5年近く前2019年12月25日 10:03

1990年代に日本の音楽シーンで起きた“渋谷系”ムーブメントを複数の記事で多角的に掘り下げていくこの連載。7回目は吉田豪へのインタビューを掲載する。この連載では、日本の音楽史において重要な位置にありながら極めて実態のつかみにくい“渋谷系”について、主にムーブメントの中核を担ったアーティストや関係者の証言をもとに考察を進めてきた。しかし渋谷系が起こした波紋はアーティストに紐付いた文脈の中だけではなく、文脈外にも広がっているのではないか。それまでの日本の音楽シーンにはなかった多種多様なサウンドとビート、豊かなコード感覚を持ち込んだ渋谷系の音楽は、同時代から現在に至るまで多くのクリエイターの耳を刺激し、さまざまなジャンルでその影響を感じさせる楽曲が生み出されている。ことアイドル、女優、声優が歌う音楽はポップなことが前提としてあるためか、意図して作られているか否かに関わらず、渋谷系の血脈を感じさせるものが多い。渋谷系と呼ばれるアーティストが制作に関わった楽曲もあれば、無関係かつお手軽にブームとして取り入れられた“渋谷系風サウンド”や、はたまた完全なる偶然から生まれた“渋谷系っぽい曲”もあるが、それらはいずれも不思議な魅力を放っている。そういった文脈内外にまで目を光らせ、古今の隠れた名盤を発掘、紹介し続けているのが、プロインタビュアーの吉田豪だ。今回は吉田が所有するガールポップ作品を軸に、現在までつながる“渋谷系の血脈”を掘り下げる。

「愛犬の名前は?」って聞かれると「ジョイ」って入れるぐらいには影響受けてる

──まず、豪さんが渋谷系という言葉を聞いて思い浮かべるのはどんなイメージですか?

リアルタイムだと渋谷のZESTで、その後はBOOKOFFのバーゲン棚ですかね。フリッパーズ・ギターの解散がボクの専門学校時代で、この仕事を始めてからカジ(ヒデキ)くんのソロデビュー時やEL-MALOが小山田(圭吾)くんプロデュースの2ndアルバムを出すタイミングでインタビューしたり、藤子・F・不二雄先生の葬式で面識もない小山田くんに「TVブロスの取材ですか?」と声をかけたり、直接的にはその程度の接点しかなかったけど、今でもずっと好きな音楽ジャンルみたいなものです。パンクもハードコアも後追いだったボクにとっては初めてリアルタイムで体験できた音楽ムーブメントだったし、今でも大好きだからこそ、流行りものとして消費して、その後まったく聴かなくなる人が多すぎることに憤ってるっていう。

──なるほど。

普遍的ないい曲だらけなのに、BOOKOFFのバーゲン棚の常連になりすぎてるじゃないですか。Chocolatの「ショコラ・ア・ラ・モード」とかカヒミ・カリィの「マイク・オールウェイズ・ダイアリー」とか100円でいいわけないと思うし、スウェディッシュな人がプロデュースしたというだけで250円棚の常連になってるのとか腹が立つんですよ。「めちゃくちゃいいのに!」って。そのあたりの盤を何回買い直して、何回配ったか(笑)。例えばhal(※halの「a」はアキュートアクセント付きが正式表記)とか最高なわけで。

──Chocolatさん(Chocolat & Akito)と並んで注目される存在でしたよね。Cloudberry Jamをプロデュースしていたペール・ヘンリクソンと組んだりして。豪さんは当時、渋谷系と言われるアーティストの作品をリアルタイムで聴いてたわけですよね。

今と同じで渋谷系もハードコアもアイドルも並列に聴いてましたね。80年代末のビートパンクを中心としたバンドブームにモヤモヤしたものを感じていた側としては、そのあたりを小馬鹿にするフリッパーズ・ギターにすごいパンクを感じてました。海外のパンクが日本盤だとRamonesとThe Toy Dolls、あとはグラインドコアぐらいしかリリースされない時代に、まったく同時代性のない音楽をやってるのってどうなのかなって。そう思ってたら、ボクが当時バイトしてたレンタルビデオショップの店長がWinkの元マネージャーでポリスターに出入りしてたんですよ。で、サンプル盤とかしょっちゅう大量にもらってきて、ある日、発売前の「GROOVE TUBE」のサンプルテープに衝撃を受けて。「うわ、Primal Screamやってる!」って(笑)。

――それまでのフリッパーズともまったく違うアプローチだから驚きましたよね。

専門学校が御茶ノ水にあったから、ジャニスでPrimal Screamの「Loaded」とか借りてた時期だったんですよね。その後、この仕事を始めてからbridgeの自主テープを三軒茶屋のFUJIYAMAで買ったり、渡辺満里奈「大好きなシャツ(1990旅行作戦)」の8cmCDも速攻で買いに行って。いまだにパソコンのパスワードとかで「愛犬の名前は?」って聞かれると「ジョイ」って入れるぐらいには影響は受けてるわけですよ(笑)。

──「大好きなシャツ」の歌詞に出てくる犬の名前を引用して(笑)。ちなみにあの曲はDouble Knockout Corporation(フリッパーズ・ギターが楽曲制作をする際のチーム名)が作詞作曲を手がけています。

そう。そして「バースデイ・ボーイ」が100円CDの棚に刺さってるのを見るたびに、やっぱり「名曲なのに!」と憤るっていう(笑)。

──わかります(笑)。今日は豪さんに“渋谷系の流れを感じるアイドルソング”というテーマで何枚かCDを持ってきていただいたので、そちらを紹介してもらいましょう。

CDが見つからなくて現物は持ってこれなかったんですけど、まず紹介したいのは Pretty Chatの短冊シングル「WAKE UP,GIRLS!」。浜丘麻矢、野村佑香、前田愛、大村彩子 という人気子役4人からなるユニットがシングルを1枚だけ出してるんですけど、子供の危うい歌唱力+最高の楽曲で、もう完璧なんですよ。ネットに動画がアップされてるんで、とりあえず今、観てみます?

(楽曲が流れる)

──いいですね。曲は誰が手がけているんですか?

「編曲:ペール・ヘンリクソン」って書いてありますけど、当時は情報が全然なくて。雑誌「BOMB」か何かの新譜コーナーで3行ぐらいの文章で紹介されてたんですよ。「子役がスウェディッシュポップを歌う」みたいな。調べていくうちに、スウェーデンのPINKO PINKOってバンドの「Cheekbone」という曲のカバーであることが判明して。最高すぎて何枚も買いましたね。

──このユニットは継続的に活動していたんですか?

これ1枚だけです。ドラマ「木曜の怪談」絡みで結成されたユニットみたいで。「これ仕組んだの、誰?」っていう意図のわからなさ(笑)。PINKO PINKOはCloudberry JamやRay Wonderとレーベルメイトではあったけど、「なぜそこを選ぶ!」という。前田愛はその後ソロでもCDを出してるんですけど、そっちは童謡っぽい感じで全然ピンとこなかった(笑)。

──そういう文脈で期待して聴いたら全然ハズレだった、みたいなのもけっこう多いですよね。同じ人でも次の作品ではテイストがまったく変わっていたり。

子役流れで言うと奈良沙緒理の曲も渋谷系ですよ。まあ今の時代に奈良沙緒理の曲の話をしてもロマン優光ぐらいしか反応しないと思うんですけど(笑)。彼女の「HAPPY FLOWER」っていう曲が、完全に小沢健二の「LIFE」から影響を受けた音作りをしてるんですよ。「だぁ!だぁ!だぁ!」っていうNHKの育児アニメの主題歌なんですけど……(曲を流す)。

──イントロが「ラブリー」(笑)。ちなみにスウェーデンものだと、いわゆるスウェデッシュブームみたいなときに佐藤康恵が……。

ああ、やってましたね。

──スウェーデンはスウェーデンなんだけど、The CardigansやCloudberry Jamの文脈ではなくAce of Baceなどをやっていたダグラス・カーのプロデュースで「そっち?」みたいな(笑)。音楽的にはすごくいいんですけど。

スウェディッシュポップ路線のバニラビーンズがシングル「LOVE & HATE」でようやく本場スウェーデンの人に曲を頼んだと思ったら……と同じパターン(笑)。東京パフォーマンスドールのThe Cardigans「Carnival」のカバーとかもありましたね。アレンジがイマイチなやつ(笑)。あと声優の飯塚雅弓がスウェディッシュ系のシングルとか出してていいですよ。3rdシングルの「Pure▽」(※「▽」は白抜きハートマークが正式表記)。あれはすごくいい。「SMILE×SMILE」というアルバムにも入ってます。イギリス録音で、トーレ・ヨハンソンによるプロデュース。スウェディッシュでいうと、上戸彩のシングル「愛のために。」のCloudberry Jam Remix が最高ですよ。

──上戸さんのリミックス集「UETOAYAMIX」、クレジットを見るとリミキサーがすごいメンツですね。DJ TASAKA、KREVA、Jazztronik、TOWA TEI、Incognito……。

そう。中でもCloudberry Jamのリミックスが素晴らしくて。ただ、これもはやリミックスじゃない気もしますけどね(笑)。完全に演奏してますから。上戸彩は藤井フミヤの提供曲もよかったですよね。「下北以上 原宿未満」。あれも完全に音の作りは渋谷系です。

安達祐実のアルバムにニック・ヘイワード

──東京パフォーマンスドールでアイドルとして活動していた市井由理さんのアルバム「JOYHOLIC」も、時代の空気を反映した作品として外せないですよね。朝本浩文さんやヒックスヴィル、ASA-CHANGがプロデュースを手がけていて、菊地成孔さんやかせきさいだぁさん、小泉今日子さんも作詞作曲で参加しています。

名盤ですよね。ただ、先行シングル「Rainbow Skip」の時点で最高だったのに、EAST END×YURIが売れすぎてそっちの活動が本格化しちゃったから、アルバムリリースがかなり遅れたっていう。この前も、SHOWROOMの「豪の部屋」で菊地さんと「JOYHOLIC」について相当語りましたよ。

──いわゆる職業作家ではない人たちが寄ってたかって作り上げた名作がいくつもあって、それは近年の花澤香菜さんをはじめとする声優アーティストにまで脈々とつながっている気がします。

安達祐実のアルバム「Viva!AMERICA」にHaircut 100のニック・ヘイワードが楽曲提供してる、みたいな(笑)。デビューアルバム収録の「どーした!安達」でヘロヘロのラップを披露してた時点でもクレジットを見たら作詞が森若香織、作曲が福富幸宏で衝撃を受けたんですけど、まさか3rdアルバムであそこまでに到達するとは思わなかったです。

──THE COLLECTORS、かの香織、カーネーションなど、ニック・ヘイワード以外の作家も豪華です。

高浪敬太郎、ムッシュかまやつ、サニーデイ・サービス、朝本浩文……そしてこっちにも菊地成孔参加という。まだ音楽業界に予算があったんでしょうね。アイドルとは全然関係ないんですけど、ボクが渋谷系的な文脈で一番評価してほしいのが、NICKEY&THE WARRIORSのNICKEYなんですよ。

――え?

いつかNICKEYを小西康陽さんにプロデュースしてほしい。それがボクの夢です。パンクのSHEENA & THE ROKKETS的な、凶悪なメンバーを従えたデビュー当時のイメージが強いと思うんですけど、ある時期からビジュアルも変わって、60年代のガールポップのカバーとかも増えてるんですよ。今のNICKEYのビジュアルもある意味渋谷系っぽいし服のセンスも以前とはだいぶ変わっていて、かなりかわいい美魔女で。ピチカート・ファイヴを再結成するんだったらフロントはNICKEYでもいいでしょ、ぐらいな感じなんですよ(笑)。

──昔のパンキッシュなイメージしかないので意外です。

今もパンクではあるんですけどね。ソロもいいけど、NICKEY&THE WARRIORS名義で発表してる「DO I LOVE YOU?」がまた素晴らしい作品で。これ、ジャケから完璧じゃないですか?

──本当だ!

森本美由紀さんのイラストで、NICKEYは森本さんのモデルをやってたんですよね。曲もロネッツの「DO I LOVE YOU?」、シルヴィ・ヴァルタンの「あなたのとりこ」のカバーとかやってて。小西さんに届いてほしいなー。

山口由子に捨て曲なし

あと、渋谷系っぽい文脈で、あんまり語られてない作品を話していいですか? ヤンマガアイドルオーディションから生まれたA-Chaって3人組アイドルがいたんですけど、元メンバーの山口由子の後期ソロがとにかくよくて。アルバムまるまる捨て曲なしで、この「Fessey Park Rd.」というアルバムはパワーポップの大物ブラッド・ジョーンズがプロデュースを手がけてます。この時期の彼女は本格的に渋谷系的な音楽をやってるんだけど、そっち系の人から完全にスルーされた作品ですね。当時の「米国音楽」とかが、どうせならこのへんまで拾ってくれていればよかったのに!

──ジャケット写真の感じなんて完全にそれっぽいんですもんね。

そう。ある時期からの山口由子の作品はどれも本当に素晴らしくて。ワーナー・パイオニアからソロデビューした頃は映画「ビー・バップ・ハイスクール」にヒロインで出演して、きうちかずひろ先生が作詞した「ビーバップ・ドリームス」という曲を歌ったりのアイドルっぽい路線だったんですけど、マーキュリーミュージックに移籍してからこんなに素晴らしいソロシンガーになったのに、メディアにちゃんと評価されることなく、BOOKOFFのバーゲン棚に並べられてることへの憤りをボクは常に感じています(笑)。そして、まったく評価されないということで言えば、DREAM DOLPHINも。「ハッピーハンドバッグに挑戦」というコンセプトでシングルをリリースしてるんですけど。

──ハッピーハンドバッグは1990年代に局地的に流行ったクラブミュージックですね。

DREAM DOLPHINは、フジテレビの番組「今田耕司のシブヤ系うらりんご」に出演してた「うらりんギャル」の岡本法子って子のアンビエント系ユニットなんですけど、これも完全にバーゲン棚の常連で。すさまじい数のリリースがあってほぼ環境音楽なんですけど、このシングルは歌モノですごいよくて。でもまあ、このジャケじゃまず買わないですよね(笑)。あと、忘れちゃいけないのが高嶋ちさ子。

――あっ!

高嶋ちさ子が90年代半ばにチョコレート・ファッションってユニットを組んでいて、インストで「君の瞳に恋してる」とか「夢見るシャンソン人形」とかThe Style Councilの「Shout To The Top」をカバーするという、スーパーのBGMみたいな感じの音楽性なんですけど、yes, mama ok?が楽曲提供した「イングリッシュマフィンのおまじない」って曲がとにかくよくて。

――「TOWER」というゲームの主題歌でしたね。

のちにYes, mama ok?も「THE CHARM OF ENGLISH MUFFIN」というタイトルでセルフカバーしてるんですけど、こんないい曲を歌っていた人が子供のゲーム機をバキバキに破壊するようになるんだから人生わからないですよ(笑)。

早すぎてアイドルバブルに乗り損ねたCHIX CHICKS

2000年代に入ると、これまたまったく語られてない人でJenny01(ジェニーワン)っていう人がいるんですよね。インディ時代はシューゲイザーっぽいサウンドにウイスパーボイスを乗せた、すごく変わった音楽をやってたんです。それがメジャーデビューした途端、まったく方向性の違う渋谷系っぽいサウンドになって。大人に違う音楽性を押し付けられたのかと心配になるぐらいなんですけど、むしろそれが素晴らしくて(笑)。

──本人としては納得してないかもしれないけど。

あまりにも好きすぎて、未発表音源がもらえるインストアイベントにも行きましたよ(笑)。ちょっと1曲目を聴いてくださいよ。ボク、大好きなんで、この曲。

(PCで楽曲を聴く)

──最高ですね。適当にディグった中に入っていたら一番うれしいやつですね。

でも誰1人、Jenny01について話ができる人がいないっていう。その後、須永辰緒プロデュースの音源を最後にリリースはなくなっちゃったみたいですね。

あと、渋谷系の流れで絶対に語りたいのがCHIX CHICKS。グループの成り立ちから完璧に渋谷系というか。ティーンズジャズグループの原宿BJ Girlsとして始まり、アルバムを3枚とフレンチポップのカバー集のソロアルバムとかを出したあと、CHIX CHICKSに改名して渋谷系っぽいサウンドになっていくんですよ。それが2008年ぐらいで、ちょうどPerfumeが注目され始めた時期と重なるんですよね。だからtofubeatsとかが参加したテクノっぽいリミックスとかも出したりして。ボクはピチカートすぎる「Break up to make up」というDVDシングルのジャケで完全にやられて。しかもJackson Sistersの「Miracles」をカバーしてるんですよ。

──「Miracles」はまさに渋谷系の時代、フリーソウルのクラシックですよね。

ラストアルバムのタイトルが「Retro Soul Revue」なんですけど、これまたモロにピチカート(笑)。あと1、2年がんばってくれたらアイドルバブルが来て報われたはずなのに……ここで力尽きちゃったんですよね、2009年ぐらいで。ちなみに今アニソンシーンで活躍しているGARNiDELiAのメイリアはCHIX CHICKSの元メンバーですよ。

──そうだったんですか! でも本当にあと1、2年がんばっていれば、Tomato n' PineやNegiccoあたりのグループとクロスする部分があったかもしれないですね。

そう、本当にもったいなかった。あと1年で「TOKYO IDOL FESTIVAL」が始まるので。TIFまで間に合えば何かが変わったかもしれないんですよ。

──ちょうどその時期に “北欧”をテーマにしたバニラビーンズも出てきて。アイドルシーンの音楽性もだんだんマニアックに多様化していきました。

Perfumeの余波があったってことですね。テクノでブレイクしたから、ほかのジャンルでもイケるんじゃないかって。ちょうどこの時期に小西さんを初めて取材して「バニラビーンズっていうスウェディッシュなアイドルが出てきたんですよ」って伝えたんですよ。あと「秋山奈々という女優がPICO=樋口康雄の『夜明け前』をカバーしてるんです!」って(笑)。でも印象的だったのが、そのときに小西さんが「林未紀は失敗だった」って言ってたことで。

──そうなんですね。

ボクは小西さんがプロデュースした「アイドルになりたい。」が大好きだったから、「よかったですよ!」って相当励ましたんですけど(笑)。カップリングのムーンライダース「マスカット ココナッツ バナナ メロン」のカバーもよかったのに。そんな林未紀が2007年か。まだまだアイドル不遇の時代でした。

──小西さん関連のアイドルソングでは、ピチカート解散後にプロデュースした深田恭子さんのシングル「キミノヒトミニコイシテル」も素晴らしかったですね。

本当に名シングル。ちなみに深田恭子の「キミノヒトミニコイシテル」はアイドルの空虚さを描ききった北野武映画「Dolls」での歌唱映像が最高なんですよ。「プリティ・ヴェイカント」感がすごい(笑)。

──(笑)。

このシングルはタイトル曲もいいんだけど、「スイミング」のMansfieldリミックスが本当に素晴らしくて。アイドル全般に言えるんですけど、シングルにしか入ってないバージョンはちゃんと買わないと全貌がわかんないっていうのがあるじゃないですか。

──そうですね。特にリミックスバージョンなどはアルバムに収録されないし、再発や配信もなくて当時のシングルでしか聴けない音源が多々あります。

そう。だからアルバムだけで満足しちゃダメなんですよ。吉川ひなので言えば、biceが提供したシングル曲「メロウプリティー」はアルバムに入ってないし、「One More Kiss」は絶対にシングルバージョンがいいし。

──ちなみに豪さん、ピチカート・ファイヴについてはどう思っていましたか?

好きですよ、もちろん。好きですけど、でもなんだろうな……ピチカート・ファイヴが好きというよりも小西さんが書く曲が大好きなんですよね。特にアイドルや女優に提供する曲が。ムーンライダースも好きだけど、あの人たちがアイドルや女優に提供した曲のほうが好きっていうのに近いと思います。

──そういえば、ピチカートに高浪慶太郎さんが在籍してた頃、高浪さん監修で女性シンガーが歌うコンピレーションがたくさん出てましたよね。そのあたりも再発や配信される可能性が低い名盤がたくさんあって。

出てました、「Season's Groovin」! アイドル冬の時代の超名作オムニバスですよ。何枚も中古で買い直しました。

──最高ですよね。アイドル畑の皆さんが歌うクリスマスアルバムで、CoCoの宮前真樹さん、ribbonの松野有里巳さん、Qlairの今井佐知子さん、さらに中嶋美智代さん、吉田真里子さんというメンツで。松野さんはこのアルバムのあと、サリー久保田さんが結成したLes 5-4-3-2-1に2代目ボーカルとして加入するという面白い動きもありました。

吉田真里子さん以外は乙女塾の人たちですね。中嶋美智代はTHE COLLECTORS「夢見る君と僕」を原曲超えするカバーをしたことで歴史に名を残したと言っていい人だと思ってます。Qlairも大好きなんですけど、解散後の全曲集にのみ収録された未発表曲が片寄明人作曲で驚きました。

秋山奈々、そして第1期トマパイ

──豪さんが小西さんにおススメした秋山奈々さんについてもお話を聞かせていただけますか?

まず秋山奈々ぐらい作り手の電波が出ている歌手っていないんですよ。デビューシングル「わかってくれるともだちはひとりだっていい」が彼女のいじめ体験をモチーフにしたPICOの書き下ろしの超名曲で、カップリングがPICOのカバーで、2ndシングルがhalの「tiptoe」のカバー。「ボクのハートは直撃するけど、それがどこに届く?」と思いながら、でもボクがちゃんと騒がなければって思ってました。

──(笑)。

相当がんばって騒いだ記憶があります。今でも覚えてるのが、2ndシングルのときに「MUSIC MAGAZINE」でインタビューしたら、同じ号のアイドルレビュー欄でとあるライターが酷評してて。それに対して「9割がクソのアイドルポップの中でいい曲を探して褒めるのがお前らの仕事だろ!」って珍しく編集部にメールして文句を付けたんですよ(笑)。いいものをけなしてどうするって。で、他誌で書いてたアイドルレビューとかを見せて「だったらボクがアイドルのレビューをやる!」って言って、それでアイドルレビュー連載が始まったんです(笑)。人生で唯一のプレゼンですね。

──そういうきっかけだったんですね(笑)。

「MUSIC MAGAZINE」で連載がスタートしたのは秋山奈々のおかげ。彼女の1stシングルは人生ベスト10に入るぐらいの傑作だと思いますよ。

──2010年以降、現行のアイドルシーンにつながる部分で言うと、やっぱりTomato n' Pineやバニラビーンズの存在は大きいですよね。

バニビの2ndシングル「ニコラ」がリリースされたときは「大変な曲が来た!」と思って拡散しまくりました。正直デビュー当時は“北欧”がコンセプトなわりにはスウェーデン要素が足りないだろと思ってましたけど(笑)。カジくんにようやく仕事を頼んだと思ったら作詞だけとか、いちいちズラしすぎだったんですよね。あと2010年以降だとボクの中で大きいのがPANDA 1/2なんですよ。ネオ渋谷系と呼ばれたtetrapletrapの名曲「VECTOR」が「PANDA!PANDA!PANDA!」に生まれ変わっているという。本当に素晴らしいユニットだと思ったからPANDA 1/2は惜しかった。藤岡みなみさんのその後の音楽活動もだいたい好きなんですけどね。

──トマパイについてはいかがでしょう。

たぶんボクは第1期トマパイのことをいまだに引きずり続けている唯一の人間だと思うんですよ(笑)。「トマパイいい!」と言ってる人って、皆さん2期の話しかしてないですよね。でも、奏木純が在籍してた第1期が本当に素晴らしいんですよ。1stアルバムは奇跡的な名盤だと思うんですけどね。

──ジェーン・スーさんがプロデュ―サー的に関わっていたり、あの洗練された音作りはagehaspringsの人たちが狙ってやってたんですかね。

でしょうね。最初の取材のときにジェーン・スーさんが現場にいていろいろ話した記憶はありますけど。いまだにボク、ジェーン・スーさんとちょっと距離があるんですよ。アイドル運営の人として知り合ってるから(笑)。

──なるほど(笑)。

どうしても同業者的な接し方ができない(笑)。いまだにトマパイの“中の人”として接してるんで。トマパイのデビュー時に「10年に1度、奇跡の2人組が現れる」ってキャッチコピーをジェーン・スーさんが作っていて。「70年代のピンクレディー、80年代のWink、90年代のPUFFY。そして、00年代のTomato n' Pine」……最後は活動が短かすぎるだろうって。

──(笑)。

第1期トマパイはインストアもほぼやってないんですよね。HMVでのインストア映像がネットに上がってるぐらいで、ボクも生で観れてないんですよ。「あなたたちの音楽は本当に素晴らしいから、ぜひ続けてほしい!」って言いに行くためだけの取材をやって、2人とも「わかりました」って言ってたんだけど、そのインタビューが2人組トマパイとしての最後の活動だったんです(笑)。そんなショックな出来事があり。それからは「そうか、ライブとかイベントとか、ちゃんと行かなきゃいけないんだ」と思って、より現場に足を運ぶようになったんです。“第1期トマパイ観れなかった問題”はボクの中でかなり大きかったです。

──へえー。

ちなみにジェーン・スーさんがトマパイについていまだに反省してるのが、「ガールズの自由さを尊重した結果、本当に誰も言うこと聞かなくて大変なことになった」っていうことで(笑)。

──(笑)。

2人組の時代からそう。奏木純はのちにミスiDにエントリーしたんですけど、オーディション直前に「家族旅行があるから行けない」って言い出して(笑)。で、審査員が全然集まれない日に1人だけ来て、それに対応したのがボクと審査委員長の小林司さんだけだったんです。その場でリクエストしてトマパイの「Unison」を歌ってもらったりして、ボクら2人は高まったんだけど、おっさん2人がいくらほかの審査員に魅力を熱く語ったところで空回りするだけなんですよ。結局、ほかの審査員には全然届かなくて、でもこれで結果を出せなかったら芸能界を引退するって言ってたから、ボクが個人賞を出したんです。芸能界に留まってほしいがためだけに。そしたら直後にサッカー選手との結婚を発表して引退。自分の無力さをこんなに思い知ったことはないです。

──(笑)。ほかに、いわゆる渋谷系的なキーワードのうえで引っかかるアイドルはいますか?

重要なのはテクプリですよ。「チョコレート☆ディスティニー」というタイトルと曲調で“出来損ないのPerfume”みたいな感じで笑われてたのが、その後すごくいい進化をして。解散ライブでボロ泣きしたなあ。ボクはリリー・フランキーさんが「週刊プレイボーイ」で連載してる人生相談の聞き手と構成を担当してるんですけど、その収録とテクプリの解散ライブの時間が重なっちゃったんですよ。それで「どうしてもテクプリが観たいんです!」と編集担当者に言ったら、「じゃあ今日は遅れて来てもいいですよ」って言ってくれて。それで「やったー!」って観に行ったら、リリーさんが収録に2時間遅刻してきて余裕で間に合ったっていう(笑)。あきらめないでよかった。テクプリは本当によかったなー。だってシングルのタイトルが「渋谷Twinkle Planet」ですよ。タイトルからして渋谷系じゃないですか。で、そのプロデューサーだったトベタ・バジュンさんのソロアルバムで、テクプリの曲を野宮真貴さんが歌うという奇跡も起きて。

──あとPerfumeと言えば、中田ヤスタカさんはそもそも渋谷系的なムーブメントが失速した2000年代中頃に出てきた “モロ渋谷系”という印象でしたよね。途中から完全に独自のスタイルを築いていきましたけど。

そうなんですよ。CAPSULEに関しては2nd、3rdアルバムぐらいがピンポイントに大好きで。ちょっとトイポップ感がある時期のCAPSULEと、あの頃の中田ヤスタカ仕事は全部好きです。結局、いい音楽って誰が歌ってもいいはずなんですよね。ボクが常々ボヤいている、「アイドル好きは声優を聴かなすぎ、声優好きはアイドルを聴かなすぎ問題」っていうのがあるんですけど。曲を作ってる人が同じなんだからどっちも聴きましょうよ、みたいな。かわいい子がかわいい声でいい曲を歌ってれば全部いいじゃないですかっていう。そういう意味では、アーティストだろうがアイドルだろうが全部等価だと思うんですけどね。

ディグ文化はここにもある

──最後に「豪さんが思う渋谷系とはなんだったのか」という大きな質問をすると、どういう回答になりますか?

ザックリ言えば、ディグ文化ですよね。ボクがBOOKOFFで100円のCDをディグりまくるのもたぶん同じような感覚で、要するに無価値なものに価値を与える文化というか。視点の文化。今でこそだいぶ熱が冷めましたけど、一時期はどうかしてるってぐらいBOOKOFFで掘りまくってましたから。全国のBOOKOFFを回って何時間もバーゲン棚で粘って、なんのデータもないCDのブックレットを確認して(笑)。でも、たまにその中に奇跡があるんですよ。それこそボクが監修したオムニバス(「ライブアイドル入門」)にも収録しましたけど、ギャル向けのコンピレーション盤に入ってる相対性理論のカバー(L-mode Feat. Stylish Heartの「LOVEずっきゅん」)なんか絶対に誰も気付かないですよ(笑)。自分でもよく気付けたなっていう。「このタイトル……まさか!」だけで(笑)。相当がんばらないと奇跡は起こらない。

──本来ディグの喜びから生まれたような文化だからこそ、文脈に沿って系統立てたところだけしか見ずに話すのは本末転倒な感じもするんですよね。だからこそ、ひとくくりに「これが渋谷系」と定義できるものがないのかなと。

ムーブメントではあるけれど音楽ジャンルではないですからね。知られざるアイドルソングを掘りまくった結果、「コンピ盤を出しませんか?」って話が来たことがあったんですよ。「喜んで!」って選曲まで考えて50曲ぐらいのリストを出したんだけど……一部のレーベルから全然許可が出なくて、結局企画自体流れちゃったんです。またコンピ盤を作りたいという思いはすごくあるんですよね。

──サブスクにない音源もいっぱいあるからこそ、文脈外の楽曲を集めたコンピ盤があると本当にいいなと思います。特に90年代の楽曲はいろんな事情で埋もれてしまっている楽曲が多いから……。

本当そうですよ。南波(一海)さんがタワレコで作っていたローカルアイドルコンピもすごく好きなんですけど、あれは本当にいいものも悪いものも入りすぎていて(笑)。だったら厳選した1枚でいいんですよ。5枚もいらないですよ、ボクらっていう(笑)。また作りたいなあ、アイドルコンピ。最後に作ったのがハロプロのやつなのかな? 渋谷系声優&アニソンコンピとかも作りたいし。Jenny01とかCHIX CHICKSとか絶対に今こそ再評価されるべきですよ!

※記事初出時、本文に誤りがありました。お詫びして訂正します。

吉田豪

1970年、東京都出身のプロインタビュアー&プロ書評家。徹底した事前調査をもとにしたインタビューに定評がある。「人間コク宝」シリーズ、「元アイドル!」、「サブカル・スーパースター鬱伝」など多数のインタビュー集を手がけている。また執筆活動に加え、テレビやラジオ番組への出演、イベントの司会など多方面で活躍している。

取材 / 臼杵成晃 文 / 臼杵成晃、望月哲 撮影 / 相澤心也

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